24 「専門書は早かった」
【ここまでのあらすじ】
魔法陣を勉強するために魔術師ギルドに登録することにしたケン(主人公)は、魔術師ギルドの試験を無事にパスして、黄3ランクになった。試験官を務めた精霊人の褐色少女のコレット=コーコネア先輩の案内で魔法の図書館に入った。そして、先輩のおすすめの本を手渡されたのだった。
図書館の本は貸出ができないので、周りの利用者を見習い、読書スペースっぽい4人席のテーブルが並んだ場所の空いたテーブルに座り、早速読むことにした。わからない用語や重要な部分はメモをしておこうと思い、メモ帳を横に用意しておく。コレット先輩も別の本を胸元に抱えて、俺の向かい側に座った。
『ディナヴィア理論』は、今の魔法陣の主軸になっている理論が書かれている専門書だけあって、非常に難解だった。
とにかく専門用語や魔法に関わる法則が出てくる。簡単な解説はあるが、その解説にすらわからない専門用語や別の法則が時々含まれてたりするので、わけが分からなくなりそうになる。
俺が今まで読んでいたのが入門から初級編で、中級を少し齧る程度だとしたら、これは上級編だ。ガチの専門書って奴だ。特に専攻していない分野の最近の研究論文に手を出した時と同じ気分だった。
幸いなのは、これが300年前の理論で今の魔法陣の主軸になってる基礎理論なことだろうか。
概要は、すでに読んだ本に出ていて論じたいことはおおよそ伝わってくる。
あとは、逆算するように出てくる専門用語と法則を噛み砕いていけばいい。わからないものはメモを取りつつ、内容に目を通していく。
というか、この理論。魔法陣の構築とかの話だけでなく魔法の方にも踏み込んでるっぽい。
例えるなら、建築や機械の設計の基本を語る上で数学や物理学の話にも踏み込んで説明している感じだ。
各魔法に対応する文字や陣について述べているだけでなく、魔法の規模や持続時間の決定や発動遅延など多岐に渡る手法を法則から語る中で、本来の魔法がどうやって指向され、一つの事象に決定されているかまでを話している。
魔法とは、魔力で起こす事象を指すことで、その行使の手法を魔術と総称し、その手法の中に呪文を唱える魔法詠唱や文字や陣を使う魔法陣がある。
だから、魔法を引き起こす魔法陣を構築するにあたって、魔法を知ることは大事なのだが、そこが一番難解で、何を言っているのかさっぱりわからなかった。まだ魔法の属性や規模などに対応した文字や陣の法則の話の方が理解できた。この辺りは要勉強だ。
「ふぅ……」
ちょっと疲れたな。頭が煮詰まってきたのか目頭が熱っぽい。俺は鞄から飴玉を1つ取り出して、口に放る。
正面のコレット先輩を見ると、何やら熱心に図形を書いていた。なんか棒状の固形物を咥えてもぐもぐさせている。携帯食料なのか?
俺の視線に気づいたのか。コレット先輩が顔をあげた。そして、俺と目が合うと、自分の今の姿に気づいたのか、もぐもぐのスピードがあがった。
「……なに? 」
食べ終えたコレット先輩は、食べてる姿が見られて気恥ずかしいのか目を泳がせた後、思い出したかのように平静を装った顔を作った。いまさら遅い。
「ちょっと分からないところがあるのですが、コレット先輩教えてもらえますか? 」
何でもない。と答えようと思ったが、いい機会なのでよく分からなかったところを聞いてみた。
コレット先輩、というと、先輩の長い耳がピクピクと動いた。
「ん、どこ? 」
「この辺りなんですが……」
「ん、ここは――」
わからない部分を聞くと、コレット先輩はすらすらと答えてくれた。やや早口ながらも俺の理解度に合わせて噛み砕いて説明してくれるので非常にわかりやすかった。
それに、俺が分からない用語を聞いただけで俺の知識レベルを把握したようで、追加で数冊の本を勧められた。その中には魔法の仕組みについて書かれた本も入っていた。『ディナヴィア理論』の倍くらいの厚みがある鈍器だった。
代わりに俺は、コレット先輩に面倒を見てくれた俺として、ガラス瓶に詰めた飴玉を渡した。先輩は、色とりどりの飴玉に興味津々で、一つ口に入れると目を大きさせて驚いていた。
「甘い……それに刺激を感じる。これはなに? 」
「アメです。主に砂糖を溶かして固めたもので、こうして頭を使って疲れた時に食べるといいんです」
「砂糖……ありがとう」
先輩は、口の中の飴を味わうかのように目を細めた後、飴の入ったガラス瓶をポシェットの中に仕舞った。
それから3時間くらい経ち、そろそろ日が沈む時間帯になったので図書館を後にした。
図書館自体は、なんと24時間ずっと開館しているそうだ。なので、四六時中利用者がいるし、数日図書館に籠りっきりの利用者とかもいるらしい。たまに寝食を蔑ろにし過ぎてぶっ倒れる人がいるとかなんとか……
興味本位にコレット先輩に連泊の経験があるのかと尋ねたら、そっと目を逸らされた。何やら図書館は昼夜がわからないとか、魔法陣を書き写すのに時間がかかったとか早口でごにょごにょと弁明してたが、何回もやってるようだった。
とはいえ、今回の目的は魔術師ギルドに登録して図書館の利用権を得ることだった。夕方には帰るとタマモには言っているので、帰らないとまたタマモが騒ぎ出すことになる。おちょくられるのも疲れるので、寄り道はせずに帰ることにした。
コレット先輩とは魔術師ギルドで別れて、俺は帰路についた。
「すん、すんすん。お主、女の匂いがするぞ。魔術師ギルドで出会いでもあったかや? 」
訂正。どの道、タマモの弄りは回避できなかった。
宿へと帰り、食堂で食事を待っていると正面に座ったタマモが鼻先をひくひくとさせて聞いてくる。その目は、悪戯小僧のように輝いていた。
「どんな出会いじゃ。受付嬢か? 生娘かや? ほれほれ、妾に言うてみよ」
娼婦帰りを疑われた時とは違って疑ってはいないようだが、女に手を出す度胸もない男と見られているようでそれはそれで癪に障った。
「そんなんじゃない。先輩だよ先輩。試験官してくれた先輩に図書館を案内してもらったりしたんだよ」
「ほっほぅ。先輩、年上の女子に手取り足取り教えてもらったのかや? 」
そう言って、一層鼻の下を伸ばして笑みを浮かべたタマモは、俺の体を上から下へと舐めるように見ていく。非常に不愉快だった。世のオヤジにセクハラされる女性はこんな気分なのだろうか。
「うざい」
「ふぬっ!? 」
にやにやするタマモの鼻先を指で弾き、鼻先を押さえて涙目になるタマモを放っておいて届いた食事を俺は黙って始めるのだった。
お久しぶりです。リハビリ更新なので短めです。
魔術師ギルドに無事に入れましたし、魔法陣に詳しいちんまい先輩とも知り合えたので、どんどん話を進めていきたいと思います。亀更新になるでしょうが、気長にお付き合いください。感想で発破をかけるのは構いませんので、気楽に感想ください。感想もらえると嬉しくて書くのが捗ります。




