人のち天使のち悪魔
日本では会う事のない程の美形2人に着いて、私は足を進めている。歩き出して、体感時間ではおよそ10分経過していると思う。その間、私は左右の美形男児の話を盗み聞く。
盗み聞くと言っても、彼らは包み隠さず、それはもうオープンに話をしている。そのため、特別耳を澄まさなくても、自然と会話は耳へと入ってくるのだ。
「こんな気の抜けた女が、王子が探していた方とは到底思えない」
「けれど、現に守りの石を持っているだろう?」
「奪ったか盗んだかに決まってる」
「間抜けそうなこの人に、そんな事できるか?まず、する度胸もなさそうだ」
私、酷い言われようである。
内心で大泣きしながら、私は気持ち重たくなった足を動かす。しかし、彼らの会話で少し分かった事がある。
まず、私と同じ形の耳飾りを持っているのは、どこぞの王子様らしい。そしてその王子様は、私の事、あるいは私の持つこのネックレスを探している。私はその2つを手がかりに、心当たりを探した。
(王子様なる人の耳飾りがピアスなら、もしかして…)
ピアスかイヤリングかで、話は大きく異なる。イヤリングの場合、私には全く心当たりはない。しかし、ピアスならば一応心当たりがあるのだ。
夢で出会った子供。夢の中でではあるが、私はその子にピアスをあげた。夢から覚めた後、そのピアスは行方不明となっている。
(でも、正直信じられないなー)
現実で買った物を、夢の中で出会った人物に渡す事ができるわけがない。それに、なくしてまだ1日しか経ってない。隅々まで部屋の中を探したわけでもないし、どこかに転がっていそうな気が大いにする。
(そもそも、今のこの状況自体、夢なんじゃ…)
そんな自分の思考に、私ははっとする。
そう、きっとこれは夢なのだ。夢の中で夢だと気付けた事は1度もないが、多分そうだ。そもそも初めは、夢かあの世かと考えていたではないか。あの世だとして、天国だろうと地獄であろうと、こんな人間くらい天使や悪魔はいないだろう。
そんな事を思いながら、私は両側の美形に目をやる。まぁ、どちらも天使だと言っても問題ないほどの美の持ち主だが。しかし、悪魔と言ってもなぜか私は納得してしまうぞ。人間の皮を被った悪魔。
(あれ?その可能性もなくはない気がしてきた…)
特にセスナさん。天使のような風貌の下には、悪魔のような本性が隠れている気がする。そんな失礼極まりない事を考えながら、私はセスナさんに視線を向ける。すると、セスナさんもこちらを見ており、ぱちりと視線が交わった。
「ひぇ!」
「少し悪意のようなものを感じたが…」
「何だと?やっぱりこいつ、処分した方が良い」
私の間の抜けた悲鳴を無視し、セスナさんとオークランドさんからそんな言葉が漏れる。オークランドの発言に、私はまた1つ悲鳴を漏らす。
処分とか、物騒すぎる。
「待て。これでも手がかりだ。私たちの判断で処分してはまずい」
「っち」
セスナさんに宥められては、オークランドさんは剣にかけていた手を引く。そして、舌打ちを1つと鋭い視線を私に向ける。
「命拾いしたな」
「そのようです」
「…」
オークランドさんの言葉に、私は素直に頷く。や、本当に命拾いした。セスナさんが止めなければ、オークランドさんは本気で切りつけたと思う。だってこの人、冗談とか付けなさそうだもん。
そんな重いから頷いたのだが、どうもオークランドさんはそれが気に入らなかったらしい。現に、私が頷いたのを見て、オークランドさんはその額に青筋を浮かべている。美しくけど、それ以上に怖ろしい。
「肝が座っていのか、緊張感がないのか」
どっちも違うと思う。
セスナさんが呟いたこと言葉に、私はそう心の中で反論する。口に出す何て事はできません、怖いから。主にオークランドさんが。
そんな会話をしているうちに、いつの間にやら目的地に到着していた。1度足を止めた私たちの目の前には、お城がそびえていた。そういえば、この美形たちが仕えている人は『王子』らしいから、お城の中に住んでいてもおかしくはない。
「アビエル、王子に事を知らせてくれ。私は彼女を」
「分かった」
何やら言葉を交わすセスナさんとオークランドさん。私って、本当に置いてきぼりな状態である。少しくらい状況を説明してほしいものである。怖いから言わないけど。とりあえず、私はセスナさんに着いていくことになった。まぁ、オークランドさんに着いていくよりはマシかと思う。
「これから君の身を改める」
「え、それって、あの」
「もちろん、衣類は全て脱いでもらう」
衝撃の発言だ。そして、笑みを浮かべているのに、セスナさんからはなぜだか強制力がある。
そもそも、私はこの人の前でストリップをしないというのだろうか。王子に会うから、危ない物を隠し持っていないか確認するという事だろう。それは別に構わない。身分の高い人に会うのに、身体検査は必須だろう。しかし、できる事ならば女性に確認してほしい。
「ちなみに、立ち会うのって貴方ですか?」
「私に立ち会ってほしいなら、立ち会うが?」
「遠慮願います」
どうやら、セスナさんが改める訳ではないらしい。その事実に、ほっと息を吐くも、女性が改めるとも言っていない。その点について知るため、私はじっとセスナさんを見つめる。直接聞いても良いが、セスナさんと会話すると、なぜか言葉で遊ばれるような気がする。そのため、できれば私の気持ちを察して言葉を返してほしい。そんな期待を込めて、私はセスナさんを見る。
「随分熱い視線だな。そんなに私に見てほしいか?」
「違います」
私からの視線に、セスナさんがそう言葉を返す。駄目だ、セスナさんには私が言葉を発さずとも弄ばれる。そしておそらく、セスナさんは私が何を求めているか分かっているのだろう。そんな感じがする。なんにせよ、セスナさんにはちゃんと言葉で伝えないと私の求める答えは返ってこないだろう。言葉で伝えても、帰ってこない可能性もあるが。
「女性が対応してくれるのでしょうか?」
「望むなら、私が対応するが?」
「丁重にお断りします」
駄目だ、遊ばれている。完全にセスナさんに遊ばれている。顔は美形だが、性格は難ありすぎるよセスナさん。私はもう脱力してしまい、がっくりと肩を落とす。なるようになるしかないような気がしてきた。そして、セスナさんと言葉を交わすのは控えよう。ひどく疲れてしまう。
「君は面白いな」
突然、セスナさんがそんな事を口にする。
私はその言葉に、首を傾げる。ここに来て、特別何か面白い事をした覚えも発言した覚えもない。どちらかと言えば、間の抜けた言動ばかりをしている気がする。自分で思って悲しくなった。
「私の周りの女たちは、喜んで裸を見せるが」
「何ですかその頭沸いた女性たちは」
2度目となるセスナさんからの衝撃発言に、私の口からはついそんな言葉が飛び出る。そして私は、慌てて口に手を当てる。生意気な発言をしてしまった事に加え、つい先程セスナさんとの会話を控えようという思いを忘れていた。私の意志の弱さに、がっくりと肩を落とす。
「…個人的に、君が敵ではない事を願うよ」
「!」
そう発言したセスナさんに、私は目を見開く。そして、私は不覚にもセスナさんに見惚れてしまった。胡散臭い笑みばかり浮かべていたセスナさんが、柔らかな笑みを浮かべているのだ。そんなギャップにセスナさんのお美しい顔が加われば、惚けてしまうのは仕方がない事である。なのでセスナさん、そのにやにやと胡散臭い笑みを浮かべるのはやめて下さい。