15 「初めての稼ぎ」
タマモが追加で狩ってきたウォンラットの2頭も含めて、血抜きと臓物の処理が終わり後片付けをする。
複製した湯沸かし器で沸かしたお湯をタオルで濡らし、革手袋の血を拭い、解体に使ったナイフの汚れもついでに拭った。ウォンラットの臓物も含めて、換金対象ではないのでビニール袋に入れて、タマモに魔法で深めに掘ってもらった穴に埋めた。穴に入れてからビニール袋は魔力に戻せばいいので便利だ。
「ケンのその力があれば、どこででも解体ができて便利じゃな」
「まぁな。重宝してる」
おっさんにも狩りの時に言われた覚えがある。解体は本来、水辺の近くでやるのでどこででも水を出せる俺はある意味卑怯なのだろう。
「さて、今日の依頼は達成したことじゃし、町に戻るとするかの」
俺の片づけが終わったタイミングでタマモがそう口にしたので、俺は同意した。
ウサギはともかくとして、処理を終えてもウォンラット5頭は、結構な重量なのでこれを担いで探索は、悪戯に体力を削るだけの愚行だ。
俺たちは、草原の探索をそこそこに今回の探索を終え、帰路についた。
街道に出るまでの道中で巣穴を見つけたタマモが追加で2頭のウォンラットを仕留めたのは、余談だ。
レドリフは、最終的にタマモが集めてくれた分も含めて15束集めることができた。
門を通る列に並び、門番にギルド証を見せて町へと帰ってきた。
獲物を担いで冒険者ギルドまで戻り、依頼完了の窓口で報告を行った。受付の髭もじゃのおっさんと一緒に狩ってきたウォンラットと採取したレドリフの確認を行い、依頼品の納品を行った。そして、ギルドが控えていた依頼書に依頼完遂の押し印をもらう。それを買い取り・支払い窓口に持っていき、完遂した依頼書と一緒に買い取り希望の品を提出した。
査定の間、控えとして番号が焼き印された木札を渡され、呼ばれるまで待機することとなった。
あ、なるほど。
やっとギルドに酒場がある理由がわかった気がする。待合所を兼ねているのか。
タマモと一緒に酒場の空いている席に座ってその考えに思い至った。
ここで呑んでる冒険者の何組かは、俺たちのように査定結果待ちなのだろう。
「何にする? 」
座って少ししてから、顔に三本傷のある猫耳の女店員がやってきた。肉食獣を思わせる鋭い眼光で、木漏れ日亭のアマゾネス女将を彷彿とさせる。だけど、女将さんよりは恐くないな。
「ミルクで」
「儂もミルクじゃ。あーあと、何かつまめるものをひとつ」
「あいよ」
注文を終えた店員は背を向けて去って行った。
おおっ、尻尾だ。タマモのと違って細長い尻尾は、くねくねと動いていた。
思わず、掴みたくなる蠱惑的な動きをしている。どんな風についているのか気になる。
そんな俺の視線をタマモは、どう取ったのか面白そうに笑みを浮かべた。
「ほほぅ、初めての狩りで昂っておるようじゃな」
にちゃり、と粘着質な音が聞こえてきそうな笑みを浮かべるタマモを半眼で睨む。そういうネタは、いい加減くどい。
たまには、こちらからからかってやろうか。
そう一瞬だけ思考し、タマモの瞳孔が細まった狐目を見て、頭を振った。
あいつは、肉食獣だ。冗談でもこちらから発破をかければ、タマモの気紛れによっては、そのまま頭から食べにこられかねない。そんなのは願い下げである。
なので、この場では沈黙を保った。
「はい、ミルクおまたせ! 」
ドンと雑に店員が置いていったミルクを口にした。雑味が強く濃厚な癖の強いミルクだった。
「これ、本当に牛乳なのか? 」
まず飲んでみた感想はこれだった。あまりにも日本で飲み慣れていた牛乳とはかけ離れていた。
「くふっ、何を言うておるのじゃ。このミルクは、ピグミルクじゃよ」
おかしなことを、とミルクを口にしていたタマモが笑った。
「ピグミルク? 何の乳なんだ」
「ピグの乳じゃよ。……もしや、ピグを知らぬのか? 」
ピグが何の生き物を指しているのかわからないので、俺はその問いかけに首肯した。そして、タマモからピグの見た目や生態を聞いた結果、おおよそ豚のような動物であることがわかった。
つまり、今飲んでいるのは牛乳ではなく豚乳なのか。
豚乳って飲んでも大丈夫なのか?
