白銀の王子様
何がどうしてこうなった。
私の目の前には、片膝をついて私の右手に口付けを落とす男性。ちなみに、例に漏れず美形である。今の私の状況になるまでを説明するには、少し前に遡る。そう、エイダさんが出て行って、再びノックの音が響いた当たりまで。
私はノックの音に、反射的にソファに落としていた腰を上げ、ソファの横へと直立した。そして、身体を扉の前へと向け、ノックに対する返事をする。すると、扉はゆっくりと開かれ、まず初めにオークランドさんが顔を覗かせた。続いて、見知らぬ男性、セスナさん、エイダさんが部屋へと入る。私の視線は、自然と初めて見る男性へと目が行く。そして、その男性もまた美形である。
(美人しかいないとか…ないよね)
オークランドさんといい、セスナさんといい、エイダさんといい、そして目の前に立つこの男性といい、美男美女揃いである。て、あれ。いつの間にか見知らぬ男性が私の目の前に立っている。思わず身を引いた私に、その男性は私の右手を取った。そして、男性は跪いたかと思うと、私の手の甲に唇を落としたのだ。
「!?」
「お久しぶりです。私はずっと、貴方を探しておりました」
そんな事を言い出した男性に、私はぱちくりとその男性を見つめる。煌めく白銀色の髪に美しい緑色の瞳をしている。顔のパーツは全て整っており、まるで人形のようである。肌は陶磁器のように白く滑らかで、背はセスナさんと同じか、少し高いくらいだ。第1印象は冷たく感じるのに、この男性の瞳には何やら熱が込められているように感じる。
それはともかく、ここの人たちにとって美形である事と肌の白さは標準なのだろうか。
「…どうかしましたか?」
「あ、や、いえ…」
私があまりにも見つめていたためか、目の前の男性はきょとんと小首を傾げる。大の大人、しかも男性がそんな仕草をしても全然可愛いわけ、ありました。なぜか子犬を見ているような気分になります。思わず胸が、きゅんとしてしまった。
「あの、私…貴方と会った事、ありましたか?」
なぜだが男性から熱い視線を向けられる私。しかし、私のその問いかけに、男性はとても悲しげな色をその瞳に映した。なぜだろう、美形の人が私の言葉で表情が曇るのは、ひどく心が痛くなる。それはもう、私が悪としか思えないような気分になる。
「…貴女が覚えていないのも、無理はありませんね」
男性の口からは、そんな言葉が漏れる。しかし、それでもなぜか罪悪感が私を襲う。私、そんなに記憶力良くないんです。忘れてしまってすみません。そんな事を私は心で唱えていた。しかし当たり前ながら、そんな謝罪は特に意味をなさない。
「私が貴女にお会いしたのは、私が15の時です」
「?」
この男性が今、いくつなのかは分からないが、恐らく20代半ばくらいと伺える。つまりは、私とこの男性とが出会ったのはおそらく10年前くらいだろう。10年前といえば、私はまだ10歳である。無理だ、私が10歳の時の事なんて覚えていられるわけはない。
「…まずは名を名乗るべきでしたね」
私が真剣に頭を抱えだしそうになる1歩手前で、男性がそう言葉を発する。その言葉に、私はいったん思考を止め、再び男性へ視線を向ける。私とぱちりと目の合うと、にこりと笑みを浮かべた。何か、可愛らしい人だ。
「私の名はミカエルと申します」
男性改め、ミカエルさんはそう言って、自身の胸に手を当てる。そして、恭しくも感じられる礼を1つ、私にする。再び顔を上げたその顔を見つめながら、私の口が開く。
「天使みたい(な名前)ですね」
風貌はさておき、いえ、とてもお綺麗なお顔なので天使と言っても問題はないが。銀髪に緑の瞳だけど。それは良いとして、ミカエルという名前は宗教などで語られる大天使の名前と同じである。その感想を、そのまま口に出した私。しかし、その言葉になぜか目を大きく見開いてしまったミカエルさん。何か変な事を言っただろうか。私はオークランドさんやセスナさん、エイダさんに視線を向ける。しかし、彼らは別段表情を崩していないので、問題ないのだろう。
そう言えば、私はまだ名乗っていない事に気が付き、口を開いた。
「私はミサキ・ヒトトセです。えーと、お久しぶりです?」
一応初対面ではないらしいので、そう言葉をかける。しかし、覚えていないのに挨拶をするのも失礼だったかもしれないと、言った後で不安になる。私はミカエルさんの顔を伺うが、特に気にした様子はない。それに、私はほっと息を吐いた。
「ミサキ。私は貴女の疑問に、できうるかぎり答えるつもりです」
そう言ってミカエルさんは、何でも聞いてくれと言う。その言葉に甘え、私はミカエルさんと私の事を問いかけた。いつ出会ったのか。どういう状況だったのか。事詳しく問いかけた。ちなみに今は、机を挟んで私たちは向かい合って座っている。私の横にはエイダさん、ミカエルさんの左右を挟むようにオークランドさんとセスナさんが経っている。
