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暁のオーガヴァル I ~王道演武~  作者: かえる
【 Ogreval――31~】
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38 幻境の騎士達




       ◇ ◇ ◇




 この日のグックは至る所で、慌ただしさと喧騒が絶えなかった。

 魔力炉が襲撃者の手に落ちると、収容所も囚人達の反乱によって制圧された。


 それにより各施設からの後退を余儀なくされた皇国兵達であったが、将軍を失い指揮系統に混乱を招きながらも、元王宮であり自治議事館を拠点としその戦力の立て直しを図る。

 残存兵士の半数以上が集結し、布陣が敷かれた。

 しかしながら、この対応によって皇国が戦況を盛り返すことはなかった。


 ゾルグ将軍でさえ権力の誇示をひかえたその場所は、グックの民衆にとって特別な意味を持つ。

 敬意と威光が詰まるグック王家の遺産。

 グックの誇りを踏みにじる皇国兵達の暴挙は、民衆の反感、その火に油を注いだ。

 昼下がりに差し掛かる頃、民衆が燃え上がらせた炎は、暴動とも呼べる荒々しさで自治議事館を奪い返すことに成功する。


 そして王宮広場には、グック評議会代表のレイニード・グックの姿があった。

 陽射しにブロンドの髪がきらきら輝く。

 女史は凛としたたたずまいで、集まる者達に声明を発表した。

 大きく両手を広げ、大きな想いを告げるようにして――今ここで立ち上がり、皇国と戦うことがグックの未来に繋がることを呼びかけた。


 一つの揺るぎない戦う意思。

 集いし民衆の決意は、空を落とすような歓声となった。

 また皇国へ立ち向かう意気込みは、飛行船乗り場でも聞けた。


 新しい夜明けとなったグックの海峡を、珍しく船舶が波を掻き分けた。

 軍艦となる海上船は、白い一角獣ユニコーンが描かれた軍旗を掲げる。


 エルヴァニアの国章とともにグックの港へと上陸を果たした海上船からは、鎧を着込む兵士達が続々と降り立つ。

 皇国兵士からの魔導銃による攻撃にさらされる中、エルヴァニア兵士達は果敢に進行した。


 戦場となる飛行船乗り場。

 エルヴァニア兵士対ラス皇国兵士の様相をていした戦いも、レイニードの声明が空を揺るがす頃ともなればエルヴァニア軍が勝利を飾る。

 そしてこの背景に関わるのは、そこに姿を混ぜる独立反対に名を連ねるレックス達。


 皇国との関係性悪化を危惧していた彼らは、コーリオ議員を通し密かにエルヴァニアと話し合いを持とうとしていた。

 今日この日のような望まぬ戦いへの救いを求めたものだ。

 しかし、爆破事件による議員の死がその交渉を難しくさせた。

 またこの時エルヴァニアにいても、王の崩御により国内の情勢が一時不安定になっていた。

 よって、レックス達の願いは数回に渡りエルヴァニアへと届けられたが、それは一方的にグックの内情を伝えるばかりに留まっていた。


 ゆえにレックスは魔力炉からの撤退後、仲間からの報告で知ることになった。

 グックの海峡へエルヴァニアの軍艦が現れていたことを、自分達の行動が実を結んだことを。


「ジルバンズ将軍。グックへの助力、改めて感謝致します」


 使い込まれた装備で身を包む相手へ、力強く手が差し出された。

 汚れや汗に塗れ疲労の色が濃いレックスではあったものの、その弾む声は希望に満ちあふれたものだった。


「我らが祖国の友人たるグックの苦しみは、今は亡きエルヴァニア王の憂いでもあった。その礼に恥じぬよう老骨なりに尽力しよう」


 白い頭髪、立派に蓄えた髭。

 ジルバンズは、人の衰えがうかがえる自身の肉体に逆らうようなギラついた瞳と、がっしりとした固い握手でレックスの感謝を受け取った。


 それからジルバンズ率いるエルヴァニア軍は、言葉通りに動き出す。

 飛行船乗り場を押さえたジルバンズは、レックスを頼りに『革命の民』に接触する。

 更には、レイニードが中心となるグックの民衆から集った『義勇部隊』との合流も果たし、皇国の脅威をグック外縁へ排斥はいせきする作戦を展開した。

 そのグック側の勢力に、グックの中枢施設を手放す皇国側は為す術もなく、街が斜陽に包まれるまでにその姿の大半を消し去った。


 夕焼けに染まる街。

 そして、銃撃音だけでなく、人の怒号、悲鳴、歓喜と戦いの激しい喧騒にも染まった街。

 沈む夕陽にはまだ冷めやまぬ興奮があった。きっと街の者達はこのまま眠れない夜を迎えるだろう。

 だが、そのような中にあっても、ことトゥの宿に限っては感化されないようだ。


 外の騒がしさに関心を見せることもなく、宿の店主は背が高いカウンターでぷかり煙草の煙をふかす。

 先日に引き続き、さくさくてとてと、革のジャケットの男と長物を背負う女が横の石段を登って行ったが、それっきり客足は途絶えている。

 そのような折に訪れた新しい客。

 店主はぷかり。

 喜ぶ素振りも見せず、いつも通りの無愛想な接客をするばかりであった。









