9 「旅立ち、そして新たな街へ」
ついに村を出発する日が来た。
何だかんだで三ヵ月近くお世話になった村を離れることになるので出立の前日は別れの挨拶回りで潰れた。俺が村を出ることに村人たちには老若男女問わず結構惜しまれた。
主に俺の持ちモノが理由で。
子供たちには「飴の兄ちゃん、もう飴くれなくなるのか? 」なんて言われたし、若い娘さんからは髪や体を洗う洗剤類を強請られて、次はいつ戻ってくるのか何度も聞かれた。体をそれで洗うようになってから意中の男性の反応がよくなったと評判なので彼女たちも必死だった。こんなのでモテても素直に喜べない。
親しくしていた雑貨屋のおっさんや薬師の老夫婦とは、きちんと別れの挨拶を済ませることが出来た。餞別だと言われて貴重な物ももらった。雑貨屋のおっさんからは古臭い本をもらい、薬師の老夫婦からは毒消しや外傷を治癒する貴重な魔法の飲み薬をもらった。
古臭い本は、魔法に関する本で以前俺が他の魔法も使いたいとぼやいていたのを覚えていてくれたらしい。不思議なことにこの世界の文字も読めることが出来るので有難く読ませてもらうことにする。
おっさん達との会話はダイレクトに日本語で聞こえるのに、文字は一度認識した後に脳内で翻訳されていくのがちょっと不思議だ。
「世話になったな」
「ああ、無茶はするなよ」
これからお世話になる行商人の盗賊顔のダガスのおっさんに挨拶を済ませて、見送りに来たおっさんと最後の別れをすませる。まだ朝日が昇り切ってない肌寒い早朝に俺やダガスさんを見送りに村長やおっさんを始めとした何人かが顔を出してくれていた。おっさんの奥さんであるアスタさんや子供たちの姿はない。流石にまだ起きてはいないのだろう。
「冒険者に慣れたら一度顔を見せにくる」
「それまで死ぬなよ」
一度おっさんの目の前で死にかけた手前、俺はその言葉に神妙な顔で頷いた。
おっさんとの短い別れ話を済ませて俺は商人の馬車の荷台に乗った。
「なんじゃ。もう別れは済んだのか」
「うん、もう終わった」
先に乗って飴玉を口の中で転がしていたタマモが声をかけてくる。
「オスカーからは何も貰わなかったのかえ? 」
「もう貰ってる」
おっさんからは、魔獣の狩り方から薬草の採り方まで生きる術を十分なくらいもらっている。
「ふーん」
タマモは意味ありげな悪戯めいた笑みを浮かべる。面白がっているのが伝わってくる。
「ケン!! 」
何を面白がっているのだろうかと思っていると、背後から俺を呼ぶ声がした。驚いて振り返ると、さっき別れ話を済ませたおっさんが立っていた。何やら手に大きな毛皮で包んだものを持っていた。
「お前に……これを渡すのを忘れていた」
気まずいのかおっさんはそう言いながら俺にそれを押し付けてきた。受け取って毛皮を捲ると矢がぎっしりと入った矢筒と弓があった。
「いいのか? 」
俺がそう聞くとおっさんは「問題ない」とだけ短く答えた。
その様子に先程までいなかったアスタさんがおっさんの横で苦笑した。
「あなたったらもう相変わらず口が少ないんだから……。ケン、それはあなたにってオスカーが作ったものなのよ。気にしないでもらってちょうだい。昨日夜遅くまで手入れしてたのよ」
そうだったのか。俺のために用意してくれたものと聞いて俺は手元の弓に視線を落とす。油で丁寧に磨かれているのか木の部分は滑らかで艶が出ていた。矢もよく見たら俺の肩幅に合わせて全部調節されていた。
「それを家に忘れてくるんだからしょうがないわね」
「すまない……」
おっさんがアスタさんに対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「ケン、その毛皮は街の防具屋でコートに仕立ててもらうといい。店には俺の紹介だと言えば受けてもらえる」
おっさんはそう言って、店の名前を俺に伝える。忘れないように俺は鞄からメモ帳を取り出してメモをしておいた。
「元気でな。無理はするなよ。冒険者が性に合わなかったら戻ってこい。狩人として鍛えてやる」
普段無口なおっさんは、いつになく口数多く俺に多くの言葉を贈ってくれた。アスタさんは、あらあらと微笑まし気に俺とおっさんを眺めていた。タマモも「ほほぅ……! 」と実に楽しそうに笑みを浮かべて見ているのがわかった。
「そんじゃ、お二人さん、気は済んだか? そろそろ出発すんぞぉ」
行商人のダガスのおっさんからそう言われて俺は再び荷台に乗り込んだ。
「やっぱりまだ別れは済んでなかったろ? 」
タマモはおっさんの贈り物について知ってたのだろう。こちらを見て面白そうににやにやと笑っていた。
「うるさい」
俺はタマモにそれだけ言い返して、そっぽを向いた。
