悪夢
僕は暗くて狭い檻の中にいるようだ。エタノールのつんとした匂いが鼻腔を刺激する。辺りを見回しても暗闇が広がっているばかりで、特に何も見当たらない。
パチッという音がした。
どうやら部屋の電気のスイッチが押されたようで、僕の視界は一気に明るくなる。暗闇に目が慣れていたせいで、ちかちかとしたものが目の前に現れた。
数回瞬きをして明るさになれると、僕は檻に入っているわけではないことがわかった。檻ではなく、柵付きのベッド。枕元には、文字を覚えたての子供のような筆跡で僕の名前が書かれたプレートがある。
恐らくここは病院だ。
独特のエタノールのにおいと、僕の右腕と右脚がないことがその証拠だろう。
……ちょっと待て。腕と脚はどこへ行った?
「響介くん、おはよう。 朝ごはんですよ」
看護師さんが少し高めの柔らかい声で僕の名前を呼んだ。僕はこの人を知っている。いつも自由に動けない僕のために、食事を運んできてくださる方だ。
だんだんこの状況に頭が適応してきたようで、何故、腕と脚を失ったのかも思い出した。僕はその器官を後天的に、失ってしまった。
「ありがとう」と言って僕は精一杯の笑顔を看護師さんに向ける。そして、左腕だけでご飯を食べ始めた。美味しい。野菜もお肉も食べやすい柔らかさで、『噛む』ことが得意ではない僕にも優しいご飯だ。
美味しそうに食べる僕を見て、看護師さんもニコニコしながら僕の部屋から出た。
食べ終わってやることがなくなってしまったので、改めて部屋を見回した。デジタル時計が時間だけでなく日付も表示している。ふとカレンダーに目をやると、今日のところだけ何やら派手に書き込まれていた。どうやら僕の誕生日らしい。
部屋の外から、何やら話し声が聞こえてくる。
「響介くんのお父さんとお母さん、今年も来られないらしいですね……」
「最後に来たのっていつだったかな……一昨年の誕生日だったけ。 自分の息子にそんな長い期間会えないなんて、俺なら発狂しそうだよ」
僕は親に愛されていないのだろうか。なんて寂しい七回目の誕生日なのだろうか……?
「響介くん、ご飯食べ終わった?」
看護師さんの優しい言葉を聞いて、なぜだか僕の頭の中に、思い出したくなかったことがフラッシュバックする。
痛いよと、泣き叫びながら、目の前の人物に、左腕と、左脚で、懸命に抵抗する、僕。
その光景を見終わらないうちに、僕は夢から目覚めてしまった。