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8 「旅立ち近づく」



「本当についてくるのか? 」


「なんじゃ。そんなについてきて欲しくないのかえ? 」



 そんなわけではないが……。



 あれから10日が経った。

 行商人は、予定通り村へとやってきた。寝たきりで鈍った体のリハビリや、出立の準備をしているあっという間にその日がやってきた。


 そして、数日姿を消していたタマモも行商人が来る頃に着物姿から旅装束へと着替えてひょっこりと姿を現した。


 どうやら本気でついてくるらしい。


「そんなことよりも、あのアメをくれぬか。妾はぐれーぷとやらが良いぞ」


 強請ってくるタマモに俺はグレープ味の飴玉を与える。飴を口に放り込んで上機嫌になるタマモを見ながら、まぁいいか。と思えてくる。


 命の恩人なのであまり無碍にはできないというのもあるし、現実的な話としてこの世界のことをよく知る現地人のタマモが同行してくれるのは有難い。それにタマモの性格からして俺が拒絶しても勝手についてくる。




 まぁ、タマモの性格には難があるがその容姿は文句なしの美貌であるからして、そんな美女との二人旅という魅力は男して抗い難いものが無きにしも非ずなわけでして……



 ま、まぁ、そんなわけで俺としてはタマモがついてくることにいいかなと思えてきている。


 当初は一緒に驚いていたおっさんも、タマモが同行することには肯定的だ。世間知らずな俺が一人で街をふらふらとするのは、危なっかしくて仕方ないらしい。


 俺は、はじめてのお使いに行く子供か何かなのだろうか。




「行商人とはもう話がついたのか? 」


「ああ、おっさんと村長と一緒にさっき挨拶に行ってきた」


 行商人が村長に挨拶に来た時に紹介してもらった。行商人は、くすんだ深緑色の髪のおっさんだった。名前はダガス。右手の深手のひっかき傷がチャームポイントのなかなかに厳ついおっさんだ。盗賊と言われた方が納得する。


 聞けば、元冒険者だそうだ。

 若い時はそれなりにやってたそうだが、チャームポイントの傷がきっかけで利き手の右手に後遺症が残って引退したらしい。斥候のようなことをしていて、他の冒険者より頭の回転が早く、足には自信があったことから知り合いの商人の元で学んで、行商人を始めたそうだ。最初は、自前の足であちこち駆けまわっていたそうだけど、今ではそれなりに儲かってマイカーならぬマイ馬車を持てるようにまでなったらしい。


 街まで同行させてもらう交渉はあっさりと済んだ。おっさんは、行商人のおっさんのお得意様だったのでそのお得意様と村長の頼みならと二つ返事で頷いてくれた。おっさんの狩猟した魔獣の素材は、素材の希少さもあるが、処理が丁寧なので街にまで持っていけばいい値段になるそうだ。

 俺もお世話になるので、包装を取った飴玉を入れたコップ一杯程度の小瓶を渡した。


 この辺りでは、甘味は貴重だ。

 村で物々交換をする時、シャンプーやリンスといった洗剤に次いで砂糖や飴が人気だ。だが、洗剤は消耗品とは言えボトル二回分のお徳用は早々使い切らないので、砂糖や飴で物々交換することが一番多い。


 そんなわけなので飴玉を上げたのだけど、行商人のおっさんには好感触だった。

 砂糖にしなかったり、飴玉を袋のまま渡さなかったのは、おっさんから強く止められたからだ。雑味のない真っ白な砂糖をほいほい渡したり、不思議なキラキラした包装のまま飴玉を渡すのはやめろとおっさんに釘を刺された。村の人たちにはもう今更なのだが、考えなしに初対面の人にそのまま渡したり、目の前で複製魔法を使うのは命を縮めると脅された。


