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7 「目覚め」



 目が覚めた。目覚めてすぐは意識が定まらず微睡んでいたが、腹部にかかる重みとその息苦しさにだんだんと意識が覚醒した。


 一体お腹に何が乗ってるんだ……


「おっさん? 」


 俺のお腹の上に乗っていたのはおっさんの頭だった。顔はこちらを向いてないけど、見慣れた茶髪とガタイの良さからしておっさんなのは間違いなかった。


 どうやら俺の腹を枕に眠っているらしい。

 おっさんの岩のような腹筋とは違い、俺のぷにぷにのお腹はさぞかし寝心地がいいことだろう。


 などと馬鹿なことを考えながら俺は、おっさんがいることに疑問を抱くが、俺が今いる場所に気づいてその疑問はすぐに氷解した。


 薄暗い湿った土の匂いのする洞窟ではなく、木枠から日差しと青臭い草の香りが漂ってくる木造の部屋は、この2ヵ月半で当たり前となった俺の自室だった。



「あれは夢じゃなかったのか……」


 朧げながら誰かに背負われていたのを覚えている。その時の記憶はほとんどなく、ずっと目を閉じていたので聞こえてきた声のほんの僅かしか覚えていないが、おっさんとタマモが話していたように思う。


 ってことは、おっさんが俺を探して洞窟まで来てくれたのだろうか? それともタマモがおっさんと知り合いで呼んでくれたのだろうか?


 経緯は全くわからないけど、俺が村に戻ってきておっさんが俺のお腹を枕に寝ている事実は変わらない。



 そうか……帰ってこれたか。


 崖から落ちた時は死を覚悟したが、こうして俺は帰ってこれた。布団に体を沈める。タオルや衣類を複製してちまちまと時間をかけて自作した布団は、藁とは比べものにならない寝心地だった。


 閉じられそうな瞼を開けて、俺は手を顔の上にゆっくりと持ち上げる。

 何だか腕が重くなったように感じるが、痛みもなく持ち上がる。以前は感じていた体の引き攣りも感じない。グー、パーと閉じては開いてを繰り返して握力を確認する。


 うん、問題ないな。


 おっさんを起こさないようにゆっくりと体を起こして体を捻る。やはり、体の引き攣りはなくなっていた。体調も大分よくなった気がする。


 ふと、おっさんを見下ろす。こうして上から見るとおっさんの寝顔を見ることができた。目を閉じて眠っている姿は、普段の厳つさに反して何だか子供のようなあどけなさを醸し出していた。


 そう言えば、以前|アスタさん≪おっさんの嫁≫がおっさんの寝顔の可愛らしさに惚れたとか何とか言っていたように思う。何となくおっさんの頭に手を置き、手慰みに鳥の巣のような寝癖だらけの髪の毛を弄る。


