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26「紅熊のコート」


 予定通りに依頼の数だけ薬草と双角兎を集めることができたので、数体の双角兎でずっしりと重くなった麻袋を肩に担いでタマモと約束した待ち合わせ場所に移動した。


 一ヵ月冒険者を続けてきたこともあり、20キロ近い重さの麻袋を背負って数キロを踏破できるくらいにはなった。体力は村でおっさんの狩り手伝いをしていた時よりもついたと思う。まぁ、ちょくちょく小休憩はいれるのだけど。


 感覚的な話だが、地球で生活していた時よりも異世界で生活している時の方が筋力とか体力の増加が著しい気がする。まぁ、魔法があっても市民くらいなら基本的な交通手段が徒歩で、作業のほとんどは人力が基本の世界だ。地球で暮らしている時よりも日常生活で要求される活動量は多いから、そのせいなのだろう。やっぱり、使ってなければ不要な分は衰えてしまうのだろう。


 今日は、タマモの方が早く終わっていたようで、大岩に根を絡ませて生える木の上で寝そべっていた。タマモが寝そべっている別の枝には、ウォンラットが3体紐に縛られて吊るされ、血抜きを行っていた。


「随分と疲れてる様子だな。大丈夫か? 」


「うぅー、はぐれのラスパラを折角見つけたのに逃げ切られてしまっただけじゃ。放っておいてくれぇ」


 なるほど。あの絶品のラスパラを捕り逃したショックでこうなっているわけか。


 タマモは飴玉ジャンキーだが、食い意地も張っている。依頼で得た報酬は、俺とタマモと基本的な食費や宿泊費のための共有資金で三等分しているが、タマモのお金は専ら飲食物に消えている。屋台で売っているものを食べ歩くこともあるが、商店で売っている高級品が主だ。


 前に魔術師ギルドから帰ってきたら、キロ銀貨2枚する魔獣ジャーキーとひと瓶銀貨3枚する果実の砂糖漬けを肴に銀貨10枚以上するワインを何本も空ける晩酌をしていることがあった。その時は、上機嫌で絡んでくるタマモに付き合わされて、有難くもご相伴に預かったが、後から宿の亭主のエドラノールにその話をした時に金額を知り、驚嘆した。


 一晩の晩酌で大銀貨1枚(約60万円)以上の出費とか、本当に頭おかしい。しかも、割り勘を申し出たら断られて、体での支払いを求められたりした(断ったが)。あいつは一体ポケットマネーをいくら溜め込んでるんだろうか。



 それはさておき、それくらいタマモは食い意地が張っているので、絶品のラスパラを捕り逃して傷心中のようだ。こんな風に不貞腐れているタマモは初めてみる。珍しい。


「ひとまず、ウォンラットの処理をするから、しばらくそのまま休憩してていいぞ」


 俺はタマモにそう伝えると、腰から解体ナイフを抜いて、木に吊るしたままウォンラットの内臓処理を始めた。

 



 タマモが内臓が傷つかないよう綺麗に仕留めてくれていたおかげで、内臓の処理はすぐに終わった。ウォンラットは、ほとんど毎日解体しているので、腹を捌いて内臓を抜く作業は手慣れたものだった。ウォンラットの内臓には価値がないので、穴を掘って埋めてしまうのだが、この時に便利な魔法を最近習得した。


「――魔力を大地に 我が意に従い 流動せよ」


流土(フロイングソイル)


 体内で練り上げた魔力を足元の地面に浸透させ、掌握する。そして、地面の一部を陥没させて直径、30センチ、深さ1メートルくらいの穴を掘った。


 押し退けた土は圧縮されずに穴の縁に隆起するので、埋める時はこの土を崩して埋めればいい。魔法を使って、もう一度地面に干渉して土を動かしてもいいのだが、操作を失敗すると沈降した地面が隆起して、穴に落とした内臓をぶちまけることがあるので、止めておく。



 【流土】は、土魔法の初級呪文の割に地面を隆起させたり、沈降させたり、波立たせたり、移動させたりと自由度が非常に高いのだが、地面に魔力を浸透して、掌握するのが一苦労だ。流す魔力量を増やさなければ、一定の範囲以上は浸透しなくなるし、動かす時にさらに魔力を消費する。当然、動かす土が多ければ魔力の消費も跳ね上がる。さらに、干渉する土の量が多くなればそれだけ操作も難しくなる。イメージとしては、磁力で砂鉄を動かす感じだ。穴を掘るくらいなら簡単なのだが、細かい動作は難しい。


