甘い甘い贈り物
甘い甘い贈り物をどうぞ。
年に一度の大事な日。恋人達が思いを伝え合うこの日。
今までは、自分には無縁な1日だった。クラスの女の子達がお菓子に腕をかけ自慢し合っているのを目にもとめず本に目を落としていた去年までの日々。でも、今年は違うのだ。
世界で一番可愛くて。世界で一番素敵な恋人。
普段言えない大好きを、あの子に伝えなくちゃ…。
……(なおちゃん、大好きよ…)
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「え、バレンタインって手作りのチョコを作る方がいいの?」
昼休み、美穂の発言に思わず目を丸くした。話の発端は美穂の「唯ちゃんの為に今年は何を作ろうか…」という話からだ。「私はパパ行きつけの有名店のチョコにしたわ」と答えてみせたら言いにくそうにそう告げたのだった。
「だ、だって…その方が、気持ちも伝わると、思うし…あ!!こ、これは私の意見だから…!!気にしなくても、いいけど…!!」
「…美穂は、毎年、そうしてるのよね?」
おどおどしだす美穂にそう問いかける。美穂はこくんっと頷いた。私は少し考える仕草をして口を開く。
「…それって、現地にカカオを取りに行くことから始めるの?」
「ええっ!?そ、そこまで本格的じゃないよ!!買ったチョコを溶かして、型に入れるだけ…って感じで…」
「なんだ、それならこの美姫ちゃんに出来ない事でも無いわね!!」
料理はあまり得意じゃない。まぁ、大人になればなおちゃんが毎日手料理を作ってくれるわけだし、料理なんて出来なくても問題ないと思う。惚気すぎ?煩いわね…。
「が、頑張れ!!美姫ちゃん…!!」
「ありがと、美穂…あ。」
「ん…?」
教室から出ていく直前にもう一度美穂へと顔を向ける。不思議そうな顔へと微笑み大事な友人へと助言を託す。
「唯なら、美穂からのもの、なんでも喜んで受け取ると思うわよ?唯も美穂のこと、大好きだし。ね?…まぁ、私から言うことではないだろうけど?」
少しだけ照れくさくなって目を逸らす。すると、美穂の幸せそうな小さな吐息が聞こえた。ふふふ、と漏れ出すような笑い声。ささやかだけどそこに幸せをたくさん詰め込んだ声。
「…そうだね、ありがと、美姫ちゃんっ…!!」
「べ、別に…感謝されるようなことじゃないし…」
少しだけ目線を上げると優しい笑みを浮かべた美穂が大好きな想い人の空っぽの机を見つめていた。見ているこっちが恥ずかしくなって、すぐに駆け出していく。
「…チョコを溶かして、固めるね~…」
なんでそんな、二度手間したものが嬉しいのかしら。それなら、市販のものと変わらないじゃない?なーんて、こんなこと言ったらなおちゃん怒っちゃうかしら…今年は、“友達”としてではなく“恋人”として初めてチョコを貰えるのだ。そんな本音、口が滑っても言わないようにしよう。
…そういえば、この前パパがくれたチョコがあったわね…それを溶かして作ろうかしら。
自室へと足を進め、ほんのりお酒の香りがするチョコを手に持ち、もう一度キッチンへと戻る。それにしても、溶かすってどうやって溶かすのかしら?…やっぱり、お湯?
ボールへと移したチョコへポットからお湯を注ぐ。甘い匂いが室内中に広がり、頭がクラッとした。これでいいの?なんだか、ココアみたいになってるんだけど…
試しにスプーンで掬い、口を付けてみる。
「…うっ…」
不味い。可笑しいな。このお店のチョコはこんな味じゃなかったはずなのに。私ってやっぱり、料理に向いてないのかしら…
美穂へ電話を掛けようと携帯を取り出したが、すぐにその手を止める。美穂も今、唯へのチョコ作りで忙しい筈だ。そんな中、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。…それじゃあ誰にヘルプを出す?良く考えたら、この時期はみんな自分の恋人のことで精一杯なんじゃない?…てことは………。よくかける番号を探し出し、携帯を耳に当てる。するとすぐに愛しい人の声が聞こえてきた。
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「っで、お父さんにバレンタインチョコを作りたいから、なおに作り方を教えて欲しいって?」
「…ええ。この美姫ちゃんが放課後に家に呼び出したのよ?光栄じゃない?」
「可愛くないわね~…このスーパーアイドルなおりんが特別にお料理レッスンをしてあげるのよっ!!もう少し喜んでもいいんじゃないっ?」
「べ、別に…なおちゃんが近くにいるのはいつものことだし」
「美姫ちゃんの別には、別にじゃない時に使うのよね~?可愛い、可愛い~」
「い、いみわかんない!!ほら、さっさと教えなさいよ!!」
本人をの前にするとどうも素直になれなくてそっぽを向いてしまう。そんな私でもなおちゃんは本心を汲み取って、冷たくしたりしない。鈍感な癖に変なとこで鋭いなおちゃん。そんななおちゃんがやっぱり大好きで……。
