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21 「魔法陣の問題点」


 食堂で酔っ払いたちに痴話喧嘩だと野次を飛ばされ、注目されていたので落ち着いて話せれるわけもなく、食事を終えた俺たちは早々に自室へと戻った。


「まったく、主のせいで恥をかいたわ」


 部屋に入ったタマモが悪態をついた。親しくもない酔っ払いたちから下世話な野次を飛ばされて、いたく気分を害しているようだった。


「何故儂がケンなんぞに手籠めにされねばならぬのじゃ。ありえん」


 同室だからと言ってそういう勘繰りをされるのは、流石のタマモも気分のいいものではないのだろう。



 ってか俺、あの酔っ払いたちから勝手に強姦魔扱いされてるのか。


「するのであれば、逆であろう」


 今度、機会を見つけたら女将さんにお盆でもう一発引っ叩いてもらおう……え、俺がタマモに逆手籠めにされるのか? そんなことされたら全力で逃げるぞ。


 タマモの瞳がキツネの目のようになっているのに気づき、一歩後退る。狩り以外で見たのは、久しぶりだった。


獲物を狙う捕食者のような目を向けられるのは、苦手だった。


「のぅ。お主もそう思わんか? 」


 獣欲で昂った捕食者が獲物の俺を見据えてくる。

 さっきから俺の本能が警鐘を鳴らしている。喰われる、逃げろ。と



 とっさに俺は、腰のポーチから小瓶を出した。出した衝撃で、カランと中身が軽やかな音を奏でた。


 タマモの視線がその小瓶に向けられ、その中身にタマモが感づいた辺りで縮んでいたタマモの瞳孔が広がる。甘味でタマモの昂りが引っ込んだのを察して俺は、安堵の息を吐きながら小瓶の栓を抜いてタマモに1つ飴玉を投げてやった。


「なんじゃ、1つだけかや」


 その小瓶ごと寄こせとタマモが言外に伝えてくるが、渡す気はなかった。俺だって飴は好きなんだ。




「それで、俺の話は聞くか? 」


 飴玉をおいしそうに口の中で転がすタマモが正気に戻ってることを確認して俺は問いかける。


「うむ、聞こうではないか」


 自分のベッドに横になったタマモは楽な姿勢をとって、続きを促せ、と顎でしゃくった。


 なかなかの女王様っぷりである。

 タマモの機嫌がいい時のおふざけのようなものなので、俺はその聞く態度には触れず、話を進めることにした。



 魔力触媒については、おおよそ知っているようだったので今回の発見に大きく関わる魔法陣の話とそれを書き写した時のアクシデントと、そこから見えた複製魔法の真価の一端を語った。



「それは実に興味深い話じゃな。ケンよ、複製したぼーるぺんとやらを妾に見せてみよ」


 見たいというので、ボールペンを複製してタマモのもとに放ってやる。



 ぱしっとしっかりと受け取ったタマモは、それを舐めますように手元で弄り回し、突然噛みついたりして何かを確かめる。


「ケンよ。このぼーるぺんとやらは、オリジナルと呼んでる元があるのじゃろ。それも見せてくれぬか? 」


 何かタマモが感づくことがあったのかもと思い、鞄の筆箱からインクの切れたオリジナルのボールペンを出して、タマモに投げ渡した。


 それを受け取ったタマモは、じっくりと観察して、「面白い」と一言だけ呟いた。


「この2つは、見た目も使われている素材も同じ筈なのに主が複製したボールペンは、魔力触媒になる物質を多分に含んでおる。対してオリジナルは、全く感じられぬ」


「何でなんだ? 」


「知らん。しかし、学者に渡せば嬉々として調べてくれそうじゃ。それを生み出すケンもきっと厚待遇で迎えてくれるぞ。なんせ複製したものは、魔力触媒の素材として一級品じゃからな」


 それは、厚待遇と書いて監禁と呼びそうな話だな。


 金になる木には、害虫がいっぱい寄ってくるなんて聞く話だし、これで金儲けは考えない方がいいかもしれない。


「まぁ、人が使えるようにするには加工する必要がある。これそのものを魔法の杖のように使えるというわけではいかまい。しかし、話した通りならこの中のインクで魔法陣を書けば、その魔法陣は効力を持つじゃろうな」


 よう気づいたの。とタマモは、俺に流し目を送った。


「じゃが、腕を吹き飛ばされたりしなくてよかったの。もし、下級攻撃呪文の魔法陣を起動させていたら危なかったぞ」


 指摘されて、その危険性に気づいた。


 あの時は、興奮でそんな危険性にまで思考が追い付いていなかったが、もっと攻撃的な魔法が至近距離で発動されれば、目くらましなんて生易しい結果じゃ終わらなかったかもしれない。


