34 暁のオーガヴァル ①
地平線の彼方からは、始まりの陽射し。
その朝日が映し出す光景――魔力炉の屋上は、間隙の中にあった。
混乱と騒がしさが絶えない、時間の隙間。
空からの闖入者によって、隊列を乱された皇国兵達。
兵士達が立て直しを図る最中、ジャイロボートからは高官アニーを担ぎ出すカルデオ。
仲間達の驚嘆と歓喜に迎えられたそこには、父親の腕の中に飛び込んだ少年ニイオの姿があった。
そうして、青年リアンと彼に付き添う立場であったシャルテの再会も果たされるのであるが――。
「その目はワシを困らす目じゃな……」
腕を組むシャルテの対面では、真っ直ぐな瞳を向けて歩いてくるリアン。
意思を交わすように、微笑みともどこか違う柔らかい表情を互いに浮かべる。
「俺はここで戦うことにしたよ。それは『革命の民』の力になることだから、シャルテには嫌な顔をさせてしまう」
「暁騎士よりお前へ課せられたものは、傍観者として大陸の現状を学ぶことであったろう」
「俺が正しいリアンであるためなんだ」
手を伸ばせば触れる距離を残し、リアンはシャルテと向き合う。
変わらずの澄み切った目。
それを受けるシャルテの長い銀髪が風にそよぐ。
「その正しさたる暁騎士への道がまた遠退くのじゃぞ」
「すまない。また付き合わせることになるな」
頭を掻くことも肩を竦めることもない、リアンのはにかむような笑顔。
シャルテの腕組みを解かせたその後には、すう、と手の平が差し出される。
リアンの右手は力強く、そして求めるようなそれであった。
「シャルテ、俺のカタナを」
帯を引き、光が円を描いた――。
皇国兵による集中砲火。
魔導銃の赤い光線が集約する地点では、形容し難いうねりを発し暁色の刀身が舞う。
すべての魔力弾を飲み込む弧の軌跡。
カタナと呼ばれる刀剣には、【アカツキ】の光がゆらゆらと宿る。
柄を握る右手の甲に紋章を浮かべ、リアンが一人皇国兵達と対峙した。
その圧巻とも言える眼前で繰り広げられた光景を、カルデオやダリーを始めとした後ろの皆が固唾を飲んで見守る。
そして、皆の口々から漏れた。
「あれは、暁騎士……」
誰もが目を見開き、青年の背中にそう呼び名を告げる。
その中でも少年ニイオが一際の驚きと興奮を見せた。
「オーガだった。リアンのお兄ちゃんが、オーガだった!」
「ちと違うがの……」
ニイオに応えるかのように、シャルテがぼそり口にした。
その声に反応して、ニイオが憧憬の的から首を回す。けれども、相手から眼差しを返されることはない。
『監視者』の契約がそうさせるのか。
背中を軽くしたシャルテはリアンの戦いを見据えていた。
それでも言葉はニイオへと向けるようだ。
「リアンは暁騎士より烙印を刻まれた落ちぶれの騎士。暁の烙印騎士。ただし、落ちぶれといえど、その妙技は暁騎士に引けを取らん。刃こぼれ一つないあのカタナがそれを証明しとる」
少年ニイオからすれば当然たる暁騎士の代名詞、カタナ。
古来より伝わるその刀剣を、暁騎士が好むのには理由がある。
鋭い切れ味と美しさを持つカタナは、使用者の技量により脆くも儚くもなる。
たとえアカツキを纏おうとも、粗雑な一太刀はその刃を傷つけてしまう。
その繊細さを暁騎士は、己の腕を量るものとして好むようだ。またカタナは、人との親和性に優れるなどの言い伝えが残る武器でもあり、その事が暁騎士との相性の良さを生むのだろう。
卓越した暁騎士であっても、すべての武具にアカツキを宿すことは叶わない。
【倫果】の具現化を高めるには、馴染む武具である必要があった。
それは物質であろうと、魂の共鳴とも呼べる理解が求められる境地だからだ。
「リアンっ」
シャルテが叫ぶのと同時だった。
迸る赤い閃光が地を抉るようにして迫る。
放出されたアカツキは、射線上の皇国兵を巻き込みリアンを直撃した。
リアンの横薙ぎの一閃が疾走った――刹那、大気を震わせた衝撃。
巻き上がる風圧とともに、赤い閃光が弾け霧散、消滅する。
「オーガああ、オーガああああっ」
赤い光の煙が混ざる咆哮。
カタナの切っ先が向くところ――魔術の牢獄を脱したのだろう。皇国将軍ゾルグが狂気の形相で姿を現していた。
ずん、ずんとリアンに迫るようにして闊歩するゾルグ。
邪魔だとばかりに赤く灯るガントレッドで側の皇国兵を薙ぐ。
正気も疑わしいその行動に、皇国兵達は戦慄した。
「アカツキが疼いてよお、堪らねえっ、俺様の疼きをよおおお、お前で晴らすぜえええっ」
つかの間に巨躯が速さを得た。
近接の相手に、赤い拳が振り上げられる。
シャルテ曰く偽りの暁騎士ゾルグが、烙印騎士のリアンを襲う。




