2 「村に到着」
深夜におっさんに叩き起こされた。火の番らしいです。
マジですか……
そう言えば寝る前にそんなことを言ってた気がする。まぁ、さっきまで俺の代わりに起きててくれたので文句は言わずにし交替した。おっさんは焚火のそばでコートに包まるようにして横になった。
火の番は、魔物の警戒と焚火を消さないように保つことが役目だ。燃料になる枯れ木の予備はそばに積んであるので俺はそれを適当に放り込んでいくだけでいい。
魔物ってなんだよって話なんだが、俺が今まで遭遇したモンスターを指しているらしい。この辺のモンスターは焚火をしていれば滅多なことがなければ近づいてこないそうなので特に気にする必要はないみたいだ。
そう言えば一週間以上野宿していて、火を使ったのは今回が初めてだな。夜中に焚火を囲って座っている姿って正に俺のイメージする野宿だな。
気付いたら空が白けてきていた。時計を確認すると5時をちょっと過ぎていた。俺が交代したのは1時だったので四時間の火の番だった。積んでいた予備の枯れ木ももうほとんど残ってなかった。
火の番の間、俺はこれからのことを改めて考えていた。そして、最終目標はもちろん日本に帰る目途を見つけることだが、当面の目標として、しばらく腰を落ち着ける場所を探すことを最優先するという結論に至った。
この世界のことを知る前にぐっすり眠れる寝床が欲しいです。切実に
太陽が顔を覗かせ始めるとおっさんが目を覚ました。ガシガシと頭を乱暴にかきながら俺に目を向けるとお疲れと一言、俺を労ってくれた。そして雑用を頼まれた………
眠気を噛み殺しながら枯れ木をまた集めてきて焚火にくべた。
その間おっさんは小さめの鍋に湧水と一緒に野草やパンを放りこんで焚火で似ていた。
パンをドロドロに溶けるまで煮るとそこに焚火で焼いた鹿の肉を放りこんで、スープみたいなのを作っていた。味がちょっと気になるが、あまりおいしそうに見えない。
俺はおっさんが食事を始めるのに合わせてカップラーメンの器に入れて作った卵スープを啜った。それと一緒に惣菜のホウレン草のお浸しも摘まむ。
どちらも複製魔法で創ったものだが味も食感も本物と同じだし腹も膨れてちゃんと消化吸収も行われてる。不思議なことこの上ないが、お陰で食料を気にしなくていいのでラッキーだと思っている。
複製魔法で創ったものは再び消せるが、部分的な消去も可能だった。まともな器というのがない今、カップラーメンの器と言うのは実に都合がよかった。カップラーメンの器のみ複製することはできなかったが、カップラーメンを複製した後に中身のみを部分消去する一手間を加えるだけで器を用意することが出来た。
食べ終わった後は片づけだが、まとめて消去で一瞬で終わった。
おっさんは湧水で鍋を軽く洗っている間に俺は焚火の後始末と荷物の確認と用意を済ませた。
「いくぞ」
そう言って歩き始めたおっさんの後を俺は追った。
つらい、苦しい、痛い。
今日だけで何度目かわからない気持ちが心の中で荒れ狂う。
昨日の疲れが抜けきれず一段ときつく感じる。もう足の裏が一歩踏みしめる度に鈍痛が走り、太ももが強張り、ぎこちない動きになってしまう。
おっさんもちょくちょく小休憩をとって気遣ってくれているが足の裏の痛みは良くなるどころか悪化していく一方だ。これも日頃の運動不足が原因か。自然と荒くなる息遣いと滴り落ちる汗を鬱陶しく感じながら袖で拭う。
下りの斜面というのがここまできつく感じるとは思わなかった。
夕方、疲労困憊でヒィヒィ言いながらおっさんより遥かに遅い足取りでおっさんの後を追っていると、山の麓に村が見えた。
あそこがおっさんの住む村みたいだ。
俺の胸中にやっと見えたという喜びとまだ遠いという絶望がない交ぜになって湧き上がった。