いや、この世界の豚は、現代の牛ほどではないが、山羊とかくらいには搾れる品種が一般的に普及しているらしいので、大丈夫なのだろう。
豚乳のチーズも一般的にあるらしい。もしかしたら豚乳由来のものを知らずに今まで口にしてたことがあったのかもしれない。
「ピグミルク……初めて飲むけど、嫌いじゃないな」
宿で出されたワインやエールよりは好きだ。今度からは、ミルクを頼むようにしようかな。
タマモが頼んだ木の実を炒ったものをつまみながらミルクをチビチビと飲んで、時間を潰していると、ようやく自分たちの番号が呼ばれた。
酒場での勘定を済ませて、支払い窓口に番号札を持って顔を出した。
「まず、依頼の完遂報酬として、大銅貨5枚と銅貨3枚となります。次に買い取り希望の品であったレドリフ5束、ウォンラット7頭、ブラウントッタ1頭はどれも状態が非常によく、特にウォンラット5頭とブラウントッタは、処理が適切に行われていたため通常価格よりも高く買い取らせていただきます。よって買い取り品を合わせて、銀貨2枚と大銅貨5枚と銅貨2枚で買い取らせていただきます」
そう受付のイケメンに言われて、銀貨2枚と大銅貨10枚と銅貨5枚を窓口で受け取った。
大銅貨10枚=銀貨1枚になるから今回の稼ぎは、銀貨3枚と銅貨5枚ということになる。
詳細としては、こんな感じだ。
・レドリフ5束が銅貨2枚
・処理済みウォンラット5頭が合わせて、毛皮で大銅貨6枚(1頭当たり大銅貨2枚)、肉が大銅貨4枚(1頭当たり銅貨20枚)
・未処理ウォンラット2頭の毛皮が大銅貨4枚、肉が大銅貨1枚(1頭当たり約銅貨12枚)
・ウサギが、毛皮が大銅貨3枚、角が大銅貨6枚、肉が大銅貨1枚
思った以上にウサギの換金価値が高くてびっくりした。どうもウサギの角が魔力触媒になるそうで、価値が一番高かった。また、肉もウォンラットより美味しいらしい。
今度仕留めた時は、肉は食べてしまうのもありかもしれない。
モンスター狩り旨い。レドリフと比較するのは間違っているのは承知だが、やっぱり金を稼ぐならモンスターを集中して狩る方が稼げそうだな。とは言え、今回ウサギに襲われてヒヤリとする場面はあったので、やっぱり俺は戦いはまだ避けていきたい。
臆病者と笑うなら笑え。最終的に避けては通れない道とは言え、もう少し備えたいのだ。
まぁ、そんなわけで今日の稼ぎをパーティーリーダーとして受け取った俺は、タマモと折半して、銀貨1枚と大銅貨5枚をそれぞれ懐に入れた。
残りの銅貨5枚は、食事1食分くらいの額なので、宿に帰る際に立ち寄った屋台で肉料理を買うのに使い、2人で分けて食べた。
「折角の冒険者初めての依頼達成なのじゃから、普段食べられないものが食べたいのぅ」
などとタマモが我儘を言い出したので、タマモが普段食べられないものであるカップラーメンを自室で食べることになった。食べ慣れた俺からすれば、もっとこの世界の料理の方が食べてみたかったのだが、無駄な散財ができる余裕があるというわけでもないので今回はよしとしよう。タマモは、シーフード味を食べれて満足しているようだしな。
寝る前に宿の井戸の前で洗濯を行った。洗濯用のタライを借り、複製した水と洗剤で服を洗った。こうすれば、使い終わった汚水から洗剤の成分を魔力に戻しやすくなることを最近発見した。
洗い終わった服を軽く絞って、水気を魔力に戻すイメージをする。上手くいったようで、ほとんど水気がなくなった。あとは、室内に干しとけば明日の朝には切れるだろう。
匂いを嗅いでみると、洗剤のいい香りがした。
借りたタライを従業員の人に返し、部屋に戻るとタマモが尻尾の毛繕いをしていた。ブラシを手にもって、ベッドに広げた尻尾をブラッシングしている。
1、2、3、4……9本あるな。
「洗濯は終わったのかえ? 」
「ああ……」
返事を返しながら、俺はベッドに広がったタマモの尻尾に気を取られる。タマモの銀髪と同じ白く、薄暗い部屋の中でも蝋燭の光を反射させて輝く雪を思わせる尻尾。ふわりと膨らみのある尻尾は、触ったらとても気持ち良さそうだった。
「なんじゃ。もしやお主、儂の尻尾が気になるのかや? 」
俺の視線に気づいたタマモが手を止める。それに合わせて、絨毯のように広がっていた尻尾が動き、ふわりふわりと誘うように動く。
「触ってみるかえ? 」
「……いいのか? 」
「構わぬよ。儂とケンの仲なのじゃからな」
じゃあ、お言葉に甘えて。
浮ついた足取りでタマモのベッドに近づき、尻尾のひとつを触る。
ぽふっ。
おおぉ、置いた手が沈んだ。綿のように柔らかく、温かい。手の甲で撫でると絹ような滑らかさだった。
……いかんな、これは癖になる。
両手を使ってもふもふと触っていると、ふと視線を感じて顔をあげた。
タマモがこちらを濡れた目で見てきていた。背筋に悪寒が走るほどに艶めかしい笑みを浮かべた顔を見て、俺は触っていた手を離した。
「もう、よいのか? 」
「あ、ああ……ありがとう」
これ以上すると喰われるそう、とは口にせず、身代わりに飴袋を複製してタマモに渡した。
「良い心がけじゃ」
タマモの意識が飴袋に向いたところで、俺は自分のベッドに戻ってシーツを被った。
尻尾の触り心地やばかったな……
手に残った感触を思い出しながら、俺は眠りについた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まったく、意気地なしめ」
妾の尻尾を触りたいと言い出した時は、その気になったのかと思うた。
オスカーの狩りに付き合っていたとはいえ、生物を直接殺めたことはなかったという。今日の初依頼で初めて生物を剣を振るって殺めたというから気が昂っているのだろうと思うていた。
ギルドの酒場でターガ族の女子の尻を触れたそうに見ていたのもそのせいだと思うていたが、あの様子だと尻尾を見ていたのじゃろうな。
そう言えば、ケンが生まれ育った場所は、祖人ばかりで獣人や精霊人は見たことがなかったと言うておったな。
ということは、獣人の尻尾に触る意味も知らぬのじゃろうな。
知れば、いったいどのような反応をするのやら。
ケンのことじゃ、そんなつもりはなかったと言ってそれっきり触れてこぬのじゃろうな。
「くふっ、まったくからかいがいのない奴じゃて」
だが、教えなかったらどうなるじゃろうか。
撫で方は悪うはなかった。
たまになら触らせてやるのも悪くない。
「今度は、ブラッシングを手伝ってもらおうかの」
その時のケンを想像し、忍び笑いが浮かんだ。
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