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予兆

 黒いおっさんと僕の衝撃の縁が発覚して、僕もおっさんも何を話せば良いのか分からなくなった。

 しかし、少し考えておっさんなりの冗談なのかと思って尋ねてみた。決定的におかしい点が一つあったからだ。

「いやいや、あんたいくつだよ? そんな年齢の離れた兄弟いないだろうよ」

「俺は今年で29だ。あいつんとこは年の離れた弟がいた。確か12歳下って言ってたな」

「おっさん、29なの!? 『おっさん』じゃないじゃん!」

「うるせえな!今真面目な話してるんだろうが!!あとお前が勝手に『おっさん』言い出したんだろうが!」

 確かにそうだった。今はこの衝撃の事実に驚く場面であって、おっさんが実年齢よりもはるかに老けていることを驚く場面ではない。決して。

「それにしても奇跡的だね。兄弟にいじめれていた僕たちが偶然出会ったんだ」

「そうだな。こんなことがあるんだな」

 それでまた、二人とも黙ってしまった。

 間違いなく奇跡的なのだが、何しろこの縁は嬉しいものではない。「いじめられていた」という負の側面に支えられた縁なのだ。

 そのため、奇跡を喜んで盛り上がることにはならない。ただただ噛みしめるだけである。

──この邂逅は、神様のいたずらだろうか。

それとも、何か意味のある出会いなのか。だとしたら、その意味はなんだろう。僕はこのいじめられっ子の先輩に、人生の役に立つ助言を求めればいいのだろうか。

 そう考えていたら、おっさんが口を開いた。おっさんなりのこの出会いの解釈を話すのだ。

「なあ、喧嘩売りにいこうぜ」

 おっさんの答えは、僕の想像の範疇を超えていた。いい歳して何を言っているんだこの人は。

「喧嘩? どういう?」

「喧嘩って言ったら一つしかないだろ。殴り合いの闘いだよ!」

「嫌だよ。そうできないからいじめれてたんだろ。僕もあんたも」

「そうだよ。だからずっとひっかかってたんだ。俺が不登校になってから十年以上、『なんで一回本気で闘ってみなかったんだろう』ってな」

 おっさんはそこで言葉を切って、握りこぶしを作って、見つめた。そして言葉を続ける。

「そこに、現在進行形で不登校になっているお前が現れた。なんと、昔の俺と同じ境遇だという。これはチャンスだ。お前は闘って学校に居場所を取り戻す。そして俺は、闘って、この胸のひっかかりを解放する。高校生の時から止まっていた時計の針を動かすんだ」

 おっさんの目ははっきり開かれ、目の下の大きなクマが無くなっていた。まるで少年のような、純粋で熱を持った瞳だった。

ダメだ。このおっさんはどうかしている。今更どうにもならない過去のいじめの恨みを暴力で晴らそうとしている。こんな無謀な計画に加担したら、僕まで異常者になってしまう。

「やろう。実は僕も、一回闘ってみたいと思ってたんだ」

 頭で考えていることと、口から出てくる言葉がまったく反対だった。こんな経験は初めてだったので、僕は体が誰かに乗っ取られてしまったのかと思った。



 その日の夜、僕はベッドに一人で寝転がって、今日のことを思い返していた。

 おっさんと大筋で合意して、大いに盛り上がった後は、山のふもとのラーメン屋で大盛りをドカ食いし、計画の詳細は明日あの公園で話そう!と元気に言うおっさんに、これまた元気に「おう!」と返事をして帰ってきた。

 ──なぜ僕はあそこでおっさんに賛同してしまったのだろう。

 あの時、おっさんの言葉を聞きながら、やばいと感じていた。おっさんを止めてあげないと、と思っていた。

 それなのに、少しの時間も置かずに僕はすぐにおっさんに乗っかった。

 多分、僕自身感じていたのだろう。このどうしようもなくつまらない日常を変えたい、と。

 どうしようもなく後ろ向きになってしまう今の自分にピリオドを打ちたい、と。

 おっさんは言った。ずっと胸にひっかかっていたものがある。なんで一度闘ってみなかったのか。

 間違いない。僕はあの言葉を聞いたとき、直感していたのだ。このまま暮らしていったとしたら、おっさんと同じ感覚に陥るだろう。いつまでもいじめから本当の意味で解放されることはない。例え転校して別の学校に行ったとしても、何年経って社会人になったとしても、ずっとこのいじめられている気分を引きずってしまう。

 もし、思いっきり闘って勝つことができたなら、いや、勝たなくてもいいのかもしれない。とにかく思いきり闘うことができれば、切り替えられる気がする。次の日から、自信をもって外を歩ける気がする。僕は逃げ続けなかったぞ、積極的に立ち向かったぞ。その気持ちだけあれば、失ってしまった普通の青春のレールに戻れる気がする。

 ──どうしようもない僕の毎日に、風穴を開けたい。

 なぜかその日は、いつまでも眠れなかった。


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