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暁のオーガヴァル I ~王道演武~  作者: かえる
【 Ogreval――31~】
38/57

37 戦いの果て


 つま先から剣先まで、ぐうんと伸び切ったリアンの身体。

 下から斬り上げた一筋の閃光は、シャルテと朱眼しゅがんの男とを分断していた。


――切り落とされた浅黒い腕。


 その腕と同時にシャルテも地面に落ち、体勢を整えられないリアンもまた派手に倒れ込む。

 それでもリアンは間髪をいれず、その場で片膝を立てカタナを構えた。

 背後のシャルテを守るようにして向き直る先には、隻腕せきわんとなった男。ちりちりと赤くもある黒い霧を立ち昇らせる。


「――そうだ、それで良い。お前は救われた。だからこそ、お前は理解できるのだ。あの時、われが戦場へ赴くことこそが正しさであったと」


 朱色の瞳が笑う。

 失う腕の切り口からは、噴出するような赤い光の煙。

 それがリアンのアカツキによるものか判断できない。

 ただ、転がる左腕はもとより、大気に溶け出すかのようにして男の存在が虚ろになった。

 霧散するように、男の黒い霧の影は周りから薄らいだ。


「オーガの教えに、お前が救われる世界はない。だが、我の(しる)べはお前の世界を見捨てない――」


 朱色の残像と寒気を残し、男の姿は完全な塵となって消えゆく。

 今はもう、朝日が向こうに見えるただの虚空。

 そのかたわらで、よろりと一瞬の疲れを見せたリアンであったが、


「大丈夫か」


 カタナを本来の鋼の輝きに戻し、シャルテへ振り返った。


「ふう。生きた心地が微塵もせんかったわっ。アカツキに縛られるなんぞ、二度と御免じゃて」


 よいしょ、と身を起こしシャルテは尻を擦る。

 にゅ、と唇を尖らせ痛がる素振りのシャルテに対し、カタナを収めたリアンは、革の上着(ジャケット)に綻びがないか一通り確認するようだった。

 そうして、互いの影が交差する。

 密接した二人の間に、危機を乗り越えた安堵あんどはあったはずだが。

 笑みを忘れた顔をそのままに、眼光で緊張を伝え合う。


「それで、さっきの奴って……何者なんだ」


「ふむ……」


 シャルテは少しだけ目を伏せ、いつものように腕を組む。


「何者でもない者じゃ。ゆえに虚ろなのじゃろうが……現世に姿を現した者を虚騎士ロキと呼ぶ。の者は……かつて暁騎士だった者の成れの果てじゃ」


 虚ろの騎士、ロキ――。

 暁の騎士達はその存在を知る。

 そして、暁騎士から烙印を施されたリアンも、その身をもって知ることになった。

 彼が虚騎士から感じたものはやはり恐怖であったろうか。

 それともそれ以外の感情であったろうか……。


――ともあれ、それを見つめる余裕を、ここ魔力炉の状況は許してくれなさそうだ。


 虚騎士の撃退は、屋上の路面へと伏せていた者達に動きを取り戻させる。

 頭を押さえるとりわけ大きな影はダリーだろう。

 よれよれしながら、周りの者へ声をかける。

 未だリアンは、グックに起きた戦いにその身を置くのだから。







 ゾルグという指揮官を失った皇国兵はもろかった。

 彼らにとっても脅威であり恐怖の対象だった将軍が倒された事実は、兵士達から判断力を奪ったようだ。

 圧倒できるはずだった戦力差をも疑うようになったのだろう。


 屋上の『革命の民』が、皇国兵達を敗走へと至らしめた。

 その勢いのまま、部隊は施設内へ舞い戻り戦う。

 魔導銃を片手にカルデオがその言葉と行動で皆を発奮させた。

 士気の上がる部隊をダリーが率いて驀進ばくしんする。


――しばらくして、戦場の勝敗は決した。


 魔導銃を高々とかかげ、施設内に雄叫びを響かせる『革命の民』。

 皇国兵士達は敗北を悟り魔力炉から撤退した。

 そうした慌ただしさも冷めやまぬ頃であった。

 ひっそりと身を隠したリアンとシャルテを他所よそに、施設の一角では皆の注目を集める報告がなされていた。

 皇国兵士残党狩りとは別の案件。

 話し合うのは、カルデオと帽子の男。


「分かった。私をそこへ案内してくれ」


 そう発した後、カルデオは仲間の帽子男を追うようにして小走る。

 そこには高官の娘アニーの姿もあった。

 銃撃戦の傷跡を多く残す部屋や通路を抜け、更に施設奥深く。

 地下の階層となるところで、カルデオ達一行は、エリサラ達が連れるレイニードと出会った。


 エリサラの支えを借りて歩いて来た女史の両手両足には、鎖は断ち切られていたが束縛具の名残りである鉄枷てつかせがハマる。