「ほーら、ぼーっとしないで手を動かす!!」
「わ、わかってるわよ!!」
手際の良いなおちゃんを見習ってどうにかこうにかチョコを作る。そして数時間後……。
「で、出来たわ…チョコ作りでこんなに時間がかかるなんて初めてよ…」
「なおちゃんの教え方が下手だったんでしょ!!」
「あんたが料理出来ないだけでしょ!!」
「だって、将来はなおちゃんがお嫁さんになってくれるんだから、料理なんて必要ないんだもの!!」
「えっ…」
「はっ……!!」
つい、勢い余って本音が出てしまった。…なおちゃん、引いてないかしら…。恐る恐る、顔を向けると…。
「なっ…!!」
顔を真っ赤にしたなおちゃんが固まった表情でこちらへ顔を向けていた。そんな顔、向けられた事なんてないから、調子が狂うというかなんというか……。
…可愛すぎるでしょ、なおちゃん…。
「…し、仕方ないわね!!ま、美姫ちゃんが相手いないなら、旦那さんにしてあげなくもないけどっ!!」
「な、なによそれー!!」
そうやってツンっとするところも可愛くて。なおちゃんの全てが愛しくて。でも、そんなこと口にするのは恥ずかしいから。明日はきっと、世界が甘い香りで満ちるはず。だからその流れに任せて、口に出しちゃえばいい。
(なおちゃんが大好き…)
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2月14日。土曜日。やっぱり世界は甘い香りで満ちていた。自分から、なおちゃんの家へと向かうのは初めてで少し緊張してしまう。なおちゃんはちゃんと家にいるかしら?もしお母様が出てきたらどうしよ?恋人と名乗り出るべき?いやいや、気が早すぎでしょ。なんて、自問自答を繰り返しながら足を進める。
ーーーーピーンポーン…
「はーい!!どちら様でしょ……美姫ちゃんっ!?」
「え、美姫ちゃんが来たのー?」
「お姉様の恋人かと思いました…」
「おかしー」
玄関の向こうが騒がしくなる。少しすると、焦ったようななおちゃんが顔を覗かせた。まるで、誰かに呼ばれるのを待ち望んでいたかのような張り切った服装。
「お、遅かったのね…」
「約束したつもりはないけど?」
「うっ…期待しちゃ、悪いの…?」
上目遣いのずるい表情。いつもならすぐに目を逸らしちゃうけど、今日は、素直になると決めたから……。
「え、美姫…んっ…!!」
小さななおちゃんを引き寄せてそっと口付けをする。甘い甘いなおちゃんの唇。初めてのキスはなおちゃんの甘い味。唇を話すと怒ったような表情でこちらを見る。
「…今日は、ママもいるんですけど?」
「えっ!?」
後ろを覗き込むと、楽しそうな表情でなおちゃんのお母様がこちらを見ていた。…あー、あーーー…美姫ちゃん、やっちゃった…。
「まぁ、いいんじゃない?…ママには、美姫ちゃんとのこと、話してたし…」
「…わ、私、親公認ってこと!?」
「そうは言って無いでしょ!!!!!!」
玄関先でこんなやり取りするだなんて、非常識な気もするけど…。私は思いだしたようにバッグの中から昨日、美姫ちゃんに手伝ってもらったラッピング箱を取り出す。
「あれ、これって、美姫ちゃんのパパへの……」
「…なおちゃんに」
「え?」
「だ、だから!!なおちゃんのこと、好きだから、なおちゃんに、喜んで欲しくて…その、えっと…とりあえず、これは、なおちゃんのために作ったのよ!!」
恥ずかしくなったけど目は逸らさない。真っ赤ななおちゃんを見つめて、美穂のように微笑んで見せる。
「…愛してるわ、なおちゃん…」
「…ず、狡いわよ…美姫ちゃん…なおだって、なおだって…」
茹でだこのようになったなおちゃんが胸元に顔を埋めてくる。なおちゃんの匂いが鼻をくすぐり、胸がほわほわ暖かくなる。
「…好き…大好き…愛してる…ずっとずっと、愛してる…」
聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう繰り返すなおちゃん。愛しくて可愛い私の恋人。
「ホワイトデーは、3倍返しよ?」
「な、なおだって、作ってたんですけど…なら、美姫ちゃんだって3倍返しなんだからね?」
「いいわ。私の全部、なおちゃんにあげるから、なおちゃんの全部、私にちょうだい」
「なんでそうなるのよ!!」
「いいじゃない。付き合って長いんだから」
「ば、ばか…!!このエロ後輩…」
これから、なおちゃんは卒業して離れちゃうことになるかもしれない。でも、バレンタインの日にはこうして毎日、愛を囁き合えたらいいのに。いいえ、どんなに離れていても会いに行ってやるんだから…。
素敵なバレンタインを。一番大好きな人の隣で過ごせたら。それが何よりも甘い贈り物。
END
ラブライブ!のにこちゃんと真姫ちゃんを想像してもらえると幸いです!!