2人の美形男児
私たちの元に現れた男性。
光に当たって煌めく白金色の髪と空の色を映す瞳。目はなだらかに細められており、小さめの鼻と口。肌は、最初に出会った男性と同じく白い。背はその男性より低めだが、スタイルはこちらもモデルさんのようである。
(優しげな印象の人だなー)
またもや勝手にそんな評価をする私。その男性は、先程発したのは、私の目の前にいる男性の名前のようだった。アビエル、というのか。もしやと思っていたが、やはり外人さんのようだ。日本語しゃべっているけど。しかしいかんせん、日本人特有ののぺっとした平らな顔をしてもいないし、恐らく間違いないだろう。さっき現れた男性も同様だ。
「ミシェルか」
アビエルと呼ばれた男性が、今し方現れた男性の名前を呼ぶ。どうやら、後から現れた男性の名前はミシェルというらしかった。アビエルと呼ばれた男性、以下アビエルさんは、ミシェルと呼ばれた男性、以下ミシェルさんに事のあらましを説明し出す。その話にはもちろん、私の事も出てくる。結構な言われようであったが、私はアビエルさんの言葉を遮る事なく、無言を貫いた。私は空気が読めるのだ。遮る度胸がなかっただけとも言えるが。
「なるほど。で、その女性の名前は?」
「名前?知らん」
その2人の会話に、私も確かに名乗っていないなと思う。名乗っていないが、名乗られてもいないからお互い様かとも思う。
「貴様、名前は?」
「はぁ。春夏秋冬美咲です」
春夏秋冬と書いて「ひととせ」と読む。春夏秋冬は1年を意味するためだ。この姓は珍しく、正しく1度目で読んで貰った事はない。まぁ、私も自分の姓でなかったら、春夏秋冬を「ひととせ」なんて読めないが。ちなみに、美咲は普通に「みさき」である。
「ヒトトセ?変わった名だな」
「よく言われます」
「ミサキというのも、初めて聞く姓だね」
「よく言われ…ませんよ?」
最初のアビエルさんのセリフは、本当によく言われる。そのため、自然と肯定する言葉が私の口から発せられる。しかし、続くミシェルさんのセリフは、初めてだ。思わず頷きそうになる。そもそも、何やら彼らは勘違いしているようである。よくよく考えると、彼らは外人。ならば、名前は姓・名ではなく、名・姓なのではないだろうか?
「すいません。こちらの言い方だとミサキ・ヒトトセです」
「こちらの、だと?」
訂正した私の言葉に、アビエルさんの表情がまた険しくなる。怖い。
「私の名前はミシェル・セスナ。アビエル」
「っち。アビエル・オークランドだ」
ミシェルさん改めセスナさんに膝で突かれ、アビエルさん改めオークランドさんも名前を告げる。オークランドさんは、私に名前を告げたのはかなり不本意そうである。
「で、その首飾りの事だったけど、ちょっと試させてもらいたい」
「試す?」
「何をする気だ、ミシェル」
セスナさんの言葉に、私だけでなくオークランドさんも疑問を示している。そんな私たちに、セスナさんは笑みを浮かべて見せる。しかし、何となく胡散臭そうな笑みだ。これがいわゆる、腹黒い笑みというものだろうか。
何をされるのか戦々恐々とするが、私に逆らう権利はないのだろう。事実、私の返事を待たず、セスナさんは右手に握っていた杖の頭の方を、私の方へと向けた。魔法使いが持つ杖のように見える。それにどことなく、セスナさんの格好は繊細な装飾のなされた長いローブを身に着けており、それは魔法使いを思わせる。ちなみにオークランドさんの格好は、騎士やら剣士やらを思わせる。
「あの方と同じ効果を持つなら、無効にするはずだ」
「なるほど」
