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16 「駆け出し冒険者」


「おい、いつまで寝てるんじゃ。今日も依頼を受けるのじゃろ」


「んあ? 」


 冒険者を始めて6日目の朝は、タマモに起こされて目が覚めた。


 依頼を受けて、門の外に出るようになってから4日目。

 連日の疲れが出て、その日は少し寝坊した。



「ふわぁ」


 おっさんとの狩りは、3日に一度だったので連日となると勝手が違う。しかし、山を駆け回るのと比べれば、今の方が運動量は少ないからしばらくしたら慣れるだろ。稼ぎ的にも、3日に一度だと休み過ぎだしな。


 二度寝の誘惑に抗いベッドから出た俺は、冷たい井戸水で顔を洗って意識を覚醒させた。



 濡れた顔をタオルで拭って宿に戻ると、タマモが先に食べていた。今日の朝食は、厚切りのベーコンと目玉焼きのようだった。


「目が覚めたようじゃな」


「ああ、起こしてくれて助かった」


「今日はどうするつもりなんじゃ? 」


「今日も草原の採取依頼と討伐依頼を受ける」


「またか。そろそろ岩場まで足を伸ばしてもいいと思うのじゃが? 」


「それは、もう少し慣れてからにしたい」


 岩場では、岩に擬態した亀が出る他に毒を持つ蛇や獰猛な狼が出るらしい。危険度は草原よりも高く、距離も離れるので行き帰りの疲労も多くなる。狩場とするには、まだ早いと思っている。


 それにあと少しで草原の地図ができそうなのでそれまではいたい。それに外での依頼だけではなく街中での依頼を一度は受けときたい。


「ケンは、冒険者のくせに冒険せん男よのぅ」


 つまらないものを見るように俺を見て、タマモは頬杖をつく。

 冒険心と向こう見ずは違う。


「本当の冒険者なら出来る時に十分な準備をする」


 危険だと分かってるなら、その危険を潜り抜けれる準備をして行くのがプロだ。

 危険だと承知で、碌に準備もせずに危険に飛びこぶのは、自殺願望者か冒険と無謀を履き違えた馬鹿だ。


 後者の道理が通るなら世の中に、道具に金をかけるプロはずっと少ないはずだ。



「よく分かってるじゃないかあんた」


 女性の声とともに俺の目の前にドンと朝食の乗った皿が置かれた。見上げれば、女傑の女将さんが立っていた。


「なら、しっかり食べて体を作るんだね。もっと食べなきゃ、体が持たないよ」


 直後に俺の背中がバシンと力強く叩かれて、俺は背中に弾けた痛みに悶絶した。その様子に女将さんは、「情けないね。頑張りなよ! 」と言い残して去っていった。



「お主、女将に気に入られたようじゃのう」


 別に嬉しくない。


 よかったの、と笑いかけてくるタマモに俺は涙目で睨み返した。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 朝食を食べた後に装備を整えて、冒険者ギルドに向かった。

 いつものように冒険者ギルドで草原の採取依頼と討伐依頼を受け、門の外に出た。


 草原には、ほとんど人の姿はない。


 マッピングの終えていないエリアを目指しつつ、レドリフといった依頼の薬草を採取していく。群生しているエリアを地図にメモしているので、そこを回るだけですぐに集まった。

 ランク黒の依頼で出ているような薬草は、繁殖力が高いので2週間で新しく生えるような種が多い。根を残していれば、一週間で回復する種もある。なので、群生地を抑えとけば、安定した稼ぎになると思う。



 依頼品の薬草を集め終えたら、背嚢(バックパック)に入れていた弓に弦を張り、すぐに使えるように持ち直した。


 そして、周囲を警戒しながら歩を進める。



 タマモは、早々にウォンラットを探しにいって別行動をしているのでこの場にはいない。なので、初日のようにモンスターの襲撃に警戒して先を進む。幸い、草原は見晴らしがいいので動く生物は見つけやすい。


 いた。


 20メートルほど先の草むらで何かが動いている。じっと見ていると、特徴的な2本の角と茶色い体が見えた。初日に出会ったウサギ、双角兎(ブラウントッタ)だ。


 素早く周囲を確認する。近くに他のモンスターはいそうにない。


 よし、狙うか。


 少しでも周囲に溶け込むために身を屈め、ゆっくりと背嚢をその場に下ろし、弓に矢を番える。



「ふぅ」


 双角兎との距離は、目測で約20メートル。十分射程圏内だ。


 今日の風はそこまで強くなく、左から右へと静かに吹いている。風の影響は少ない。



 キリキリキリキリ……


 静かに弓を引き絞って狙いを双角兎に定める。食事中なのようで先程からその場から動いていない。


 だが、今じゃない。


 引き絞った腕がプルプルするのを感じつつ、じっと機会を伺う。


 双角兎が草むらから顔を出した。そして、辺りを警戒するように見回した後、少し移動した。そして、すぐ近くの草むらで立ち止まり、頭を下げた。



 今だ!