 資料室で正確に書き写した魔法陣があるから寝る前に下級攻撃呪文を1つくらい複製したボールペンで書いてみようと思っていたが、それは止めた方がいいかもしれない。


 危険性に気づいた俺が尻込みを感じ取ったのか、タマモが口を開いた。


「取り合えず、効力のある魔法陣を1つ書いて妾に見せてみせよ。初級呪文の魔法陣なら大事にはなるまいよ」


 タマモにそう言われて、俺は光の初級呪文の魔法陣を新しく書くことになった。


 メモ帳に書き写した魔法陣を参考に複製したメモ帳に複製したボールペンで正確に魔法陣を書き写して、完成した魔法陣に触れないように気を付けながらタマモに渡した。


「ほぉ、今日はじめて魔法陣を知ったのによく書けておるではないか、意外な才能じゃな」


 魔法陣を見たタマモが感心したような声を上げる。言語理解のお陰だが、悪い気分ではない。昔からこういった細かい作業は得意なのだ。


 タマモのほっそりとした指がメモ帳の上の魔法陣を撫でると、魔法陣が妖しく輝き、蝋燭の光に照らされていただけの薄暗い部屋に光球が生み出され、部屋全体を明るく照らし出した。


「ぬわっ!? 」


 不意に自分の目の前に光球が現れたことで目くらましを受けたタマモが間抜けな声をあげてベッドの上でもだえていた。


 さっきまでベッドの上で女王様を気取ってたので、そのギャップで俺はやられた。笑っては機嫌を損ねると思って口を押えて堪えたが、肩が震えた。


 光球はすぐに消えて、部屋は再び薄暗くなった。だから、多分俺の姿はタマモの目には映ってない、はずだ。


「ケン……お主、こうなると知っておったな? 」


 あ、バレた。


 笑ってるのに気づかれたようで、タマモの声がわずかに低くなっていた。俺が意図的に魔法の発動地点を伝えてなかったこともバレたかもしれない。


「注意しとくのを忘れてたな。すまん」


 無言でこっちを睨んでくるので、飴玉を1つ投げ渡して誤魔化した。それで誤魔化されたようで、口に飴を放り込みながら「まったく」と悪態をついてた。


「しかし、この魔法陣はじゃじゃ馬じゃな」


 ベッドから起きて座り直したタマモが眉間に皺を寄せながら、白紙となった紙を叩いた。


「じゃじゃ馬? 」


 どうしてそういう結論に至ったか分からず俺は、聞き返した。


「性能が良すぎるのじゃよ」

 

 それのどこが悪いのかよく分からず、俺は首を傾げる。


「初級呪文じゃから要求魔力が元々少ないとはいえ、先程の魔法陣は、術者の体から漏れ出てる魔力でも発動してしまうレベルで魔力を魔法に変換する性能が高かった。その上、魔法の発動もほとんど一瞬。とんだじゃじゃ馬じゃよ」


 続けて語ったタマモの説明によると、魔法陣、そのものに問題があるというよりは、魔法陣を書くのに使ったインクの魔力触媒としての性能が高すぎることが問題らしい。


 普通の魔法陣であれば、初級呪文でも魔力の変換効率が悪くて、自力で魔法を発動させるよりも多い魔力を注がなければ発動しないし、その発動ももう少し時間がかかるのだそうだ。


 自分で魔法を発動させるよりも魔力を消費しない魔法陣なんぞ聞いたことがないとタマモには言われた。


 このインクで上級魔法の魔法陣を書ければ、普通よりも少ない魔力で各段に早く発動できるが、下級魔法程度までだと慣れるまで暴発や誤作動が頻発すると言われた。




 偶然とはいえ、資料室で下級攻撃呪文を書き写す時に複製したボールペンで全部書いたりなしなくてよかったと思った。


「使うのも作るのもお主の勝手じゃが、下級攻撃呪文の魔法陣を作成するというなら、周囲に危険が及ばない外で行うのじゃな」


 それで主の腕が吹き飛ぼうが、儂は面倒は見ぬからな。


 と最後にメモ帳をこちらに投げ返しながら言われた。



 対策が立つまで、効力のある下級攻撃呪文の魔法陣を作成するのは控えようと決めた。



 だけど、初級呪文ならいいよな?





 

タマモは、大抵のことは飴玉で誤魔化せる。とは、主人公の持論。


今日中にあと、6000文字分の話を上げます。

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