セスナさんの言葉に、オークランドさんは納得したように頷いて見せる。しかし、私には全く分からない。当事者のはずなのに、完全に置いてきぼりな状態である。そんな私に構わず、セスナさんが何やら呪文らしき言葉を紡ぎ出す。オークランドさんはゆっくりと私から離れ、セスナさんの背後に回る。暫くして、セスナさんの持つ杖の先端が淡く光り出したかと思うと、その光が物凄い速さで私に向かってきた。
「!?」
突然の事に、私は思わず目を瞑る。
トラックにぶつかりそうになった時の状況に似ているなと、そんな場違いな事を思う。しかし、衝撃などはなく、丸っきりトラックの時と同じである。私は恐る恐る瞳を開けると、そこにはやや目を見張るセスナさんとオークランドさんがいた。
「まさかとは思ったが…」
「これは本物だね」
何やらまた2人だけで納得している様子の美形男児たち。何が起こったのか分からない私は、一体どうすればいいのだろうか。とりあえず、無言でたたずんでおこう。
「ミサキと言ったな」
「あ、はい」
「私たちに付いてきて欲しい。良いか?」
なぜだろう。問いかけられているのに、その言葉には強制力がある。これが、美形腹黒男児のなせる業か。
そんなくだらない事を考えながら、私は渋々と頷いて見せた。そんな私に満足そうに頷き、セスナさんはオークランドさんに目くばせする。オークランドさんは、驚いた表情をすでに消しており、先程と同じように不満そうな表情を浮かべている。どうやらオークランドさんは、私をとことん疑っているらしい。まぁ、それはセスナさんもだろう。
気持ちを隠さずに表情に浮かべるオークランドさん。気持ちを隠して表情を読ませないセスナさん。対のような存在だなと、私はまたも場違いな事を考えていた。
「では、行こうか」
「はぁ」
「馬鹿な気は起こすなよ」
「はぁ」
気の抜けた返事をする私に、オークランドさんはますます顔を険しくする。多分私、オークランドさんとは相性良くないのだろう。神経質そうなオークランドさんと相性が合う人の方が少なそうではあるが。
「あの、さっき私に何をしたんですか?」
「知りたいか?」
「まぁ、できる事なら」
何やら意味深に返された言葉に、私は曖昧に答える。知りたいかと返されて、ぜひ知りたいなどと強気な発言は、私にはできない。しかし、知りたいという欲求は強い。そんな気持ちがないまぜになり、結局は曖昧な答え方になってしまった。
「まぁ良いか。さっきのは、君に呪いをかけたんだ」
「…は?の、呪い?」
ちょっと大変な発言を聞いてしまった。呪いって、あの呪いだろうか。命を奪ったり、寿命を縮めたり、蛙の姿にしたり、ずっと眠りっぱなしにしたり。後半2つはないか。今現在の私は、蛙にも眠りっぱなしにもなっていない。
「あぁ。だが、それは無効にされた。その首飾りにね」
「これに?」
私のネックレスに指を向けるセスナさん。私は自分のネックレスに手を当てる。とても安く手に入れたネックレスに、呪いを無効にするなど、到底信じられない。私が首を傾げていると、セスナさんはさらに言葉を紡いだ。
「その首飾り、正確には装飾の宝石には悪意を払う力があるんだ」
「え?このマラカイトにですか?」
「マラカイト?そんな名前の宝石は聞いた事ないぞ」
「私も初耳だな」
私の発言に、今度はオークランドさんとセスナさんが首を傾げている。まぁ、私も雑貨屋さんで見るまでは、マラカイトなんていう石は知らなかったし、仕方がない事か。そんな風に自己完結する中、私はペンダントに視線を落とす。
(てか、本当に厄除けの効果あったんだ…?)
トラックに轢かれそうになった時は、所詮は迷信かと考えた。しかし、セスナさんの話を聞く限り、そうでもないかと思い直す。しかし、セットで1575円で売っていたアクセサリーに、呪いを打ち消す力なんてあるのだろうか。思わず半信半疑になってしまう。
そんな思いを胸に、私は美形男児2人に挟まれながら、知らぬ目的地に向かうのだった。