5 「洞窟で療養」
目を覚ました。酷く体が熱く頭がボーっとする。枯草を湿らすほどに自分から汗が出ているのがわかる。
酷く喉が渇いていた。
「なんじゃ、起きたのかえ? 」
眠気のせいか熱のせいか意識が朦朧としていた俺が水を求めて呻き声を上げていると、タマモが声をかけてきた。声は聞こえるが視界にその姿は映らない。ごそごそと物音が聞こえることから近くにいるとは思う。
目を開けているのも辛くて、目を閉じているとひやりとした冷たいタマモの手が俺の額の上に置かれた。
「やはり熱が出たようじゃな。安心せえ、これを飲めば一先ずは大丈夫じゃ」
タマモの腕が首の後ろに回って、俺を抱き起す。うっすらと目を開けるとタマモが木のお椀を俺の口に近づけてきていた。木の椀からは何とも言えない生臭い臭いがしてくる。
「……なんだこれは」
「お主と一緒に落っこちてきた熊の肝じゃよ。磨り潰してあるから飲みやすいじゃろう」
「……臭いがきついんだが」
「我慢せえ。良薬は口に苦しというじゃろう」
そう言ってタマモは、嫌がる俺の口にお椀を押し当てて無理やり飲ましてきた。
すごく不味かった。
口の中が気持ち悪くて吐きそうだし、頭が重いし、体がだるいしでタマモに熊の肝を飲まされた後すぐに俺は再び眠ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次に目を覚ました時、側にタマモの姿はなかった。
相変わらず俺は全裸で、枯草の中に埋もれるように寝ていた。
汗で湿ってた筈の枯草は、からっと乾いてて肌に張り付くようなことはなかった。もしかしたらタマモが俺が寝ている間に枯草を一度変えてくれたのかもしれない。
枯草の山から這い出て軽く動かしてみると体のあちこちの肉が引き攣る感じがしたが、痛みは大分引いていた。熊の肝のおかげなのか熱っぽさもないし、これなら動けそうだった。
取り敢えず、服を着よう。枯草の中は温かったが、出てみると結構冷える。
前着ていた服が見当たらないので、複製魔法で下着から服、靴を用意する。しかし、村の人達からの貰いものの背嚢や革の帽子までは複製できないので用意できなかった。
タマモが顔を出しにきたら、返してもらえるか聞いてみよう。
服を着ているとぐきゅーと腹の虫が鳴った。ついでに喉が渇いてることも気付く。
「何か食べるか」
水の入ったペットボトルと湯沸し器を複製して喉を潤しながらお湯を沸かす準備をする。湯沸し器は、電池式なのでどこでも使える優れものだが、複製する度に梱包された状態で現れるので、毎度箱を開けて別で複製した電池を入れる手間があった。
ここに来た時のままの状態で複製できることは便利ではあるが、こういった点は面倒だった。
湯沸し器を箱から出して不要になったものは、消して魔力に戻してしまう。
湯が沸くのを待つ間、惣菜のホウレン草のお浸しを摘まみながら何を食べるか脳内の複製リストを見ながら考える。
がっつりカップラーメンといきたいところだけど、崖から落ちる大怪我をしたわけだし胃の負担を考えると避けた方がいいのではないかと素人考えで考え、こういう時はお粥が定番じゃないかと思ってちょうどインスタント粥があることもあって、それにすることにした。
器はいつものようにカップラーメンの器を流用させてもらう。適量が記載されてるけど計れないので目分量だ。味は無難に塩味のみの白がゆにしてみた。
お湯を注ぎ、啜ってみる。
「微妙だな……」
お湯の量が多すぎたのかもしれない。水気が多い薄い粥になってしまった。
だが、まぁ食えなくはない。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
食べ終わったら、湯沸し器と飲みかけのペットボトルを残して全部魔力に戻してしまって、飴袋を新たに複製して食後の飴玉を舐めながら眠くなってきたので枯草の中に戻った。
あぁ、布団が恋しい……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タマモに顔をビシバシと叩かれ起こされた。
そして、アレはなんだ。コレはどうした。と湯沸し器や俺の着ている服について質問責めされた。
俺の持つ魔法、複製魔法です。
と答えたら「なんじゃそりゃー! 」と叫んで目をキラキラと輝かせてた。
今までの大人びた雰囲気が消えて、まるで大好きな玩具を前にした子供のようだった。
「これが湯を沸かす魔導具かえ。まこと初めてみる形の魔導具じゃ。どうなっておるのじゃ? 気になるのぅ気になるのぅ……」
タマモは湯沸し器を興味深げにべたべたと触ってる。耳がピコピコと動いててなんかネコみたいだ。いや、狐だからどちらかというと犬なのか?
タマモが湯沸し器に夢中になっているのを尻目に俺は、ズボンのポッケに入れてた飴玉をひとつ口の中に放り込む。
飴玉の包装紙を破って口の中に放り込んだ瞬間、タマモがグリンと首をこちらに捻ってくわっと目を見開くと突然飛びかかってきた。タマモの目の瞳孔が細くなって狐の目のようにになっていた。
「ケン、お主いま何を喰った」
その目恐いんだけど
隠すようなことでもないので、飴と答えると、飴とは何だと聞き返されたので、砂糖を煮詰めて固めた甘いお菓子と答えた。
「ほう! ケン、それ、儂によこせ」
寄越せって……いや、欲しいならあげるけども
そう応える前に口の中に指を突っ込まれて飴玉を奪われた。
そのままパクリとタマモに喰われた。
おい、それ俺のなんだけど。てか、食べかけを食うなよ。
「ん~~~っ!! 」
耳をピコピコ、尻尾をくねくねと動かして喜びを表現しているタマモに俺は引き気味だった。
「………そんなに飴が欲しいならまだあったんだが――」
「なんと! まだあるのかえ! 出してたもう、出してたもう! 」
俺は、タマモのお願いを無碍には出来ずに複製した飴袋をタマモに渡すと狂喜乱舞して喜んでいた。
相当な甘党じゃないだろうか……
あ、これ飴で持ち物を返してもらえるんじゃないだろうか?