 俺が崖から落ちた後、おっさんは俺を探してくれていたのだと思うと、嬉しさと僅かな気恥ずかしさから自然と笑みが浮かんだ。


「オスカー、お前の嫁が飯ができたと……」


 直後にガチャっと音を立ててドアが開いた。ぴょこんと狐耳を立たせて部屋に顔を覗かせてきたのはタマモだった。


「お? 」


 タマモと目が合った。意外そうに目を僅かに見開いた後、視線が下へと移動して俺のお腹を枕に眠るおっさんへと移った。


 ニタァ……と悪戯めいた笑みをタマモが浮かべた。俺の頭の中で危険信号が鳴り響いた。


「これはこれは……くふふ、邪魔をしたようじゃな」


「おい待て、何を勘違いしてる」


「無理に否定せずとも良い。妾は男色にも理解がある故、気にする必要はないぞ」


「おい」


 俺の言葉を無視してタマモは、実にいい笑みを浮かべながら「そうかそうか……だからオスカーは妾に靡かなかったのじゃな……」などとほざく。


 話を聞く様子がないタマモにイラついた俺は、枕を掴んでタマモへと投げつけたが、タマモがドアを閉める方が一瞬早かった。


 ばんっとドアにぶつかって枕が虚しく床に落ちた。


「ん……」


 その音でおっさんの意識が覚醒したのか、おっさんの体が身動ぎした。


「しまった……寝てしまっていたか」


 おっさんはそう独り言を零して身体を起した。顔を上げたおっさんと目が合った。半開きだったおっさんの目が見開かれる。


「ケン……! 起きたのか」


 お陰様で。


 俺はおっさんの問いに頷く。


「傷はもう大丈夫なのか? 」


「それはもうすっかり。あの熊の肝のお陰かもしれない」


 まずかったけど


「いや、タマモのお陰だ。お前ももう顔を合わせていると思うが、彼女が助けてくれなければ命は無かった。感謝するといい」


 おっさんが真剣な声音で言うので、俺も神妙な顔つきで頷いた。確かに、タマモが拾ってくれなければ俺は確実に死んでいただろう。


 だからと言って、俺を玩具に楽しむことを許すつもりは毛頭ないが


「そう言えばさっきご飯出来たって言ってたぞ。行かなくていいのか? 」


「もうそんな時間か……」


 おっさんは、明るい窓の外に目を向ける。耳を澄ませば外の喧噪が聞こえてくる。現代の日本とは違って、日が昇っている頃にはもう外に出て動いていた。


「ケン、お前もう食べれそうか? 」


 その質問に俺は頷いた。実を言うと先程からペコペコであった。


「そうか。なら持ってくる。待ってろ」


「いや、そっちに俺も食べに行く……っとと」


 おっさんがそう言って部屋から出て行こうとするので俺は着いていこうとベッドから起き上がった。しかし、思ったよりも体が消耗していたようで2、3歩ほど歩くと急に膝の力が抜けて危うく転びかけた。


 気を取りなして、もう一度歩き出そうとしたら、最初の一歩目でカクンと膝の力が抜けて床に崩れ落ちて膝をついた。


 え、何これ。透明人間に膝カックンされてんの俺?

 

 自分の思うように足が言うことを聞いてくれなかった。


「おいケンっ! 」


「大丈夫。ちょっと蹴躓いただけだ」


 俺が崩れ落ちたのを目にしておっさんが駆け寄ってくる。それを俺は手で制して立ち上がる。足元を確かめるかのようにその場で何度か足踏みをする。若干、ふわふわとした頼りげない感はあったが、歩けそうだった。


「怪我人は大人しく寝ていろ。メシは俺が待ってくる」


「もう治ってる。問題ない」


 筋力は少し衰えたようだけど、傷はもう治ってる。それに折角生きて帰ってこれたのだから、アスタさんの手料理は出来立てで食べたかった。


 俺は、どんな美味しい朝食が待っているのか胸を膨らませながら、小鹿のように震える足で向かうのだった。


◆◇◆◇◆◇◆



 久しぶりのアスタさんの手料理はおいしかった。足だけでなく腕の筋肉も衰えていたようで、何度かスプーンを取り落としていたら、病み上がりだからとアスタさんに食事の面倒を見てもらった。アスタさんみたいな綺麗な人にお世話されるなら悪くないかなと役得を噛みしめた。


 おっさんの子供達には「ミリア(一番下の子)と一緒! 」と笑われたけど、俺はおっさんにドヤ顔を向けて優越感に浸っていた。おっさんからは呆れた目を向けられた。


「お主、ほんに回復が早いのぅ。あれほどの傷であれば、もう4、5日は寝たきりなのじゃがの」


 俺からしたら崖から落ちて普通でも一週間程度の傷で済んでしまうことに驚きなんだけどな。

 直後の記憶はないけれど、そのままあそこから落ちたのだとしたら少し考えても日本であれば諸々の手術込みで完治まで2、3カ月寝たきり、もしくは一生後遺症が残るレベルの怪我だったのではないかと考えられる。そもそも、死んでた可能性の方が高い。


「ケンーケンー。飴玉ちょうだーい」


「お兄ちゃん、飴玉ちょーらい、ちょうらい! 」


 食事を終えて、俺に飴をせびってくる子供たちに久し振りの飴玉を渡してやりながらタマモにもあげる。でないと、あいつ今すぐにでも子供から飴玉を奪う目をしていたからな。


「くふふ、甘味が好きなだけ食べられるとは良いのぅ。それだけでお主を救った甲斐があるというものよ」


 タマモは艶めかしく飴玉を舐めて機嫌が良さそうだった。テーブルにしな垂れがかるタマモの後ろで尻尾がくねくねと揺れている。


 そう言えば、以前見た時は何本もあったように見えた尾は、今は3本しか生えていなかった。見間違い……? いや、隠せれるのか?


「……それで、いつまで村にいるつもりなんだ」


 食後ににがい薬茶を飲んでいたおっさんが、タマモにそう尋ねた。聞かれたタマモは「ふむ」と呟き、俺の方に目を向けて口を開いた。


「ケン、お主ここにいつまで居るつもりなんじゃ? 」


 急に話を振られて俺は虚を突かれたが、当初予定していた行商人が村を訪れるまでと答えた。


 そう言ってから、病み上がりなのでせめて弱った体が元に戻るまでは村にいるだろうことに気が付いた。


「オスカー、行商人がここに来るのはいつなのじゃ? 」


「……10日後だ」


「ならば、一度洞窟に戻ろうかのぅ。荷作り(・・・)もせねばならぬじゃろうし」


「なに? 」


「あ、お主の旅に妾もついていくことにしたからの。これからよろしく頼むぞケン」


 へ?


「では、妾は一度帰る。アスタとやら、主の飯は美味であったぞ」


 固まる俺とおっさんを余所に、タマモはそう言って出て行ってしまった。俺とおっさんは、思わず2人で顔を見合わすのだった。



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