「なんじゃ泣いとるのか? 」
違う。これは朝日がちょっと目に染みただけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街までの旅は、あっという間だった。
この辺りで一番大きな街まで5日間という長旅ではあったが、大半が荷台で商品と一緒に運ばれるだけののんびりとしたものだった。
馬車の振動は如何ともし難かったけど、タオルや衣類をビニール袋一杯に詰め込んで即席のクッションにして凌いだ。タマモに試作品第一号は奪われたものの複製魔法で素材はいくらでも用意できるので問題はなかった。
食事は行商人のダガスのおっさんと一緒に取ることが多く。内容は塩っ辛い干し肉のスープや堅いパン。あとは、タマモが狩ってきたウォンラットという子豚サイズの大きな鼠の魔獣の肉を食べたりした。実はそれだけでは物足りなくて夜の火の番の時にこっそりとカップラーメンやホウレン草のお浸しを食べたりした。
あと火の番の時に体を吹いたり下着を着替えたりした。上着は、この世界に来た時の服ではないので複製魔法で替えを出すことも出来ず、日に日にごわごわとしてくるのが不快と言えば不快だった。
街道は割と頻繁に人が通る場所なので危険な魔物と遭遇することもなく、魔物を見かけたとしても関わらなければ無害なスライムや大人しい魔物ばかりだった。なので、道中は馬車の中で即席のクッションに座って雑貨屋のおっさんからもらった魔法の本を読んでいた。
地球では空想でしかなかった魔法がこうして体系化したのを読むのはなかなか面白かった。正直、読んだだけではさっぱり理解はできなかったのだけど、そこは暇そうにしていた同乗者のタマモがいたので飴玉を餌に教えてもらった。
暇を持て余すと俺で遊ぶのはちょっと困るが、飴玉を与えているうちは大人しく頼みごとを聞いてくれやすいので扱い易いと言えば扱い易かった。
おかげで光や水の玉を生み出したり、火を指先から出すことが出来るようになった。タマモも筋がいいと褒めてくれた。
冒険者で魔法が使えるというのは力に並ぶステータスとなるとは、元冒険者のダガスのおっさんの言なので、非力な分魔法でカバーしようと思っている。
「見えてきたぞ。あそこが城塞都市ツゲェーラだ」
ダガスのおっさんの言葉で俺は本から顔を上げて商品の隙間から前を見た。進む先になんだか壁のようなものが見える。
「ケン、こっちからの方がよう見えるぞ」
タマモにそう言われて後ろを振り返ると、タマモが馬車の後ろから身を乗り出して馬車の横から前を見ていた。
危なっかしい奴だな。落ちたらどうするんだ。
などと思いつつ、俺も反対側から身を乗り出して見えてきた街を見た。
城塞都市と言うだけあって何十メートルもありそうなドでかい壁が何キロにも渡って横に広がっていた。まだ何キロも先にあるのに自分の目が錯覚したのかと思うくらい縮尺が狂ったようなデカさだ。これだけの壁を作るのに一体どれくらいの年月と人が関わったのか想像できない。
「でけぇだろ。あの街を見た奴はみんなそう言うんだ。信じられるか、あれは大昔に王国にいた大賢者様が一夜にして作り上げた城壁なんだぞ」
「これを一夜で? 」
戦国時代に一夜で城を作った話は聞いたことがある。しかし、たった一人の魔法使いが一夜でこのスケールの城壁を築き上げることができるのか。
すげぇな異世界。
城塞都市の城壁の門の前では人や馬車の列が出来ていた。
「大勢の人が並んでるな」
「これでもまだ少ない方だぞ。夕方になると依頼に出ていた冒険者たちと商人で混雑しているからな。あの数なら問題がなければちょっと待てば中に入れるだろうよ」
「あそこでは何を審査してるんだ? 」
「んーまぁ、商人なら違法な商品を持ち込んでいないか、一般人なら住民権を持つ市民なのかそうでないのか、そうでないなら犯罪者か否か。冒険者なら依頼に含まれないモノを取ってきたりしていないかだな。まぁ、冒険者は大抵ギルド証見せたら素通りだけどな」
「犯罪者かどうかはどうやって判断するんだ? 」
「顔が割れてる賞金首なら即お縄だ。怪しい場合は拘束してパラミアの神官に審議してもらう。だが、大抵は通行税の銀貨を一枚支払えば入れてもらえる。冒険者になれば通行税が免除になるから街に入ったら早めにギルドに登録するといいぞ」
「わかった。そうする」
他にも冒険者に登録したら手頃な宿も紹介してくれるらしい。早めに登録した方が良さそうだな。
幸いまだ太陽は昇りきってない。午前中だ。門を通るまでどれくらいかかるかわからないが、午後の頭までには通れるだろ。冒険者になるための審査は簡単なものらしいから今日中に冒険者にはなれそうだった。
次回、主人公冒険者になる。