よそ様の子とうちの子05
よそ様の子とうちの子のお話
登場人物はあとがきにて。
「女だ!」「美人だ!」「男連れだ」「男とか腐るほどいるだろ。ここは女がいることが重要」「その女が美人であることもな!」
扉の向こうからの声に終始リクスは不機嫌だった。ここは軍隊専門の住宅らしく、二人は客人としてそこに案内されたのだが……。
軍人たちばかり、ということでどうしてもここには男性が多い。女性隊員もいるが、戦闘力に磨きをあげる彼女たちと、美の結晶のようなサラとを比べるというのは厳しいことだ。サラに戦闘力もあると知れば嫉妬なんて言葉で収まらないだろう。
「それにしても…、一応ここは過去なんだね。俺たちが知るキセト君とかなり違った。なにより、俺たちの知るキセト君は二十四歳でここにいるキセト君は十八歳だそうだ」
「過去……」
「はい、失礼っ!ごめんねー、客人用の布団なんて奥のほうにしかなくてさー。コレ使ってください。あ、俺はそれなりの上位についているそれなりの上の地位でそれなりに偉い不知火鈴一っていいまーす。お二人の世話係あんど案内係なんでまぁ気軽に呼んでくだしー」
「女性がいる部屋にノックもなしに入ってくるな」
リクスが鈴一に注意する。ベッドが二つギリギリ入る狭い部屋に、さらに人が三人いるとかなり狭い。リクスにとっては不愉快なことにシーツの準備をする鈴一とサラの距離が近くなるのも仕方がないこと。
「え、あー。超絶美人さんのせいで万年発情期とも言われる下っ端兵士に世話係任せられなくて、なんで俺みたいな上位が世話係なんてしなきゃいけないんだよ糞がっ!せめて美人の顔まじまじ見てやるっ!!って思ってたらノックなんて忘れちゃって」
「誰か世話係変えろ!」
「俺以外だと無心で女の下着洗う興味なさ過ぎて聖人の域のやつか、絶対隙見て襲う下っ端か、無茶で黒獅子キセちゃんか」
一人目はなんだ、というリクス声は綺麗に無視された。
サラは興味がないようで食堂はどこ?と鈴一に尋ねている。そもそも下っ端程度に襲われるサラではないので、気にする必要などなさそうだが…。
「腹減った? 食堂は一階だけど、この時間は混むぜー。もみくちゃだぜー? 美人ちゃんは美人だからさわられちゃうぜー?」
リクスが大きく首を振っていたがサラの答えは、
「おなか減ったわ」
だった。
がっくりとうなだれるリクスを見て鈴一は笑いをこらえつつ、さらに真っ黒の上着を渡す。サラが受け取ったのを確認して廊下に出て、こっち、と呼んだ。
「あそう? ならはい上着。客室は温かいけど他は全部寒いから。あと出来たらフードも被っといてね、銀髪目立つし。あとご飯、美味しくないから覚悟してね…。あっ、でもでも『本日のメニュー』は美味しい! 絶対に」
「そうなの?」
「うんうん。作る人が料理上手でね」
フードを被っているというのに廊下を歩くサラには視線が集まる。サラは何もない草原を歩いているかのようにすべて無視していたが、唯一サラに視線を送らなかった真っ黒の青年にだけは反応した。
「キセトさん」
すれ違いざまに声を掛けられた青年は、サラやリクスすら隙を見出すことの出来ない動きで振り返り、声をかけたサラを無視して自分の部下である鈴一に聞いた。
「不自由させていないな?」
「え?あ、はい。今の腹が減ったとかで食堂に…」
「そうか。サラ・ルターさん、リクス・ルターさん、お二人の要望通り未来へいけるように準備を進めています。未来の俺に頼めば異世界へもいけるということでしたね? 不自由があれば鈴一さんへ言ってください」
失礼します、と浅い礼を残して青年は去った。その間、彼の表情は無そのもので、やはりサラたちが知るキセトとは程遠い。
「…食事は後でいいわ」
「え、ちょ、ちょっと!」
Uターンして、サラは青年を追いかけた。感情的な行動をしないサラにとってなぜかと問われても応えにくい。言葉にしにくい感情だ。
「キセトさん。少しお話――
「お戻りください」
冷たい声と向けらえた刃。恐れるべき武器だが、サラにとっては冷たい声を発するキセトよりは馴染みのあるものだ。向けられた刃が恐ろしいものに思えなかった。
「怖くないわ。キセトさんが向ける刃なんて」
サラには、恐怖に捕われた子供が近くにある小刀を向けているだけに思える。扱い方すら知らない子供が"武器"という強さにすがるだけの、そんな刃は怖くない。
「……客人としての行動ができないのでしたら、ここで命尽きるまでです。鈴一さんの案内に従ってください」
「少し話がしたいだけ。駄目?」
「いいでしょう。ただし、食事の時間のみです。食堂へ」
刀を納めて、初めてキセトがサラを真っ直ぐに見た。やっと友人であるキセト視線が合ったような気がして、サラは微笑んで心に思ったことをそのまま口にする。
「ありがとう」
「…俺にそんな笑顔向けてくださっても何もできませんよ」
「話を聞いてくださるだけで十分だわ」
「………」
サラの笑顔にキセトはやりにくそうに、また何かを思い出すかのように、引きつっているようにしか見えない笑顔を返した。
**********
食堂に着いた二人を人々は囲むように避けていた。
鈴一が言ったとおり食堂は混んでいるというのに、全員がキセトを避けている。食堂から押し出される人物までいるというのに、誰一人キセトには近づかない。おかげさまでキセトの隣にいたサラは誰にも触れられることもなく席に着くことが出来た。
「美味しいわ。食べないの?」
「食事は取らない。話とはなんですか?」
「…キセトさんは変わったのね。変わる前のキセトさんを見て、驚いたわ」
未来の自分を知っている相手と話しにくいのは承知で、あえてサラは比較するような発言をした。
青年の中にサラの友人を見出したかったのもあれば、彼には何かが足りないような気がしてそれが何かを知りたいとも思ったからだ。未来の青年にこの物足りなさは感じなかった。
「変わったというより失いました」
「失った…?」
キセトは料理も出来て家事もできて亜里沙や龍道や連夜がいて、サラからすれば全てを持っているかのような人なのに。過去に何か失っていたというのだろうか。
「えぇ。あなたは男性と一緒にいましたね。恋人ですか?」
「リクスのこと? 彼は私の恋人よ」
「そうですか。俺は俺の恋人を失ったんです。失っていないあなたにはわからない」
「それは……」
亜里沙ではなく、他の誰かがキセトの恋人?