 小指でブロンドの髪が掻き上げられた。

 やつれた顔でレイニードが微笑む。


「レイニード様っ」


 周囲の者を押しどけるようにして、アニーが駆け寄る。

 その飛び込みを、レイニードはぎゅっと受け止めた。

 それから近づくカルデオを、ほろりと涙を流す眼差しで迎えた。


「ごめんなさい」


「何がだい」


 カルデオは柔らかい顔で問うた。


「私はゾルグ将軍の蛮行を止められなかった」


 アニーをひかえさせ、レイニードは言う。

 どこかへ幽閉されていたであろうことがありありと分かるその姿で、振る舞いは気丈であった。

 しかし、口元は後悔の念を惜しみなくあらわにしていた。

 そうして再びその口は謝罪を述べ、止めた涙の代わりに、ほろりほろりと言葉をこぼしていった。


 レイニードによれば、皇国側は今回の収容所並びにここ魔力炉施設が襲撃される情報を手にしていた。

 どこからかの密告なのかは、はっきりとしない。

 ゾルグはその者を明かさなかった。

 それでも、地下からのルートを知るものは限られている。


 推測ではあるも、ゾルグは皇国にくみするグックの人間がいることを暗に伝える事で、レイニードの疑心と不審を駆り立てようとしたのではなかっただろうか。

 事実、そのしたたかさによってレイニードは動揺を見せ、それがゾルグが持つ情報の確信となったことは否めない。


「ゾルグ将軍は反乱分子を一掃する為、今回の計画を利用しようとしていた。……ここを襲う者達を待ち構え殺戮さつりくしようとする計画。この事をなんとしてもあなた達に伝えたかった。でもそれは閉じ込められた私では無理だった。だから取引しようと申し出た」


 カルデオに訴えるような声。

 レイニードはグックの飛行技術、その一部を皇国へ提供することを条件に、ゾルグから『革命の民』の命の保証を得ようとした。

 分割して管理するグックの飛行技術は、すべての工程がそろうことで意味をなす。

 皇国とすれば、この点がグック侵略に時間をかけなければならない要因となるのだろう。

 一つの工場こうばやその技術者を奪ったとしても、望むものは手に入らないうえ、対策を講じられてしまう恐れがある。 

 それゆえグック側は、実力支配をする皇国相手でも交渉できたわけであるが。


「けれども、ゾルグはその交渉には応じなかった。そうなんだね、レイ」


 カルデオにはゆっくりとしたうなずきが返ってくる。


「ええ。あの男は血に飢えた獣のようだった……。そして、あなたの言葉がぎった。私が甘かった……あの男の頭の中では、端から交渉などなかった。皇国の利益は二の次……根本的な考えが私達と違った」


「今となっては分からない。けれども、君が生かされていた、そのゾルグの思慮しりょだけには感謝したい。レイ。君が無事で本当に良かったよ」


「ええ、私もあなたが、皆が無事で、本当に……本当に……ごめんなさい」


 カルデオの腕の中へ飛び込んだレイニード。

 頬が触れる肩に、そのくしゃりとした顔をうずめた。


「流れる血を望まない君のその優しさは尊いものだ。だからもう謝ることはない」


 そっとブロンドの髪をでられて、ひと時。

 レイニードは埋めていた顔を上げた。

 カルデオからしっかり支えられ、向き合い直した顔は赤らんでいるが、普段の眉目みめ良いものへと変わっていた。

 後ろのアニー。そして周りを取り囲む『革命の民』の者達をぐるりと見回す。


「カルデオ、ありがとう。だからもう泣くのはお終い。魔力炉を奪還だっかんし、『革命の民』は動き出している。私は評議会代表として、グックの民を守らなければならない」


「ああ、そうだな。皆が君を、レイニード・グックを必要とするだろう。君はまだ立ち止まれない。私達や次ぎの世代の子らの為に頑張らなくてはいけない。そして、そんな君に朗報だ」


 カルデオの満面の笑み。

 それはレイニードが、幼き頃に見た覚えがあったはずであろう。


「もったいぶるのは、あなたの悪い癖よ」


 なかなか開かない口への文句。

 それが功を奏するまでもなかったろうカルデオのほんの少しの渋り。

 しかし、レイニードの雰囲気を大いに明るくさせた。


「レイ。これからも私達の歩む道は険しいものだろう、けれども、これまで以上に君が悲しみ苦しむことはない。皇国のゾルグ将軍は、暁騎士の青年によって倒された。私達の戦いにはあのオーガが味方してくれる」


 カルデオが告げる事実を後押しするように、周りの仲間達が高揚した態度をレイニードへ贈る。




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