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6 「探し人はすぐそこに」


「あはははははっ! 焦ったかや! 安心せえ。それは儂が拾ってきた果物じゃ。アメの礼にくれてやるよ」


 口に入ってきたのは、熊の睾丸ではなく酸味が強いが甘味のある小粒の果物だった。俺が気づかないうちに尻尾を巧みに操って睾丸と果物をすり替えられていたのだ。

 大笑いするタマモを俺はジトッとした目で睨む。皮ごと口に入れられたので、噛み潰すと強い苦味が舌に残った。


「………」


「なんじゃ怒っとるのかえ? そんなに儂としたかったのかや? 」


 タマモはわざとしなをつくって俺を誘惑してくる。その仕草は随分と色っぽかったが目が笑っていた。

 俺は、タマモを無視して果物の種をそこらへんにペッと吐き出して、枯れ草のベッドに潜りこんで不貞寝した。



 俺の体は休息を求めていたのか、すぐに俺の意識は夢へと旅立っていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……寝たか」


 枯れ草のベッドから聞こえてくる寝息にタマモは、ケンが寝たことを悟る。

 先程まで浮かべていた笑みを消して、タマモはケンへと静かに近づく。


「気のせいじゃろうか……この顔立ち、ヒノモトの者達に似ておる」


 催眠作用のある果物で深い眠りに落ちたケンの頬にそっと手を当てて観察する。

 タマモが覚えているヒノモトの者とケンは違う点も多かったが、どことなく似るその顔立ちがヒノモトの者ではないかとタマモに疑念を抱かせた。


「しかし、あの見たこともない魔導具にこの得も言われぬほどに甘いアメという甘味……この包み紙も不思議な材質じゃ。一体何で出来ておるのじゃろうか? 」


 ケンから渡された飴袋から飴玉を一つ取り出して、包装紙をケンが行ってた見よう見まねで破いて口の中に放り込む。タマモの口の中に先程入れていたグレープ味のアメとソーダ味のアメの味が溶けて混ざり合う。その蕩けるような強い甘味にタマモはふにゃりと無邪気な笑みを浮かべた。


 谷底に転落して死にかけていたケンが、どことなく懐かしいヒノモトの者と似ていたことと以前よい物を拝借させてもらった礼にと気紛れで助けたが、良い拾い物をしたとタマモは笑う。


 ヒノモトの者に似ていて複製魔法という不思議な力を使い、見たこともない魔導具を持っているという謎だらけのケンであるが、タマモにはそれが面白かった。



「着いていくのもよいかもな」


 タマモはニヤリと悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。



 タマモがケンの寝顔を眺めながら機嫌よさげに尻尾の先を振っていると、ふいにピタリとその動きを止めて洞窟の入口へと顔を向けた。尻尾はいつの間にか動きを止めてペタンと地面に伏せ、代わりに耳がピクピクと何かに反応していた。



「ここに客が訪れるとは珍しいのぅ……」



 タマモは、先程とは違った笑みを浮かべて立ち上がると入口へと向かう。


 そこには、ケンにおっさんと呼ばれている男が立っていた。


「おや、このようなとこに誰かと思えばオスカーではないか。久し振りじゃのう。前に会ったのは二月(ふたつき)前じゃったか。ここに顔を出すのは、アイサ以来かえ? あの娘は元気にしとるのかえ? 」


「ああ、久し振りだなタマモ。すまないが、ここに世間話をするために来たわけではない。ここに来たのは前のように人探しを頼みにきた」


「相変わらずせっかちな男じゃのう。少しは、妾を楽しませることくらいしてもよかろうに」


「生憎、口下手なのでな。世間話を求めるならマチルダとすればいいだろう」


「それもそうじゃのう。お主は、昔からそうであったな」


 オスカー(おっさん)の返しにタマモは、袖で口元を隠しながらコロコロと鈴を転がしたような笑い声を上げた。

 ひとしきり笑った後にタマモは怒りもせず苛立ちもせずただこちらの気が済むまで待っているオスカーを一瞥して、「相変わらずからかい甲斐のない男よのぅ」と零した後、言葉を続けた。



「まぁよい。それで、誰を探してほしいのじゃ? また子供が山に迷い込んでしまったかや? 」


「……いいや、探して欲しいのは村の者ではない。以前、お前が通行料と言って物をかっぱらっていった男だ」


「はて? そんなことがあったかのぅ? 」


「惚けるな。二カ月前に俺と出会ったことがあるのなら覚えているはずだろう。その時に俺と一緒に山を降りていた男だ」


「おお、そうじゃった。そうじゃった。……それで、どうしてその男を探して欲しいんじゃ? その男が何か村で悪さでもしたのかや? 」


「……いや、共に狩りに出た帰りに足を滑らせて谷底に落ちて行方不明になった。それで探している」


「ほう。谷底に……妾がやるのは、人探しではなくて死体探しかや? 」


「違う……と、言いたいがそうなるかもしれない。だが、落下地点にいなかったことを考えればまだ望みはある」


 オスカーが一縷の望みに賭けてここに来たことが伝わってくる思いが、その言葉には籠っていた。

 そのことにタマモは、面白げに口元を吊り上げる。 


「随分とその男に入れ込んでおるようじゃの。そんなに面白い男だったのかえ? 」


「お前の言う面白い男に当てはまるかはわからないが、好ましい男ではあった。世間知らずな所はあるが、村の者たちにも好かれていた」


「なるほどのぅ……。それで対価として妾に何をくれるのじゃ? 金はいらなんぞ。山では、何の足しにもならんからの」


「……対価は用意してある」


 オスカーは、そう言って背負っていた背嚢(バックパック)を下して、その中から人の頭ほどの大きさの陶器の壺を出してきた。オスカーが壺を地面に置いてその封を解くと、その中にぎっしりと詰まった真っ白な粉末が露わになる。


「ほう」


 つい最近、似たようなものを見たことがあったタマモはずいっと顔を近づけると指に白い粉末をつけて、その指をペロリと舌で舐めた。


「砂糖か」


「ああ、以前お前がその男からかっぱらったものと同じ代物だ」


「なるほど。あい、わかった。その人探し引き受けようではないか」


 タマモは砂糖が詰まった壺を抱え込むと、にんまりと笑みを浮かべて引き受けた。


「よろしく頼む」


 オスカーは、そう言って深々と頭を下げた。

 そんなオスカーを見てタマモは、ケンは人たらしの素質があるようじゃな……と感想を抱いた。


「まぁ、交渉は成立したのじゃ。今は非常に機嫌が良いから特別に妾の塒に入る許可をやろう。さぁ、ついてまいれ」


 そう言うと、タマモはオスカーの返事も待たずに踵を返して洞窟の奥へと戻っていく。タマモの言う通り、尻尾の先は機嫌よく揺れていた。

 

 しかし、少し歩いて入口の前でオスカーが動く気配がないことに気付くと、タマモは足を止めて振り返った。


「なんじゃ。入ってこないのかや? 探し人に会いたいのではなかったかえ? 」


「……なに? まさか……! 」


 タマモの言葉に最初、眉を潜めたオスカーだったが、理解が及ぶと目を見開いて驚愕の表情に変わった。


「クククッ、お主でもそのような顔をするのじゃな。はよぅ、ついてまいれ。お主の探し人に会わせてやろう」



 タマモは、オスカーの心底面白いとばかりに喉を鳴らして笑いながら奥へと消えてった。その後を、オスカーは、早足で追うのであった。


お久しぶりです。約1年ぶりの更新となります。


余裕があれば、もう少し早く更新していこうと思います。

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