そうして分かったのは、私がミカエルさんと出会ったのぴったり10年前だという。私、良い線いっているじゃないかと、途中脱線しそうな私の思考を修正しつつ、ミカエルさんの話に耳を傾けた。
「しかし、当時の私は呪いにかかっていたため、見た目は5歳でしたが」
「!」
「どうやら、思い出して頂けたようですね」
5歳という言葉に、私は目を見開いた。
昨日の夢の記憶が思い起こされる。といっても、記憶を思い起こさなければいけないほど、遠い昔の話ではないが。それはともかく、私は昨日の夢で、白銀色の髪に緑の瞳の子供と出会っている。それが、目の前のミカエルさんだった。そうな。
そして、このミカエルさんこそ、アビエルさんたちが使える王子様なのだ。確かに、王子様な雰囲気をまとっている。
けれども、あの子供がミカエルさんだというのならば、1つの矛盾が生じる。それは、私が子供改め、ミカエルさんに出会ったのは昨日である。しかしミカエルさんは、10年前に私と会ったという。それは、私とミカエルさんの間にある、明らかな矛盾点であった。
「私も、全く姿が変わっていないミサキに驚きました」
「もしかしたら、お互いに人違いなんて…」
「それはありません」
ぴしゃりと、速攻で否定される私の言葉。私にはその可能性は十分にありそうに思うのだが、ミカエルさんは私で間違いないという確信があるようだ。
とりあえず、今は詳しく考えずに話を続けた。このままこの話題を続けても、いたちごっこにしかならないように感じたからだ。
「ミサキは、私に贈り物をしてくれたのを覚えていますか?」
「ピアス…じゃなくって、耳飾りの事ですよね」
あの時の子供が本当にミカエルさんなら、ミカエルさんが言う『贈り物』とはピアスの事だろう。そしてふと、私はミカエルさんがそのピアスを耳に付けている事に気が付いた。その事に嬉しさが込み上がるが、同時に疑問も沸いた。
なぜなら、2つのピアスの内の左耳のピアスには、装飾に着けられているマラカイトの石がなかったからだ。そのため、左耳には土台だけのピアスが身に着けられていた。
「貴女が下さった耳飾りのお陰で、私の呪いは解けたのです」
「は、え?」
私が思考している中、聞こえたミカエルさんの言葉。その言葉に思考を戻すも、意味を理解しきれないでいる私。そんな私に、ミカエルさんは自身の左耳に指を当てる。正確に言えばピアスに、である。
「私がこれを身につけた瞬間に呪い解け、代わりに石が砕けました」
呪いとは、先程ミカエルさんがいっていた子供の姿にさせられていたやつだろう。なぜ子供の姿なのかよく分からないが。呪いといえば、カエルではないのだろうか。しかも石で解けるとか聞いた事ない。ここはやっぱり、お姫様のキスとかではないのか。いや、そうなるとキャスティング的に私がお姫様とかになりそうなので、それは却下か。
そんな、思考という名の列車が本題という名の線路から激しく脱線している私に、ミカエルさんは石が身代わりになったのではないかという。この石には何やら不思議な力がありそうだとも。私はミカエルさんの言葉に、脱線した思考を正しい線路へと戻した。
そして続けられる内容から、ミカエルさんの呪いもそうだが、その前にもこの石は人を惑わす魔法をはねのけた事があるそうだ。それが、私と出会った時だという。
ミカエルさんと出会ったあの野原には人を道に迷わせるという傍迷惑な魔法がかけられていたらしい。しかし、ピアスを受け取った後には、その魔法から抜け出す事ができたそうだ。それはこのピアスのお陰であったのではと、ミカエルさんは考えた。
「でも、その後すぐにこの耳飾りを調べさせましたが、何も分かりませんでした」
ミカエルの国の優秀な魔術師の人たちが調べても、魔法のような力は示されなかった。そのため、その時は思い過ごしかと思ったそうだ。しかし、ピアスを身に付けた瞬間に石が砕け、そして呪いが解けた。その時、このピアスには、正確にはこの石には魔法以外の何らかの力があると確信したらしい。
「私も詳しくは知りませんが…そのマラカイトという石には、厄除けや魔除けの効果がと言われています」
「厄除けや魔除け…」
私の言葉を聞き、納得した様子を見せたミカエルさん。そしてまた、自分の考えは正しかったと満足げに笑みを浮かべた。
「この耳飾りを頂かなければ、私はすでにこの世にはいなかったでしょう。貴女は私の命の恩人です」
「いえ、そんな。意図したわけでもないので…」
深々と頭を下げるミカエルさんに、私はたじたじになりながらそう言葉をかける。それでも、ミカエルさんはどうしてもお礼か言いたかったとのだと、頭を上げた今でもなお感謝の意を示している。図らずした事なので、私としてはそこまで礼を言われると申し訳ない気持ちになる。
いかんせん、子供がいる、ピアスしてる、私ピアス持ってる、でも私しないしあげよう、という全然大した事のない気持ちであげたのだから。きっと、私がそんな考えだったとは持ってもみないだろう。この事がばれないよう尽力しようと、私は割とどうでも良いところに力を入れる決意をしたのだった。