まだズボンのポケットに残っていた飴玉を口の中に放り込みながら俺はそう思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まだくれるのかえ!? あのガラクタを返してほしいのかえ? 儂は構わんぞ! 」
あっさりと返してくれた。てか、雑貨屋のおっさんがくれた魔導具を指さしながらガラクタっていうな。
折角くれたものなんだぞ。売れ残りだとか言ってたけどさ。
「それはもう壊れとるぞ? 」
げ、マジで!?
慌ててタマモに返してもらった結界の魔導具を手に取って傷がないか確認する。
「ほれ、ここじゃ。ここ」
「うわ、ホントだ……」
ビー玉のような魔水晶を覆っている金属の装飾の一部に罅が入って欠けていた。試しに起動しようとしてみるがうんともすんともいわなかった。紅熊の解体中は問題なく起動したから、やはり崖から落ちたのが原因か……
発火の魔導具の方も確認するがこちらは問題なく起動した。
だが問題なかったのはそれだけで、一緒に返された背負い鞄は右の側面が崖から落ちた時に擦ったのか毛羽立って大穴が空いていたし、着ていた衣服は背中部分が一部裂けてたし俺の血で染色されていてとても着れたもんじゃなかったし、同様に帽子も血が染み込んでしまってとれそうになかった。
雑貨屋のおっさんがくれたもんはほぼ全滅か……
てかこの出血量で俺はよく生きてたな。帽子も中から血がべったりってことは頭から血が出てたってことだろうし、服の損傷具合から背中から脇腹にかけて激しい出血があったと思う。
今着ている服を捲って該当の部分を直に見てみるが綺麗なもんで、擦り傷一つありはしない。
あ、いや、暗くて今一わからないが触った感じ、蚯蚓腫れのような他とは手触りの違い筋のようなものがあるように思える。
ない、じゃなくてあったけど治った、というのが正しいようだ。
頭の方も触ってみたが、よくわからなかった。傷口だけ禿げてたりしないだろうか、その辺少し気になる。
あと、結局今回の戦利品だった熊の肉は治療代としてタマモに徴収された。肝は熱を出した俺に薬として一部使われて、残った分は丁寧に潰してペースト状にして木の椀に入れて返してもらえた。
定期的にそれを飲めということらしい。
もう完治したように見える俺の怪我だが、タマモに言わせれば俺の体の中はまだぐっちゃぐちゃで絶対安静らしい。固形物を食べるのはしばらく控えた方がいいとそれとなく言われた。
お粥って固形物に入るだろうか……
腹が減ったから食ったけど考え足らずだったかもしれない。タマモにお粥食べてもよかったか聞くと「痛くないのかえ? その体でものを食えばのた打ち回っててもおかしくないのじゃぞ? 」と言われた。
ちょっと心配になった。
吐く、ではなくのた打ち回る、って辺りが怖い。あと飴玉でどうしようもなく緩んでた顔を真顔にしていうのはやめて、真実味を帯びてしまう。
そして残った睾丸は、とてもあっさりと返された。
あまりにもあっさりと興味なさ気に返されたので思わず尋ねてしまった。
「睾丸も薬になるんだろ? いらないのか? 」
俺が尋ねると機嫌良さげに飴玉を口の中で転がしていたタマモの瞳の中に悪戯っぽい微笑が浮かんだ。
「ほぅ、儂にそれをいるかと聞くかや」
おもむろにタマモは俺の襟首を掴むと俺を引っ張り倒してきた。
「うおっ――んむっ!? 」
タマモのきめの細かい長い指が俺の口の中に差し込まれてまたもやタマモは俺から食べかけの飴玉を強奪した。
「おい、おまっ――」
俺の抗議の視線を無視してタマモはその飴玉を自分の口の中へとちゅるんと滑り込ませて艶やかな微笑を浮かべた。
しゅるりとタマモの尻尾の一つが俺の首筋を撫でるように持ち上がり、いつの間に俺の手から掠め取ったのか尻尾の先には睾丸の小瓶が絡まっていてポトリとタマモの空いた手の上に落ちた。
依然とタマモは俺の襟首を掴んで俺を引き倒したままである。
タマモは器用に片手で小瓶の蓋を解くと小瓶の口を俺のきつく引き締めた唇に押し当てた。
「儂がいると言えばお主はアメの代わりにコレを舐めることになるのじゃが……どうするかや? 」
冗談じゃない。
間違ってもそんな気色の悪いものを口の中に放り込まれたくなかった俺は、無言で首を左右に激しく振った。
そんな俺の反応にタマモはますます笑みを深めて、俺の耳元へと顔を近づけてきた。
「元気になれば儂が相手をするぞ? どうじゃ、儂は経験豊富じゃぞ? 」
「………っ、……っ! 」
耳元で囁かれた艶やかなタマモの甘い声から逃れるように俺は身動ぎして漏れそうになった声を必死に噛み殺して耐えた。睾丸の入った小瓶は変わらず俺の口に突き付けられたままだ。
口なんて絶対あけてたまるか
「ふー」
「うひゃっ!? 」
しかし、俺の意思に反して耳元に息を吹きかけられた瞬間、俺はいつになく高い声を上げてしまった。
口を、あけてしまった。
「ほいっとな」
「――むぐぅ!? 」