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暁のオーガヴァル I ~王道演武~  作者: かえる
【 Ogreval――21~】
27/57

26 月夜



         ◇ ◇ ◇



 月光に濡れるようにしっとりとした静けさで包まれる夜も、これまでに幾千と繰り返したその一つにしか過ぎない。

 しかし、飛行船の開発により自立の道を選べるようになった頃から数えると、この夜は異様な静けさとなるだろうか。


 この日起きた皇国による広場での公開処罰。

 それが何者かの手によって妨害された。

 これまでにない表立った皇国への反抗に、民衆の中には疲弊する心に希望めいた感情を抱いた者もいたであろう。

 だが、多くの者はそこに不安を抱いた。

 緊迫感という、緩みのないこの夜の張りがそれを証明している。


 誰かがはっきりと口にしていたわけではない。

 それでも明日予定されている収容所内の囚人移送は、街の者なら誰もが知り誰もが危ぶむ。

 『革命の民』を名乗る者達が何かしら行動を起こす予期と、それによってもたらされる皇国との大きな対立。


 ゆえに今宵のグックは、嵐の前の静けさを浮き彫りにした夜と言えよう。

 そのような晩に、月下の路地では艶やかな容姿の小柄な女の姿がある。

 背負う長物は似つかわしくないものの、うなじを見せて流れる銀髪は月夜にこそ美しい。

 そして、一度目の昼下がり頃と比べれば場の雰囲気に若干の違いがあるも、シャルテには見覚えある路地に違いない。


「ワシは通り魔なんぞ、求めておらんというのに」


 シャルテの手元だけが薄い闇を払う。

 展開した魔法陣の発光は背後への警戒であるようだ。


「待ってくれ、魔術師。俺達はダリーの仲間だ」


 シャルテが振り返れば、しゅ、と魔法陣が消える。

 ぬらりと物陰から姿を現す男達。


「……出入口の見張りの者か」


 軽い頷きとともにシャルテを横切る男が、酒樽を動かし地面にあった引き戸を開く。

 壁に寄せるように集められた大きな酒樽と地下倉庫への入り口。

 

「話は聞いている。さあ、早く中へ入ってくれ」


「ふむ……探す手間が省けたのは良いが、何やら面倒な予感しかせんのお。ほんにここは、ワシにとって鬼門のような気がしてならん」


 男達に案内されるように、シャルテは『革命の民』との出遭いの場所へと潜った。





 燈火とうかのオレンジ色は、シャルテの見知った顔も含め多く者達を照らす。

 地下の部屋には二十名近くの大人達がいた。

 粗織の服などの装いから男や女達が一般的なグックの住民であることと、ここにいるすべての者達が『革命の民』だとうかがい知れる。


 以前は広くも感じた部屋。

 その中央に置かれているテーブルが机上を見せた。

 つまりは、既にテーブルを囲んでいた者達が訪問者のためにと、そこへの席を譲った結果である。

 机上の向こうでは、無精髭の大男がゴツゴツとした拳を乗せ話し合いの席に着く。


「待ってたぜ、嬢ちゃん」


 野太い声の主ダリーには、傷の手当てが目につく。


「ワシの方は、まさか再びここへ訪れることになろうとは思ってもみんかったわ。幾ら待ってもあやつが戻って来ぬゆえ――」


「リアンのことで仕方なくだろ。ここには嬢ちゃんの知りてえその情報がある。そう偏屈になるな」


 相手の出方を探るような物腰のまま、シャルテがゆっくりとテーブルへ近づく。


「さくっと言やあ、自由はないが、リアンは無事だ」


「あれから、あの阿呆は皇国に捕まった。そういうことじゃな。して、無事とも言えぬ顔じゃが、なぜお主は無事にしておる」


「その阿呆な野郎のお陰でな。結果的にいやあ、俺の代わりにリアンの奴が収容所に連れて行かれちまった。これは工業区で実際に目撃した仲間の話でよ、確実なものだ」


「では、ワシに何を望む」


 シャルテは見透かす目で問うた。

 銀髪の頭の中では、相手の思惑がくっきり見えていたのだろう。

 リアンの現状を教えてくれた相手に対しては横着にも思える態度であるが、それを踏まえれば当然のその冷ややかな瞳だろうか。


 ダリーとシャルテとの成り行きを見守る周囲の者達の気持ちを察して、ランプの灯火が大きく揺れる。

 口を閉じたままのダリーが作った時間の隙間は短い。しかしそれでも、傍らの細身の女は痺れを切らしたようだ。

 ぐ、とエリサラが机上へ身を乗り出す。


「私達はリアンの行動に感謝をしているわ。でも残念ながら彼は今収容所にいる。だから私達はなんとしても彼も救いたいし、あなたも仲間のリアンを助け出したいはず。だったら、シャルテ。私達はお互いに協力すべきよ」


「ワシの方は感謝もいらんし、協力も仰いでおらん。ワシの魔術の力を当てに、ていよくワシを作戦に巻き込む腹積もりじゃろうが、ワシには付き合う義理も利益もない」


「嬢ちゃんの言い分はもっともだ。けどま、俺の話も聞いてくれや」


 ダリーがエリサラへ向けていたシャルテの顔を奪う。


「俺も嬢ちゃんにゃエリサラの考えを推すが……少し違う。確かに霧なんてもんを出現させた魔術の高さは認める。けどよ、当てにはできるが、当てにしちゃあいねえ。もっと言えば、ナムの話だと条件や場所を選ぶようなそれじゃねえか。だったらよ、当てにもできねえ魔術だよな」


「安い挑発じゃの。ムキになって首を縦に振るとでも思うたか」


「そんなことは思ってねえ。ただよ、俺はリアンに借りがある。だから特別に、リアンと一緒だった嬢ちゃんにも一枚噛ませてやろうって話だ」


 ダリーの言わんとするところは、シャルテ側に協力する選択肢があるのではないというものだろう。

 本来なら『革命の民』のみで行う作戦。その参加資格をこちらから与えてやる。ダリーとしてはそれができるのはリアンから受けた恩義があるからだ――そう解釈できるものだ。

 そうしてシャルテが、相手の巨躯に負けぬとばかりに腕を組み小柄な身体の全身を張る。


「……物は言いようじゃの。素直に利害の一致を示せば良かろうものを」


「嬢ちゃんみたいな偏屈者にゃ、これくらいが丁度いいだろ。逆に感謝しろよ。俺達の作戦の後にリアンが戻ってくるだろうが、それだとよ、俺が嬢ちゃんに貸しを作っちまう。優しい俺からの親切な誘いだ」


 に、とダリーは歯並びの悪さを披露した。


「ふん。鬼人なんぞに借りを作っては魔人マトの名折れじゃて」


「そもそも、リアンの帰りを待てる嬢ちゃんならここには来ていねえだろし、魔人なんてもん関係なく、義理も利益もないなら、そりゃただのお人好しと言うんだぜ」


 ダリーの皮肉が終わる直前――言葉を打ち消すかのように叩かれた、ばん、と机上を打ち鳴らす大きな音が一つ。


戯言たわごとをほざく暇があるのなら、とっとと作戦とやらの話をせぬかっ」


 周りにはクスクスと微笑ましい笑い。

 『革命の民』の皆は、不機嫌な顔といたわる手を持つシャルテをそうして迎い入れるようだ。



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