サラは亜里沙と出会い話したことがある。ここで失えるのは亜里沙ではない。
「どうぞ、愛しい人を大切になさってください」
「待って。私の知るキセトさんは、未来のキセトさんには恋人がいたわ。亜里沙さんという方なの。あなたは誰かの代わりに亜里沙さんと一緒にいるの?」
「……俺は学べないようですね。未来の俺が亜里沙と一緒にいるというのならそう言うことです。亜里沙は死にました。俺のせいで。この国ではそうなっています。二度と、もう俺の前で亜里沙の名を口にしないで下さい。彼女は、俺が失った人ですから」
「死んでいないけれど死んだとして話すわ。それでも、最後まであなたを愛してたと思うの。それなのに、あなたはそんなふうに名前まで避けて。亜里沙さんの想いを踏みにじってる」
ザクッという音がサラの耳元で鳴った。椅子に深々と刺さっている剣とその剣を握り締めている青年。周りの視線が一瞬だけ集中し、また散った。
「彼女を語るな。彼女が望んだことをしているだけだ」
「それは納得できるの?」
「なんだと…?」
「幸せとか私にもわからないわ。でも、あなたはわけも分からない幸せのために愛する人と一緒に過ごす時間を捨ててしまうの?」
「…っ……。何も知らないから、そんなことを…」
「今のあなたのことを私は何も知らないけれど、未来のあなたを知っている。亜里沙さんについてとても嬉しそうに誇らしそうに楽しそうに話すあなたを知っているの」
そうか、彼に何か足りないと思ったのは、今の彼には最愛の人がいないのだ。隣に、触れられる距離に相手の心を感じない。その不安は現状のサラには予想もできない恐ろしさがある。
青年は愛する人のためにここにいるのに、ここでは一人ぼっちだから。
亜里沙ありきのキセトとであったサラにとって、一人ぼっちのキセトに物足りなさを感じるのは当然なのだ。
「悲しいのね。私もそうなっていたのかもしれない。彼と出会えなかったら、今のあなたのように」
「……失礼、しました。ただ、あまり…その。本当に亜里沙の話はやめてください。まだ自分で思っている以上に整理がついていませんので」
青年は応えなかった。サラの独り言にも、亜里沙の愛情についても。
それでも、サラの視界に映った青年の表情は苦しそうに歪んでいた。冷酷な声や色のない表情しか見せなかった青年は、一人の女性の名前を出すだけで泣き出しそうなほど苦しんでいる様子だ。
「ごめんなさい」
「…失礼します」
礼もせずに逃げた青年と行き違いにサラにとって最愛の人の姿が見えた。人ごみの中を急いで書き分けてきたのか、かなり疲れた様子でサラに歩み寄ってくる。
歩み寄ってきてくれるだけで嬉しいのに、その最愛の人はサラの目を見て、サラを心配してくれるのだから、今幸せだとサラは言えるのだ。
「大丈夫か!? キセト君がサラに剣を突き立てているのが見えたぞ! なぜ周りのものは誰も止めない!?」
「止めないって聞かれても、キセちゃんはここのトップだし、誰にも止められないでしょ」
「それにしても俺たちは客人という扱いなのだろう!?」
リクスに続いて人ごみから出てきた鈴一も呆れたように首を横に振る。
そして青年が去ったからこそ気づいたのだが、サラが座るテーブルの周りにも人ごみが近づいてきた。いままで、青年を避けて近寄らなかったものたちが寄ってきたらしい。そうやって仲間内にも避けられているという事実をこんな形で見て、サラは少しだけ悲しくなった。
青年には、本当に愛している人しかいなかったのだろう。友人もおらず、ただここで避けられているのだろう。
サラは自分の周りに居てくれる友人たちの顔を思い浮かべ、今の駆けつけてくれた最愛の人の顔を見つめ、祈るように言った。
「大丈夫よ、リクス。キセトさんだってわかってると思うの。ただ混乱してるからちょっと暴力的なだけ」
「…? そ、そうか…」
「えぇ。きっと大丈夫。だから私たちは安心して、私たちが知っているキセトさんと一緒にいましょう。キセトさんは乗り越えられる人だから私たちに笑いかけてくれるの」
きっと、孤独を生きた人だからこそ、サラたちがであったキセトは度が過ぎるほどに友人に尽くしてくれるし、友人を慕ってくれる。
そう信じてサラは、青年には話しかけないように勤めた。彼が乗り越えるべきことだから、と。突き放すのではなく信頼をこめて。
よそ様の子
さら るたー 『ICE』(作者:月華様)
りくす るたー 『ICE』(作者:月華様)
うちの子
しらぬい きせと 『BNSH』
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