 びゅっ!


 弦が空気を裂いた音が響き、矢が放たれた。ほぼ真っすぐに飛んだ双角兎のいる草むらの中に消えた。そのすぐに双角兎が草むらから飛び出してきた。


 どうやら外したようだ。



 こちらに気づけば、あの好戦的なウサギなら襲ってくる。


 弓に次の矢を番えた俺は、立ち上がった。


 立ち上がった俺に双角兎が気づいた。先程の攻撃が俺によるものだと理解できたのか、それとも縄張りに侵入してきた俺に怒ったのか、双角兎は予想通りにこちらに向かってきた。



 

 弓を引き絞り、次の矢を放とうとした。その直後、空から乱入者が現れた。


 その乱入者は、俺に気を取られていた双角兎を頭上から襲った。


「ピギュ!? 」


 茶色いトンビのような鳥が覆い被さるように降りてきた直後に、双角兎の悲鳴がした。



 っておい! それは俺の獲物だ!


 横から獲物を掠め取りにきた不届き者に憤慨し、俺は矢を放つ。


 まっすぐに飛んでいった矢は、鳥に刺さった。首を絞めたような悲痛な鳴き声がして、鳥が大きくよろめいた。


 不届き者とは言え、自分から狩られにきた獲物だ。逃がす気はない。


 俺は、弓をその場に投げ出して、駆け出した。走りながら、剣鉈を腰から引き抜き、今にも飛び立とうとしていた鳥の首を切り裂いた。鮮血が散った。


 体に散った血に気を取られた瞬間、腹に衝撃が走った。


「おふっ」


 衝撃で肺から空気が押し出されて変な声が出た。腹を抑えながら何が飛んできたのかと視線を落とすと、ピンピンとした双角兎の姿があった。


 こいつ、まだ生きてて……ってか、逃げるよりも先に突進してくるってどんだけだよ


 好戦的すぎる双角兎に呆れる。


 また襲いかかってきそうだったので剣鉈を構える。

 鳥の方は地面の上で羽をばたつかせてもがいているようだけど、虫の息だ。放っておいても死ぬだろう。今は、目の前の双角兎に集中しよう。腹の方は大丈夫だ。ちょっと痛いが、その程度だ。



 こちらに飛びかかってきた双角兎を剣鉈で弾く。ビリビリと衝撃が走るがそこまで重くなかった。


 よく見ると、後ろ足の片足がひょこひょこと不自然な動かし方をしていた。どうやら、双角兎は先程の鳥の襲撃で後ろ足を片足負傷しているようだった。



 よくやるよ。ほんと



 再び飛びかかってきた双角兎にタイミングを合わせて剣鉈を振るって、地面に叩き落とす。地面に叩き落され、動きを止めたところを素早く足で抑え込み、もがく双角兎の首に剣鉈を突き刺した。


 双角兎が完全に息を止めたのを確認して、剣鉈を引き抜く。

 鳥の方を見ると、鳥も息絶えたようで地面の上で羽根を散らして動かなくなっていた。


「いてて」


 双角兎にどつかれた腹に鈍痛が走り、お腹を押さえる。骨は折れてないようだが、痣にはなりそうだった。

 

 大戦果と言っていい成果だが、課題もまた多い結果となった。


 取り合えず、タマモが来るまでウサギと鳥の処理を済ませておこう。



 えーと、鳥ってどうやって処理すれば、いいんだっけ? 

 確かおっさんのメモに書いてたはずだ。あ、背嚢と弓の回収しておかないとな。








 背嚢と弓、そして放った矢を回収した後、手頃な場所で革手袋をつけて獲った鳥と双角兎の処理を始めた。


 トンビみたいな鳥、茶色と白の斑模様だからこれからは斑鳶と呼ぶことにするが、それをおっさんが話していたメモを元に処理する。まず、足を持って振り回して血抜きを行った。ほとんど血は抜けていたようで、そんなにでることはなかった。同時に、双角兎の血抜きもやっておく。


 そして、その後、肛門周りの羽を毟って肛門に切れ込みを入れて、消化器官を全部引き摺り出した。


 肛門に手を突っ込む辺りで最悪な気分だが、これもおいしくするためである。内臓を全て引き抜いた後は、蓋を開けたペットボトルを中に突っ込み、水で綺麗になるまで中を洗浄する。