 ちなみに、土魔法の初級呪文のひとつである【流土】は、あくまで土に干渉して操作する土魔法の基礎たる呪文なので、これを基に発展させた地面を隆起させて壁にする【土壁】や地面から土の腕を伸ばして攻撃する【大地の腕】みたいな呪文が存在する。ただし、既に存在するものに広範囲に干渉して操作する呪文なので、どちらの呪文も中級呪文や上級呪文に分類されている。また、他の属性魔法のようにマナから砂や石を生み出す呪文もちゃんとあるが、習得には苦戦している。


 閑話休題。


 魔法で地面に空けた穴を見ていると、目に見えて魔法を使っていると実感できて気分がいい。地面を動かす当たりが、他の属性魔法よりも達成感があって悦に入る。その穴に、ビニール袋につめた内臓を放り込んで、ビニール袋を魔力に戻す。そして、穴の縁に隆起した土をスコップで崩して埋めてしまう。これくらい深ければ、掘り返されることはないだろう。

 穴を掘るのは結構重労働な上に時間がかかるので、この魔法を実用できるようにまで使えるようになってよかったと思う。


 視線を感じて背後を振り向くと、タマモが傍にまで寄ってきていた。


「祖人にしては多い魔力じゃの。精霊人(ニュンペスロープ)の血でも混ざっているのではないか? 」


「さてな」


 タマモの疑問に俺は肩を竦めて答える。


 この世界出身ではない俺の血筋なんて考えるだけ時間の無駄だ。こうやって魔力を垂れ流すためにバカ食いする【流土】で穴を掘れるくらいには魔力が多い方なのだろう。まぁ、魔力なんて摩訶不思議な力が一般的でなかった地球出身の俺の身に魔力が宿っているのは、疑問と言えば疑問だ。認識できてなかっただけで元から存在していたのだろうか? それとも、この世界に迷い込んだのが関係してるのか?


 まぁ、今考えることではないか。


「それよりもう調子はいいのか? 大丈夫なら、そろそろ町に戻ろうと思うんだが」


「うむ、そうじゃな。飴を食べれば気力が戻りそうじゃ」


 そんなことを飄々と嘯くタマモを俺は半眼で睨むが、ため息をついて鞄から飴玉を出してやる。


「じゃあ、そっちのウォンラットを頼むぞ」


「それくらいならまぁ、よかろう」


 飴玉を口内で転がして、機嫌がよくなったタマモは、鷹揚に首肯してウォンラットを詰めた麻袋を肩に担ぐ。


 この後にコートの受け取りを控えている俺は、自分も今日の成果が入った麻袋を背負って帰路についた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 ギルドで依頼や素材の換金作業を手早く済ませると、その足でコートの仕立てをお願いしていたアルタイ防具店へと向かった。一人で行くつもりだったが、タマモも興味があるようでついてきていた。


「そう急がずとも、メシを済ませてからでもよかろう」


「先に食べに行ってていいぞ。俺のコートを受け取りにいくだけだし」


「そう邪険にせずともよかろう。オスカーがお主に贈ったコートの出来は妾も気になる」


「……まぁ、いいが。大人しくしてろよ」


 そんなやり取りをしていると、アルタイ防具店についた。注文した日以来だったが、迷わずに行けた。俺もこの都市に慣れてきたのかもな。


 一枚板に【アルタイ防具店】と異世界の言葉で焼き印されてある看板を確認した後、開店中の看板が掛けられたドアノブを回して中へと入った。


――カラカラカラ



 呼び鈴代わりの木の実の殻が乾いた音を鳴らす。


「いらっしゃいませ~」


 魔導具であるカンテラの光で明るい店内へと入ると、子供の声がした。おや?と思って声がした方を見ると、鞣した革らしいものを抱えた茶色い子熊が立っていた。腰くらいの背丈で、マーグ族の特徴である茶色く丸い獣耳が生えている。


 

「お父さーん、お客さんがきたよー! 」


 子供が店の奥に向って叫ぶと、今いくという低い声が返ってきた。どうやら、ここの店主の子供みたいだ。可愛い顔立ちをしているが、性別はよく分からない。まだ5、6歳ってところか?


