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暁のオーガヴァル I ~王道演武~  作者: かえる
【 Ogreval――41~】
46/57

45 うら若き女王フィーネ ①



 エルヴァニア城の謁見の間。

 格式ある趣きの空間は、淡いベージュの落ち着いた色合いを見せる。


 浮き彫り細工の高い壁には、高低差を設けた大小の硝子窓。そこからの採光が広間を明るくした。

 光源と呼べるものは他に、天井からは装飾に凝る照明灯シャンデリアがつり下がるが、陽の光に満ちる今は、綺羅びやかな明かりを抑え、磨かれたフロアにその姿を映すだけに留まる。


 フロアは、入り口から奥を飾る絵画までを渡すように赤い絨毯を敷く。

 その絨毯の上に、招かれたリアンとシャルテの二人が肩を並べていた。

 しかしながら、政務官グレマンスら厳かな装いの城内の者達が脇で控えるこの場にあっては、ジャケット(革の上着)、首にゴーグルのカタナを腰に差す青年と、袖が広く艶やかで独特な衣に身を包む小柄な女も、やや風変わりな客人として映るだろうか。


 そして風変わりな二人の前では、ロールアップで纏めた明るい毛色の髪に、透明感のある肌をより惹き立てる白を基調としたドレスの若い女性。

 リアンと変わるものでもない若さであるが、リアンとシャルテを楚々(そそ)として迎えた彼女こそ、この城の主たる若き女王フィーネであり、その容貌は背景の壁に掛かる聖獣と妖精の絵画――この地を一角獣とともに守護したと語られる麗しき乙女を彷彿とさせるほどに美しい。


「賢者シャルティアテラ、敬愛たる暁の騎士。城門での兵士達の非礼を深くお詫びいたします」


 威儀を正し、女王フィーネが謝罪を述べる。


「そうかしこまらんでもよい。気にも留めておらんし、ワシは兎も角、あまり堅苦しくされるとこっちのリアンが泡を吹きかねん」


 シャルテが紹介を兼ねるように言えば、リアンの方へフィーネの微笑みが向けられる。

 その後には、フィーネからの眼差しをどぎまぎと気まずそうに避けるリアンの様子があった。


「私も女王としての品位は大切にしたいけれど、どちらかと言えばこういう堅苦しいのは苦手」


「……あー、俺のほうはいつも苦手だ」


 頭を掻くリアンに、口元に手を添えフィーネがくすくすと笑う。


「シャルテ。彼のほうは彼女と違って、少しばかり腕白わんぱくそうな暁の騎士のようですね」


「なかなかに手を焼いておる」


 何かを察したように目を細めて束の間、シャルテは愛嬌も良く不満を垂れ、フィーネから更なる笑いを誘う。


「しかしながら、リアンを笑ってばかりはいられぬぞ。そちも相当にお転婆な娘であったからの。馬の手綱でも引くようにして、ワシはこの髪を散々引っ張られたな」


「それは私がまだ五つや六つの頃のことでしょ。今の私は慎ましい女性として振舞っています」


「そうは言うても、性根はそうそう誤魔化せぬものじゃて」


 嫌味にも聞こえるシャルテの返しを、フィーネが柔らかい表情で受ける。

 二人がこうして直接口を交わすのは、フィーネの幼き頃から数えかれこれ十数年ぶりとなったが、どうやらその親しい間柄は健在のようだ。

 そして、この二人を大人しく見守るばかりだったリアンが、ふとした合図を送ってくる。

 リアン、並びにシャルテとフィーネが一斉に、歩み寄る初老の男を注目した。


「僭越ながらフィーネ様。シャルティアテラ殿やリアン殿には旅の疲れもありましょう。ご挨拶は程々に済ませ、今宵晩餐会を催しますゆえ、そちらでごゆるりと談笑なされてはいかがでしょう」


 政務官のグレマンスはにこやかに言って、さり気なく周りへと視線を配った。


「すみません。ここは皆が控える謁見の間。少々、はしたなくもありましたね」


あるじの威厳とは、仕える者にとっての誇りでもあるからの。大切にせねばならん」


 シャルテがふむふむと頷きながらに言う。

 フィーネの長いまつ毛がまぶたとともに下ろされる。

 すう、と開らき透き通る瞳を見せた顔は、その美しさを引き締まったものへ移した。


「民の平和と秩序を守るため、エルヴァニアは皇国と争う道を選びました。賢者シャルテに、暁の騎士リアン。このエルヴァニアにあなた達の助力を仰げた事を嬉しく思います。その力添えを心より感謝いたします」


「うむ。女王からの謝辞に報いるよう、この大魔術師シャールウ・シャルティアテラは尽力致すとしよう」


 そう高らかに述べると、シャルテは隣で並ぶリアンを肘で小突く。


「――とっ。俺はその、エルヴァニアはまだあんまり知らないけど、綺麗なところだし……」


 フィーネと目が合えば、リアンは喋りを疎かにまじまじと見つめ返した。


「だから……。エルヴァニアを皇国から守りたいと思うよ」


 誓いのような強い想いが感じ取れなくもない言葉。

 ただし、嘘偽りもない真摯な様子というよりはどことなく恍惚こうこつとしたそれであったろうか。


 


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