 このやり方だと、長持ちするらしい。


 斑鳶の処理を終えた後、双角兎の内臓を処理する。双角兎は、初日も含めて3頭目なので慣れたもので、処理はすぐに終わった。



 臭気を放つ内臓をビニール袋で縛って、スコップで廃棄用の穴を掘っていると、タマモがやってきた。



「おっ、グラチーノス(斑鳶)ではないか。よく狩れたのぅ」


「自分から狩られにきてくれたんだよ」


「なるほどのぅ」


 俺が隣の双角兎を視線を向けて言うと、視線の意味を理解したタマモが納得したように頷いた。


「そっちも無事に獲れたみたいだな」


 タマモが背に担ぐ膨らんだ大袋を見て言う。


「まぁの。番が2組いたので、楽に集まった」


 タマモがこんもりと膨らんだ大袋の口を広げると、中に5頭のウォンラットが入っていた。


「もう依頼分は集まったのか、早いな」


「じゃろう。主が処理をしている間にもう一度周囲を回ってみようと思うておる」


「そうか。なら、戻ってくるまでに作業を終えとく」


「うむ、任せたぞ」


 そう言い残して、タマモはもうひと狩りしに行った。



 俺はというとタマモを見送った後、大袋からウォンラットを出して早速その処理に取り掛かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ふー、やっと終わった」


 やっぱり、ウォンラット5頭を一気に処理すると疲れる。腕を回して凝り固まった肩をほぐす。


 血と脂ですっかり切れ味を失ったナイフに沸騰したばかりのお湯をかけて脂を落とし、タオルで水気を拭う。帰ったらまた砥いどかないといけないな。


 おっさんから解体に使うナイフの手入れは、しっかり行えと言われているので怠るわけにはいかない。



 臓物の廃棄処理もしっかりとしとかないと……


「ん? 」


 ビニール袋に詰めた臓物を掘った穴に投棄しようと思い、視線を向けるとカラスみたいな黒い鳥が3羽、臓物の詰まったビニール袋を破って、中の臓物を啄んでいた。


「あっ、こら! 」


 俺が大きな声を上げると、彼らは驚いたようにその場から飛び立った。その場に残ったのは、地面にぶちまけられた臓物と破れたビニール袋である。


「仕事増やしてんじゃねぇよクソ鳥ぃ……」


 頭上を飛んで虎視眈々と隙を狙っている盗人のような鳥、盗鳥は、完全にこちらを獲物と狙ってきているようだった。


 草原に生息している死骸漁りをする鳥というのは、黒2の討伐依頼で出されていた記憶がある。名前は、なんとかクオって言った筈だ。黒というのも特徴にあったと思うし、多分こいつらのことだろ。



「そっちがそういうつもりなら、こっちもお前らを糧にしてやるよ」


 革手袋を脱ぎ捨てた俺は、弓を手に取って矢を番えた。







 空に何度矢を放っても当たりそうになかったので、わざと奴らが狙っている臓物から距離を取り、食べに降りてきたところを狙った。すると、うまく1羽を射抜くことに成功した。


 それまで何度攻撃してもひょうひょうとしていた盗鳥たちは、仲間がやられてやっと危険と思ったのか、残りの2羽は、その場から飛び去っていった。


「逃げたか……」


 どうせなら残りの2羽も射ち落したかったが1羽だけでも射ち落せたことで良しとするか。


 しかし、全然当たらなかった。


 これからも機会は増えるだろうし、弓の練習をもう少し増やそうと思った。





 仕留めた盗鳥に近づくと、上手いこと心臓付近に刺さったようで息絶えていた。矢を引き抜き、血抜きを行う。臓物抜きは……ちょっと小さすぎるな。うまくやれそうにないので専門の人に任せよう。


 ちゃちゃっと血抜きを終えた後は、盗鳥が荒らした臓物を集め直して掘った穴の中に投棄した。ビニール袋を魔力に戻した後、土をしっかり被せて埋め立てた。


 これだけ深くしとけば、大丈夫だろう。



 処理を終えたものは、後ろ足を縛ってまとめて大袋に入れ直した。



 そうしているとタマモが、蛇と双角兎を手にぶら下げて戻ってきた。さらに、後ろに背負う大袋は、随分と大きく膨れている。


 その顔は、飼い主に戦利品を見せる猫のように実に得意げな顔をしていた。


・双角兎

主人公が名付けたブラウントッタの別称。


・斑鳶

正式名称をグラチーノス。

主に草原を狩場としている猛禽類に近い鳥。主な獲物は、ブラウントッタとウォンラット。草原に生息する蛇を食べることもある。



・盗鳥

カラスのように黒い鳥。

主に岩場から草原に生息し、死骸を漁る鳥として知られている。雑食で、収獲前の農作物にも手を出すので農家から蛇蝎の如く嫌われている。

図太い性格で、仲間が害されるまで居続ける。かと言って下手に手を出して怒りを買うと、群れで襲ってくる。



主人公の弓の腕前はちゃんと放てる程度。命中率は3割くらい。

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