 こんな年から店の手伝いなんてえらいな。

 いや、でもおっさんの村でも5歳くらいになったら家の手伝いをするっていうし、この世界では当たり前なのか?


 革を抱えたまま店の奥へとかけていく子供を見ながらそんなことを考えていると、子供と入れ替わるように店主が出てきた。相変わらず、でかいな。将来、あの子もこれくらい大きくなるのだろうか。


「何の用だ」


「一月前に注文した紅熊(グレズリー)のコートを受け取りに来たケンだ」


 顔を覚えられていないようだったので用件を告げると、少しの間があってから思い出したように声をあげた。


「ああ……やっと来たか」


「やっと? 今日が受取り日だったと思うが」


「まぁ、そうだが。あれから一度も顔を出さないもんだから死んだものかと思っていた」


「それは悪かった。それで、コートはちゃんとできてるのか? 」


「もうできてる。後は、実際に着てもらって調整するくらいだ。今から取ってくる」


 そう残して、店主はまた、店の奥へと戻っていった。タマモと2人きりになると、タマモから苦言が飛んできた。


「ケン。普通なら一月もかかる武器や防具は進捗を確認しに行くものじゃぞ」


「そんな必要があるのか? 」


「ある。その時その時で具合を確認して、修正したりするものじゃ。後からこれが違うって言っても遅いからの。より良いものにしようと思うなら何度か顔を出すべきじゃったな。今回はコートだから、何度も顔を出す必要はなかったかもしれんが、途中でお主のサイズを計っておけば、出来た後から調整する必要はなかったかもしれんの。何より顔を出さんかったら、後回しにされることもある。己のがきちんと作られておるかは、目を光らせた方がよいじゃろう」


 なるほど。

 注文する時にコートの細かい仕様は触れずに、店主に全部投げていた。通信手段なんて現代ほど発達してないのだから、どちらかが直接顔を合わせなければ、用件があっても連絡が取れない。注文の時のやりとりからして仕様書みたいな定型的なものもないのだろう。そうなると、顔を出してその都度、確認をする必要があったのだろう。


 紅熊の毛皮は高価で、何よりおっさんの贈り物だ。知らないことだったとはいえ、ぞんざいな対応をしてしまったことを反省する。


「次からは気を付ける」


 そう答えると、タマモはそれ以上何も言わなかった。



 お互い喋らずに待っていると、店主が紅熊のコートを持ってやってきた。


「これが注文の品だ。確かめてくれ」


 そういって、店主が渡してきたのでその場で試着してみる。裾の長さは太もものあたりまであり、紅熊の頭のフードがついていた。裏地には厚手の生地が当てられているが、触ってみた感じ水を弾くような感じがした。どうやら袖はなく、首元の留め具で止めるタイプのようだ。


「裏地には、マダラアラクネの布を当てている。雨の時は裏返して使えば、濡れなくて済む。何か気になることはあるか? 」


「今更、聞くことではないんだが、魔獣の討伐の時に身に着けていても大丈夫なのか? 」


「紅熊の毛皮でできてる。生半可な爪や矢では貫けん。火にも強い。例え焚火の上に敷いても燃えることはない。斬り合いの際は脱いだ方がいいだろうが、不意打ちを防ぐことはできるだろう」


 もとからそのつもりだったが、冒険者として外に出る際にも問題なく着ていけると、店主からお墨付きがもらえたので安心する。


「坊主、お前さん今の色はいくつだ? 」


「? 黒1だ。さっき依頼の報告に行ったら、もう少しで黄にランクアップできると言われた」


「紅熊の討伐推奨ランクは、赤だ。舐められないように気を付けるんだな」


 その言葉で、タマモが噴き出した。


「……そりゃ、どうも」


 くっくっくっと喉を鳴らして笑うタマモに肩を叩かれながら、俺はぶっきらぼうに答えたのだった。



大変遅くなりました。

今日から社会人ですので、またリアルが多忙になるかと思われますが、なんとか時間を見つけて更新していきたいと思っています。気長によろしくお願いします。

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