44 城門を越えて
「なあ、シャールウ・シャルティアテラ。城門を通れはしたけれど、ここは俺達が来たかった場所か」
ひんやりとした湿気が漂う牢屋の一室。
両手を頭の後ろに回し、リアンは太い鉄格子に寄り掛かる。
一方のシャルテは石壁の隅でちょんと座る。
「お前がとっととアカツキを見せびらかさぬからこのような事になっておる。あれではただ門兵を襲おうとした賊に過ぎぬ」
「その言い訳はさっきも聞いた」
「ならば、さっきから同じ質問を繰り返しておるのじゃろうな」
「外そうと思えば、この手の鍵は大丈夫そうだが」
鉄格子の隙間から、にょきりと伸びた手が錠前をまさぐる。
「牢屋から勝手にワシらが消えれば騒ぎになる。急を要するでもなく、しばらくはここで大人しくしているのが吉であろうよ」
「俺の腹具合はそんなに余裕がないけどな……と、誰か来るみたいだ」
リアンは鉄格子から伸ばしていた手を、さっと引っ込める。
ドタドタと慌ただしく階段を降りる足音。
リアンが鉄格子に顔を押し付けうかがう先では、牢獄の仕切り扉がばんと開かれた。
「政務官、奥の牢になります」
兵士の促しに、頭皮を剥き出しにした初老の男が姿を現す。
装飾の布を襟元で彩るように巻きつかせ、エルヴァニアの執政を担う立場の者が羽織るローブに袖を通す彼が、そこから一目散に向かってくる。
「はあ、くはあ――、もしやと思い、駆けて参ったが。やはり、シャルティアテラ殿でしたかっ」
鉄格子の向こうから、息を切らせながらに声は呼び掛けた。
「ん? おお、主はグレマンスかっ」
シャルテが、ぱっと明るい顔になる。
「はい、ザスクの戦役でご一緒したグレマンスですじゃ」
「ほうほう、ちょっと見ぬうちに、随分と頭髪が寂しくなったのお」
「ここ十年で、みるみるうちに抜け落ちてしまいましての、のほほ。シャルティアテラ殿は変わらずの物言う花でござますな」
政務官グレマンスは、自分の頭をぺちぺち叩きながら微笑む。
そうしてすかさず、同行していた兵士に牢屋の解錠を指示した。
ぎい、と開く鉄格子の出入り口。
「物言う花ってなんだ?」
「麗人へ贈るたとえじゃな」
最後の問答を残し、リアンとシャルテは牢屋の外へ。
解放された二人をグレマンスがつつしんだ態度で迎える。
「フィーネ様がお待ちしております。ささ、こちらへ」
グレマンスの案内に、早々にシャルテがてとてとついて行く。
リアンの側では、兵士が黒い鞘に収まるカタナをそっと差し出す。
まさか賊に返す事になるとは思いもしなかったのだろう。カタナを包んでいた帆布はとうに処分されていた。
「物言う花か……それって、物を言わなければ美人の間違いじゃないのか」
肩を竦め、リアンは兵士に同意を求める。
その後は受け取ったカタナを腰のベルトのフォルダーに掛け下げ、城内へと続く階段をおっちらおっちら上っていった。




