王子様の想い
『白銀の王子様』のミカエル視点です。
10年ぶりの逢瀬。
2度目に会ったその女性は、初めて出会った時と変わらぬ姿で私の前に立っていた。異なるのは、彼女の身なり。出会った時は見た事のない衣類を身にまとっていたが、今は落ち着いた緑色のドレスに身を包んでいる。華美ではない物だか、落ち着いた雰囲気を醸し出す彼女にはよく似合っていた。
そして、綺麗だとも、思った。
女性を見て、私はあまり美しいとは感じた事がない。見目がいくら綺麗であろうと、どうしても女性たちが内に抱える私への媚びや謀ばかりが見えてしまうためだ。しかし彼女はとても美しい。見目が良いというわけではないが、私はそう感じるのだ。それはきっと、彼女に『裏』というものがないからだ。言葉も表情も、常に本心が現れている。そしてそこに、薄暗い感情は一切なく、潔白といってもいいほどだ。故に、私には彼女がひどく美しく見えた。
「天使みたいですね」
そう言う彼女の言葉も、彼女の本心なのだろう。天使とは、昔によく言われたものだ。その時は、不快としか感じた事がなかった。私に取り入ろうとする、薄汚い考えの元に発せられてきた言葉だからだ。しかし、彼女の口がその言葉を紡ぐと、途端に最上級の誉め言葉に聞こえてしまう。そんな自分に驚いて、私は思わず表情へ出してしまった。
「私はミサキ・ヒトトセです」
ようやく知れた彼女の名は、ミサキ。聞き慣れぬながも、綺麗な響きを持つ名前だった。そして私は、ミサキと出会った時の事などについて、彼女と話した。
始めは私だと分からなかったようだが、ミサキと出会った時は5歳時の姿であったと知ると、思い至った様子だった。そして、ミサキから受け取った耳飾りのお陰で、無事に野原を抜け出た事や呪いが解けた事を伝える。長い間探し続け、礼を言いたいと思っていた。そのため、私はミサキに最大限の礼を示すと、彼女は少し困った様子を見せた。
意図した事ではないからと言って、ミサキは戸惑っているようだった。しかし、例えミサキにそのつもりはなくとも、私の命が助かった事は事実。故に、私はくどくなりすぎない程度にもう1度礼を述べた。そして、今日のところはこの辺りでとミシェルから声がかかり、私たちは部屋を出た。
「…王子。本当にあの人で間違いないのですか」
不満げな様子でそう私に声をかけたのは、私の護衛であるアビエルだ。同じく私の護衛であるミシェルも、口や表情には出さないが、アビエルと同意見のようだった。
「彼女に間違いない」
「魔法などで惑わして…」
「私にか?」
耳飾りのお陰で、人を惑わす魔法は私には通じない。アビエルもそれを分かってはいるのだろうが、護衛という立場から簡単には認められないのだ。私もそれは分かっている。しかし、恩人のミサキを蔑ろにする事は許せない。
「お前たちの気持ちも分かる。しかし、この件は全て私に一任して欲しい」
「王子…」
「頼む」
アビエルとミシェル、それぞれに視線を向けて私がそう言葉を紡ぐと、2人は顔を見合わせる。そして、少し諦めたような呆れたような表情を浮かべて私に微笑む。
「貴方は頼み事が多い」
「しかし、それでこそ私たちの主です」
そう言葉を返すアビエルとミシェルに、私も苦笑を漏らす。2人が言うには、昔から私は頼み事が多い。そして、命令が少ない。王族らしくないとよく2人から言われるが、私らしいともよく言われる。
「お話がまとまりましたようで何よりです。それではお部屋へお戻り下さい」
今まで一言も言葉を放つ事のなかったエイダが、見計らったように私たちに言葉をかけた。いや、彼女の場合、見計らっていたのだろう。
「エイダ。ミサキを…」
「承知しております。ミサキ様をお部屋へご案内いたします」
私の言葉を遮り、エイダがそう言葉を放つ。そして、案内するためにも早く部屋へ戻るよう急かされた。
「いつまでもこの場でお話しなさっては、ミサキ様をお部屋までご案内できません」
エイダのその言葉を聞き、私たちが客間の前の廊下で話し込んでいた事に気づく。アビエルとミシェルはバツの悪そうな表情を、私は苦笑を浮かべてその場を足早に立ち去った。
「ところで、王子。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
長く続く廊下を進みながら、ミシェルがそう問いかけてくる。私は了承して視線だけミシェルに向けると、ミシェルは空に言葉を続けた。
「なぜ、あの方にそこまで執心なさるのですか」
ミシェルの表情は真剣で、単純に気になって質問したというわけではないらしい。私はミシェルの質問に、軽く首を傾げてしまう。私としては、執心しているつもりはなかった。しかし、ミシェルには執心しているように見えていたのだろう。そしてアビエルもまた、ミシェルと同様な様子だった。
「そんなつもりはないのだが…」
そこで言葉を切り、私は考える。
どうしてミサキに礼を言いたかったのか。それは、ミサキのお陰で命が救われたためだ。しかし、礼を言いたいだけにしては、確かに私の行動は過剰だったように思う。
自身が動かせる兵の全てを持ってして、私はミサキを探した。隣国はもちろんの事、敵国にさえ配下の者を忍ばせてミサキを探らせた。さらに、ミサキと出会った野原へ行けばまた会えるのではないかと、毎日欠かさず足を運んでいた。
今思えば、執心していると言われても仕方がない。そして、そうまでして私がミサキに会いたかったのはなぜか。それは、今日改めてミサキと対面した事で、はっきりと断言できる。
「彼女の言葉が、態度が、私の心を穏やかにするのだ」
裏のない言葉。
仮面のない表情。
偽りのない、笑顔。
それらは、私にとってひどく縁遠いものである。しかし、それをミサキは与えてくれるのだ。10年前に出会った時には、ミサキの言動に理由も分からずなぜか惹かれた。それはきっと、ミサキが与えるそれに、私は無意識にそれを求めたのだろう。もっと欲しい、と。そして、そんな私の欲求は、先程の対面で確実となった。
「安らぎを与えてくれるミサキを、私は欲しているのだろう」
ミサキは私に、何も期待せず、何も求めない。私が王となる事など、ミサキは期待などしていない。私が王子として、または男として何かを与える事など、ミサキは求めていない。
私をだたの1人の人物として接するその言動は、私にとって何よりも安らぎ落ち着きを与える。故に、私はミサキに執心しているのだろう。同時にそれは、私のひどく身勝手な想いでもあった。