その時俺は視界が霞むのを感じ、突然体がフワッと軽くなって空に浮かび上がるような感覚を最後に意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次に目を覚ました時は見知らぬベッドの上だった。
ベッドと言っても藁の上にシーツを敷いたようなベッドもどきだ。首筋にシーツから顔を覗かせた藁の先がチクチクと当たって痒かった。
「……どこだここは? 」
「俺の家だ」
驚いて声のした方を見れば、最後に見た時と服装が違うおっさんがいた。
「目が覚めたか。お前の荷物は全てそこに置いてある。俺は中身は見てないし触ってない。失せ物があっても俺は関与してないし、この村の者も関与してない。信用できないなら村から勝手に出ていってもらって構わん。必要というなら多少の食糧も分けてやる」
おっさんが今までの口数の少なさが嘘のように饒舌に一息で長文を言い切ると俺が何か言うより先に部屋から出て行ってしまった。
おっさんが出ていった後、部屋の隅に無造作に積み上げられた鞄の中身を全て改めてみた。
脳内に一覧として表示される複製できるもの、つまりこっちに来た際に持っていたものと鞄の中身を確認すると一キロ分の砂糖がなくなっているのが分かった。
あれ? おっさん嘘ついたのかよ、と思ったがやけに念を押したことを考えると俺がどっかで落としたのかもしれない。まぁ、失くして困るようなものでもないし、砂糖一キロ入りの袋は複製は問題なく出来たしいいか。
部屋のドアはテーブルがある部屋と繋がっていた。そこにスープにパンを浸して食べてるおっさんがいた。
「……全部あったか? 」
「いや、砂糖がなくなってた」
「俺ではないからな」
隠すことでもないので素直に答えるとおっさんは言葉を被せるように言ってきた。
やはり、おっさんじゃなさそうだ。
根拠はないし勘としか言いようがないがおっさんが言うように砂糖がなくなったこととおっさんは本当に関与してないんだろう。なんとなく俺はそう思えた。
「わかってる。多分山の時にでも落としたんだろ」
「………そうか」
どこかほっとしたような様子でおっさんは食事を再開した。
うーむ、関与はしてないけど何か事情を知ってそうだ。
いや、砂糖がなくなったこと自体は本当に割とどうでもいいのだけれど、その砂糖がなくなった真相が気になる。主に俺の好奇心から
まぁ、今は聞けそうもないし、また後でいいか。今は飯だ。飯!
「おや、目を覚ましたのかい。まだ寝てなくていいのかい? 」
食事は相変わらずカップラーメンだったが、おっさんが言うには俺は急に倒れたかと思ったら丸一日爆睡していたみたいで思っていたよりもお腹が空いてたようだ。二個をペロリと食べれた。
その口直しに飴玉を舐めていると恰幅のいいおばさんがズカズカと部屋に入ってきた。
誰? という意味を込めて対面のおっさんに視線を向けるとおっさんは素っ気なく答えた。
「マチルダだ」
名前だけかよ。それじゃわかんねぇよと俺がおっさんに言うよりも早くおばさんが俺に話しかけてきた。
「あんた、ルナソフィル草原から来たんだって? あんな危険な場所からよく来たねぇ。よく無事だったよ。ああ、そう言えば魔法使いさんなんだっけ? だからそんなひょろっとしているんだねぇ。見慣れない服装だけどどこ出身なんだい? ここにはいついるつもりなんだい? おこは何のいいところもない村だよ。宿もないし、ギルドもないからね。冒険者で、もしギルドに用があるなら隣村にいけばあるよ。まぁ隣と言っても場所で三日かかるけどね。ああ、それと――――」
矢継ぎ早におばさんは俺に話しかけてくる。質問してきてるくせにこっちが質問に答えることを考慮してないのか、質問に答える間もなく次の話に突入している。
なんだこのおばさん、思わずそう思う。おっさんの方を見ると「こういう奴なんだ」とため息混じりに呟かれた。
そうか。そうですか。
それから俺は、おばさんが満足するまで延々と話を聞かされる羽目になった。