 淡黄色のこぢんまりとした装い。

 宿の部屋に備え付けてある横に長いソファの前で、リアンは腰に手を当てたたずむ。

 リアンが様子をうかがう真ん前では、シャルテがまぶたを閉じてちょこんと座る。

 『禅』に入ると告げたその姿勢は背筋が伸び、腰掛けるではなく、胡座あぐらを掻くようにして足を組み座る。

 加えてそこに、指同士を絡めた両手が乗る。


「では、気が重いが行って来るとするかのお……。よいか、悪戯いたずらするでないぞ」


 ぱちりと開かれた片目。

 愛らしい瞳には、黒髪の青年が映っていた。


「今回は落書きできる物を持ってないし、鼻の穴に詰めるナッツも持ってない。安心してくれ」


 リアンは白い歯をこれに見よがしに見せながら、革の上着(ジャケット)の前をバっと広げ、その中身もホラホラと相手に見せつけた。


「その安心がそもそも必要となるのがいかんと思うがの……大体、お前についての不慮の報告じゃというのに、浮かれおって」


「浮かれてはいない、気分がいいだけさ」


「ま、大方グック側の攻勢は、このまま街から皇国を締め出すじゃろうからの」


「それだけじゃない。エルヴァニアの兵隊がいれば、皇国も簡単に仕返しができない」


 強調するような手の仕草を交え、リアンは自分のことのように軽快に話す。


「ただし、エルヴァニアを争いに引っ張り出すことが望みであったならば、この戦い、必ずしも皇国が敗者とも言えぬがの」


 どうやらシャルテの一言が、水を差すようだ。

 リアンが不満そうに両の手で天井を仰ぐ。

 それからその手で、ソファに立て掛けてあった帆布の長物を取ると、すたすた部屋の隅に移動。

 くり貫かれた窓と部屋の出入り口の両方が見渡せるその場で、よっと腰を下ろし、長物を抱くようにして待機する。


「それでも、今日の戦いは街の人達にとって大きな勝利さ」


 投げた声に、幾ら待てども応答はない。

 特に気にもしていない様子から、そうなることを分かっていてリアンは口にしたようである。


――静かになった部屋。


 端でひっそり気配を絶つリアンに、ソファの上で微動だにしないシャルテ。

 そして、銀髪の頭上。眠りに落ちたような術者に反し、銀色の蝶だけがひらひらと、唯一活発に舞っていた――。








 遠く、厳かな鐘の音が鳴る。

 そして、清涼ゆえの肌寒さが漂う空間は明瞭とは言い難い。


 燭台が照らす、多くの部分は石造りの質感を伝える。

 遺跡のような古めかしさと趣。

 奇妙な造形に映るも、そこは祭壇に似た建造物を備える。

 塀はあった。敷き詰める石床もあった。しかし天井は不明である。

 香を焚く煙が辿り着く最果ては白いかすみ。その霞が四方を覆い、外界を見通せなくしている。


 遠く、厳かな鐘の音が鳴る。

 そして幾度目かの時、ここに銀の蝶が舞った。

 ひらひらと揺れる蝶の真下には、銀髪の女が佇む。シャルテだ。

 そのシャルテの出現に際し、辺りには複数”気配”が現れる。


監視者クーシーシャールウ・シャルティアテラ。報告を行え』


 シャルテの左。”声”は言う。


「すまぬが、用のある相手はガウじゃ」


『烙印の封が破れていた。監視者は烙印騎士オーガヴァルの行動を伝える義務がある』


 右の”声”に、シャルテは首を回す。


「ワシからの報告もあやつにする。それでよかろう」


『烙印騎士は倫果リンカを使用したか。それとも人の生命を絶ったか』


 ”声”は後ろから。

 シャルテは正面にしかめっ面を向けた。


「あちこちからややこしいのっ。その両方じゃ。その件も踏まえてワシはここに来ておる」


『他に報告があるのならば我らが聞こう』


「ワシは貴様らと問答をする気はない。だから素直に、貴様らの長を出さぬか」


『監視者よ。盟約があるとはいえ、なんじがここで許されている事は我らに伝える行為だけである』


「ええいっ、相変わらず融通の利かんジジイ共じゃの。おい、ガウっ。聞こえておろう。お主の友でもあるワシが会いに来てやったのじゃ。とっとと姿を見せいっ」


 シャルテは声を張り上げた。

 霞にも届くその後には、ただただ厳かな光景が相も変わらず続いた。

 遠く、厳かな鐘の音が鳴る。

 

「ぬぐう、こっちは包魔力ニルバに余裕がないのじゃぞっ。思念体を送るのがどれだけ大変か、お前も知っておろうっ。勿体つけずに、はよ出て来んかっ。ガウールウ・ガツゥラヌガウ!」


 粛然とした装いを壊すシャルテの雄叫び。

 二度目の大きな声は、辺りの”気配”を消した。

 それは先程の者達が、シャルテの扱いを長である彼に託したと言ったほうが正しいか。


 消えた”気配”の後には、一人の気配が突如として現れる。


「シャルはいつまでたっても苛立ちを捨てられずにいるようだね。さすがの僕でも、こうも騒がれては瞑想に集中できなかったよ」


 その容姿は、シャルテと同じように耳先を尖らせる少年のそれであった。




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