身体改め中
私に背を向け歩き出したセスナさん。その足は、真っ直ぐにお城へ向いている。のではなく、裏の方へ回っているようだった。やはり、見ず知らずの人間を、正面から入れるわけにはいかないのだろう。
そんな事を考えながら、私はセスナさんの後を付いていく。お城に入ってからは、景色の変わらない廊下をしばらく進む。暫くして、廊下の角を曲がって部屋の立ち並ぶ廊下を歩いていく。そして、とある扉の前にたどり着くと、セスナさんはその扉を押し開け、部屋の中へ私を誘導した。
「ここで待っていろ。すぐに別の人間がくる」
「分かりました」
セスナさんは私にそれだけ言って、部屋を出て行った。かちゃんという軽い音がして、扉が閉まる。閉ざされた扉をしばらく眺め、私は視線を部屋全体に向けた。
高校の時の教室くらいの広さのある部屋には、立派なソファとテーブル、後は壁際に調度品がいくつか置かれている。流石にお城だけあって、家具の1つ1つがとても立派である。ソファに腰を下ろして足を休ませたいと思うが、私なんぞが座っても良いものかと不安に駆られるほどの物だ。座ろうかどうしようか考えていたところに、扉からノックの音が響いた。私は少し戸惑いつつも、小さく返事のため声を上げた。
「失礼いたします」
私の返事を聞いて、女性の声が返ってくる。そして、声の主と思われる女性が、扉を押し開けてこの部屋に入ってくる。部屋に入ってきた女性の腕には、何やら緑色の布のような物がかけられていた。
「ミサキ・ヒトトセ様ですね」
「あ、はい」
私の名前を確認する女性の言葉に、私はワンテンポ遅れて返事を返す。そんな私の様子を見て、女性は1つ頷いて見せる。そして、私の元まで女性は足を進め、私の目の前に立つ。目の前似たった女性を、私は観察するようじっと見つめた。
ウェーブのかかった茶色い髪に同じ色の瞳。知的な瞳に小さな鼻、ぷるっとした唇はとても魅惑的である。肌は透き通るようにという言葉がぴったりなほど白い。背は私より少し高く、しかし身体の線は私より細い気がする。胸も、私よりも大きいのではないだろうか。落ち込みそうだ。ちなみに、私の身長は一般的より少し高い程度である。
「ミシェル様に伺っております。申し訳ありませんが、服をこちらの物にお召し替え下さい」
「分かりました」
そう言って渡されたのは、女性の腕にかけられていた布。どうやら私の着替えだったようで、広げるとドレスだった。肩はノースリーブで、ウエストから足首までひらりと広がるフレアとフリルを合わせたスカートになっている。や、フリルよりもかなりひだの幅が広いから、ラッフルと言った方が正しいのかも。さらにこのスカート、下地の上の布はレースになっていて、このレースがまた繊細なデザインになっている。そして、上から下まで緑色の布地やレースが使われている。
とてもお高そうである。
「身を改めるのも兼ねておりますので、私の目の前で着替えて頂きます」
ドレスをじっと見つめていた私に、女性がそう言葉をかけた。どうやら、なかなか着替えない私を、女性は自分が見つめているためと思ったようだ。待たせても申し訳ないし、私はさっさと着替えるために自身の服に手をかけた。
女性同士といえど、じっと見られているのは恥ずかしいものだ。真正面で着替える度胸はないが、背中を向けて怪しまれるのも困る。そんな思いから、私は真横を向いて着替えを始めた。着替えながら、ふと疑問が沸く。
「そういえは、貴女のお名前は何と言うのですか?」
「私の名前、ですか」
上着を全て脱いだところで、私は女性にそう問いかける。何やら不思議そうに首を傾げている様子だ。名前を聞くのはおかしな事なのだろうか。それとも、私に名前を教えたくなくて戸惑っているのだろうか。もしそうなら、ちょっと悲しい。
「…エイダ・マクミランと申します」
暫くして、女性改めマクミランさんからそう返答が来た。その返答に、私はマクミランさんの方へ視線を向ける。答えてもらえた事が嬉しくて、私の顔からほろりと笑みが零れた。
「マクミランさんですね。改めまして、私はミサキ・ヒトトセです」
それだけ言って、私は再び着替えを再開する。後はズボンを脱いで、このドレスに着替えるだけである。ズボンを脱ぐのは非常に恥ずかしいところではあるが。恥じていても結局はマクミランさんの前で脱がなければいけないのだから、素早く着替えてしまおう。そう思い、さっさとズボンを脱ぎ、ドレスへと足を入れて身にまとう。二の腕が丸見えなのが、心もとない。そんな事を考えながら、何かおかしいところはないかと自身を見下ろす。まぁ、似合う似合わないはさておき、大丈夫だろう。
「…マクミランさん。これで良いでしょうか?」
「どうぞエイダと、お呼び下さい」
「え?」
マクミランさん改め、て良いのかな。エイダさんから帰ってきたのは、そんな返答だった。思わず聞き返してしまった私に、女性は無表情な顔を私に向けている。その顔を、私はじっと見つめる。対するエイダさんも、私の方へ真っ直ぐに視線を向けていた。しかしその視線は、私の顔ではなく、足元に向けられているように感じる。
「靴が合いませんね」
「はい?」
「直ちに用意いたします」
そう言うや否や、エイダさんは踵を返して部屋を出て行った。私はエイダさんをただぽかんと見つめるしかなかった。だって突然、靴の話になったのだから、仕方ないと言わせて頂きたい。そんな事を考えながら、私はもう1度、自分の姿を見下ろした。
エイダさんの言う通り、確かにドレスにこの靴は合わない。何せ、スニーカーですから。そう自身の姿を評価していると、部屋にノックの音が響く。返事をすると扉か開けられ、その扉から入ってきたのは、つい先程出て行ったエイダさんだった。早い。
「こちらの靴へお履き替えて下さい」
そう言って差し出されたのは、白いピンヒールの靴。パッと見はシンプルだが、ピンヒールの部分に蔦と花の装飾がされている。洒落乙である。
「良くお似合いです。ミサキ様」
「あ、ありがとうございます…エイダさん」
エイダさんの言葉に照れる私。落ち着け私、どう考えてもお世辞やら社交辞令の一種でしょう。そして何気に名前を読んでみたが、エイダさんからは特に何の反応もない。どうやら、さっきのエイダさんの発言は私の聞き間違いではなかったらしい。ただ、気にしていないだけかもしれないが。
「洋服の方はこちらでお預かりさせて頂きます」
「分かりました」
「それでは、暫くこちらでお待ち下さい」
そう言って、エイダさんは私に礼を1つしてから部屋を出て行った。私はエイダさんを見送って、座っても良いものかと戸惑っていたソファに、恐る恐る腰を落とした。柔らかいながらも、適度な反発力のあるソファは、とても良い座り心地である。慣れないドレスと靴に硬くなっていた身が、ほんの少し解れた気がする。そんな、私が微妙に寛いでいるこの部屋に、またノックの音が響いた。