 今一ピンとこないが、これが地球で人前で金目のものをたくさん身に着けてじゃらじゃらと見せびらかしながら歩いている姿をイメージすると、確かに危ういなと思った。


 なので小手先の手ではあるけど、行商人のおっさんには複製した飴玉を陶器の小瓶に詰めて渡すことになった。砂糖はしばらく人にあげるのは控えるということになっている。


 まぁ、村人にはすでに結構な量を渡した後なのだけどね。

 多分、おっさんの家と雑貨屋を抜きにしても一軒当たり二キロくらい渡してる。飴玉に至っては、日に三袋は消費してる。


 

 

 もう過ぎたことなのでどうしようもないが、おかしなことにならないのを願うしかない。





 暇なのか、やたら絡んでくるタマモを適当にあしらいながら俺は、行商人のおっさんが村を出るまでの残り数日どうしようかなぁ……と思うのであった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「いいか。この草の葉は止血に使える。葉の裏を軽く爪で傷をつけた後、傷口に押し当てて巻き付けておけば血が止まる。ただし、半日以上は体に障る。血が止まって暫くしたら剥がせ」



 行商人に同行して村を出る日を明後日に控えて俺は、おっさんと2人の最後の狩猟へと出た。いつもどこからか現れるタマモも今日は空気を読んだのか、それともおっさんがいるからか近くに姿はなかった。家を出る前に複製した飴袋を丸々渡したので案外、家でゴロゴロと飴を舐めているのかもしれない。


 おっさんのいつになく熱心な説明を俺は、ふむふむと頷きながらメモを取る。そして、携帯でパシャパシャといろんな角度で草を取る。ガラケーの画質はお世辞にもいいとは言えないが、十分に近づいて撮れば特徴は分かる。初代である本物の携帯は以前崖を落ちた時に壊れたので、今は複製した2代目を使用している。お陰で初日にとったドラゴンの写真とか色々消えてしまったけど、まぁそこまで問題はない。異世界に来る直前のデータも複製されるので、そこまで困っていない。重要なメモは、メモ帳に取っていたのが幸いした。


 まぁ、それも崖に落ちた時のあれこれで初代は泥水なのか血なのかよくわからないものに一部染まって、携帯同様、複製へと置き換わってしまったが。辛うじて解読できたので、書き写して記録はちゃんと残せている。



「これの効能は採れたてでないと効果がない。採取から時間が経って萎びれたものや乾燥したものは効果がない。特に萎びれたものは肌が荒れることもある。注意しろ」


「ん? じゃあ、売り物にはならないのか? 」


「ああ、売り物にはならん。もし売っているのがあれば、詐欺だから買うな。もし、怪我をした時に近くに生えていたら使えばいい。……頭の片隅にでも覚えておけばいい」



 そう言えば最近、おっさんは商品価値のない。しかし、知っていれば生存率が上がるようなことを教えてくれることが増えた。明らかに崖に落ちた一件が原因だろう。しかし、これから冒険者になっておっさん抜きで山などに潜ることを考えたら必要な知識だ。有難くメモしておこう。




「なぁおっさん。タマモって一体何者なんだ? 」


 魔獣の棲む山の洞窟で暮らす銀髪の狐の獣人。

 崖から落ちた俺を助けてくれた命の恩人。

 超のつく甘党でやたら古風な喋り方をする着物美人。などなど


 俺が知っていることを上げていくだけでこの村の人とは違うような印象を受ける。そもそも比較的安全な村で暮らさず、危険な魔獣が闊歩する山の中で暮らしているだけで十分変わり者だ。


「……タマモのことは俺もよく知らない。だが、俺の祖父の祖父が生きていた頃から村の近くに住んでたそうだ。あれは滅多に山から下りてこない。基本的に村の者とは互いに不干渉だった。だが、タマモは村の者が持たない薬の知識や魔法を持っている。それで人探しや村で流行った病の薬の作成を頼むことが時折あった。その代わりタマモが村の作物や物を無断で盗っていくことを黙認したりしていた」


「おっさんの祖父の祖父の頃からってタマモは一体何歳なんだよ」


 そもそも獣人ってそんなに長命なのか? エルフかよ


「わからん」


 俺の疑問におっさんは短く答えた。

 


 九つの尻尾……まさか妖狐の類だったりしてな。あの邪悪さ、あり得る。




 そんな益体もないことを考えながら俺は先を進むおっさんの後をついていき、薬草などを採集していった。今回は目ぼしい獲物が見つからなかったのでおっさんが背中から弓を抜くことはなかった。


 まぁ、こんな日もあるだろう。



 束ねた薬草をバックに括り付けて山を降りた俺たちは、薬師の爺ちゃん婆ちゃんに採集した薬草を売り払った。



「今日はまだ早い。弓の練習をする」


 早めに終わったと思ったら、おっさんから弓の練習をすると言われた。一休みしたかった俺はげんなりとする。


「お前の分の弓矢を持ってくる。それまで休んでいろ」


 顔に出ていたのかおっさんから僅かばかりの休憩時間をもらった。弓矢を取りに行ったおっさんを尻目に俺は重いバックを降ろして地面に座り込んだ。


 ふぅ。体力は随分と戻ってきたとはいえ、やっぱり重い荷物を背負っての山登りはきつかった。こんな調子で冒険者なんて務まるのかちょっと心配だ。


 初めのうちは力仕事関係の雑用が多いそうなので、しばらくは街の中でできることをしていくのもいいかもしれない。


 水で濡らしたタオルで顔や体を拭ってさっぱりした後、飴を舐めて一息つく。


 あー、さんざん歩いた後の飴はおいしいなー。


 甘いイチゴの風味が口いっぱいに広がる。

 


 10分程しておっさんが弓矢をいくつか持って戻ってきた。



「前のだ。引いてみろ」


 崖から落ちる以前からおっさんから時折弓を教わっていたが、怪我で筋力が落ちたためしばらく練習は控えていた。


 さて、引けるだろうか。大分回復したとは思うけど……指の保護のため中指と人差し指を覆う指カバーをする。



 おっさんに渡された弓を矢を番えずに引いてみる。弓の引き方は粗方おっさんから教わっている。教わったやり方を思い出しながら引く。


 むぎぎ……相変わらずかったいな。


 弦を引く腕がプルプルとしてきそうだが、前のように引くことができた。おっさん曰く、これが実際に使える最低限の弦の強さだそうだ。もっと筋力つけないと、日に何度もとはいきそうなにないな。



「次はこれを引いてみろ」


 俺が引く姿におっさんは何も言わずに次を渡してくる。俺は弓を引き戻して、新しく渡されたのを受け取る。



 ふんぬぅ……! 固っった!



 前よりも大分強くなっているがなんとか引くことができた。ただ、1分も持ちそうにない。腕がプルプルする。


「放せ」


 おっさんの指示で俺は弦から手を離した。ピュンという弦が風を切る音がする。



「うむ。今度は矢を番えてみろ」


 おっさんに言われて俺は、矢を弓に番えて引く。おぉ、気を抜けば弦から指がすっぽ抜けそうだ。



「放せ」


 おっさんの指示があるのを待っていた俺は、すぐに指を離した。


 解き放たれた矢は、ほぼ直線に飛んでいき30メートルほど先の正面の若木の幹に当たって、コォンという音を鳴らした。


 おっさんに言われて見てくると、先端が少しばかり幹に食い込んで刺さっていた。すぐに引き抜けた。



 引き抜いた矢をおっさんに渡して、おっさんがそれを点検する。問題がなかったようでそのまま返された。硬い木から作っているとはいえ軸が歪むとすぐに飛ばなくなるので矢は消耗品だ。今回は、刺さり方がよかったようでそれほど傷んでなかったようだ。


 何度か矢を射った後おっさんから指導をもらって、矢の点検と弓の手入れを教わりながら一通り行った。



 一人でも出来るように後でメモに残しておこう。



 


 そうこうしていると日が沈んできて、俺たちは帰路についた。家では、おっさんの家族に紛れてタマモがちゃっかりと居座っていた。



 明後日には、おっさん達ともお別れか。寂しくなるな……





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