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夢での逢瀬


 お店を出た後、早速購入したアクセサリーを身に着けた。

 アクセサリーを購入した時、すぐに身に着けるのは私の癖のようなものだ。気に入った物を身にまとうと、新しい世界が広がるように感じる。それは、アクセサリーに限らず、洋服やバック、靴などにも言える。それが新しく購入したものだと、なおさらだ。今も、いつもの大学の帰り道が、とても明るく輝いて見えている。気持ちの持ちようだろうけど。

 そんな高まる気持ちのまま、私が住まうアパートにたどり着いた。都心から少し離れているここは、家賃が月3万円の格安アパートである。格安ながら、8畳の1ルームでキッチン、ユニットバス付きと好条件である。さらに、オートロックの玄関は、1人暮らしの女子には心強い。そのオートロックの玄関を潜り、階段で2階まで上がり、自分の部屋の前まで足を進める。


「ふぅ」


 部屋に入り、私は1つ息を吐き出す。大学の教材が詰まった重たい荷物を放り、私は勢いよくベッドへと飛び乗った。ぼふんと鈍い音を立てて、ベッドが私を受け止める。このベッドに飛び込む瞬間が、私の2番目に好きな時である。

 ちなみに1番は、お布団に包まっている時だ。


「ふふ、良いお買い物しちゃったなー」


 ふんふんと意味のない鼻歌を歌いながら、ネックレスに手を当てる。ペンダントを指で摘み、その指で遊ばせる。


「良い気分…何か眠くなってきちゃった」


 気分が良いためか、ベッドに寝転がっているためか。なんだか眠気が襲ってきた。うとうとと瞼が重たくなってきて、私は身体の力を完全に抜く。そして、意識をゆっくりと微睡みに委ねた。


(んー…ん?ここどこ?)


 ふわふわとした気分が、徐々にはっきりとしていく。そして、完全に意識がはっきりとした時、私は見知らぬ場所にたたずんでいた。爽やかな空の下、青々とした草原がそよそよと柔らかい風になびいている。穏やかな光景に、私の顔からぽろりと笑みが自然に零れた。

 そして、私はゆっくりと周囲に視線を向ける。周囲は木々が立ち並んでいて、私が立っている辺りだけ開けた野原になっているみたいだった。そして、その野原には、私以外の人物がいた。


「…」

「こ、こんにちはー」


 私をじっと見つめていたのは、5歳くらいの子供だった。くりっとした緑色の瞳を見開き、まっすぐに視線を向けてくる。そんな視線に耐えられず、私は日本人特有の曖昧な笑みを浮かべて挨拶の言葉を向ける。しかし、子供からの反応はなく、無言で視線を向けてくる。


(ど、どうすれば…?)


 反応のない子供に、頭を抱えたい衝動に駆られる。しかし、ここで頭を抱えたら、完全に変なお姉さんだ。いや、相手は小さな子供。下手したら、この子にとって私はもはやおばさんかもしれない。そう考えると、激しく落ち込んでしまう。


「何が、目的ですか」

「はい?」


 ようやっと発せられた子供の言葉に、私は反射的に首を傾げる。そんな私の言動を一挙一動みのがさないとでもいうかのように、子供はやはりじっと視線を向けてくる。私は私で、何と答えればよいのかと考え込んで無言となる。

 私と子供の間に、柔らかな風が吹き抜けた。子供の、月を彷彿させる白銀色の髪が揺れる。きらきらと煌めくそれに、私の目が奪われる。


「…綺麗」

「え?」


 思わず私の口から漏れ出た言葉に、今度は子供の口から疑問の声が漏れる。そして、さっきの私と同じように首を傾げていた。


「髪が綺麗だなって…」

「…」

「あ、瞳も綺麗だよ」


 私がそう紡ぎ出す言葉に、子供は全く反応してくれない。むしろ、心なしか訝しげな表情を浮かべているように感じる。心が折れそうだ。

 私は心底困った表情を浮かべると、表情も困惑した表情を浮かべていていた。お互い眉を下げ、顔を見合わせている私たちは、傍から見たらきっとおかしな光景なのだろう。ただ、私はどう頑張っても傍から見る方には慣れないけど。


「私を殺しに来たのではないのですか?」

「…は?はい?」


 何だか、子供から酷く物騒な発言が聞こえたような。私はぽかんと子供を見つめる。しかし、どうやら気のせいではないようで、子供はどこか暗い瞳で私を見つめていた。


「…念入りなものですね」

「え?え?」

「私は、この場所からもう抜け出せないというのに」


 先程まで無言だったのが嘘のように、ぽんぽんと子供の口から言葉が出てくる。ただ、その言葉は私へ問いかけるものではなく、どちらかというと独り言のようである。よく分からないが、どうやら子供は私を暗殺者か何かだとでも思っているようだった。いやいや、どこの漫画やアニメの話ですか。あいにく、私は漫画もアニメもあんまり見ないので求める返しはできませんよ。


「えーと、私は君の考えているような者ではありませんよ?」


 子供相手に、私はなぜ敬語なのだろうか。や、しかし、子供も子供らしからぬ敬語である。ついつい移ってしまったのだ。決して、子供の機嫌を損ねないようにしている訳ではない。うん、決して。


「おかしな話だと思うでしょうが、気が付いたらここにいたんですよ」

「…」


 私の言葉に、子供の眉がぴくりと動く。とても子供とは思えない反応であるが、目の前の人物は紛うことなく子供である。それでも、実は小さな大人ではと頭の沸いた事を考え出した私は、改めてまじまじと子供を見つめる。そして私は、ある発見をした。


(ピ、ピアス付けてる…!)


 推定5歳の子供の両耳には、銀色に輝くピアスが付いている。その事実は、私にとっては衝撃だった。だって私は付けていない、というか付けれないのだから。


(あ、ピアスと言えば)


 ピアスで思い出したのは、購入したアクセサリーの事。そのアクセサリーに意識が言った瞬間、私は右手をずっと握りしめていることに気が付いた。その右手には、何かが握られているらしい。私はそっと右手を開くと、そこにはネックレスとセットで購入したピアスがあった。


(なぜに気づかなんだ。私…)


 激しく自分が間抜けのような気がする。溜息が出そうになるのを抑え、再び子供へと視線を向ける。対する子供は、私に視線は向けておらず、何やら考え込んでいる様子で視線を下へ落としていた。

 私は子供に1歩近づいて、子供の目の前に膝を付く。私の行動に、子供は考えるのを止めて私を見上げてくる。そんな子供に、私は右手を差し出して先程まで握っていたピアスを見えるように差し出した。


「?」

「良かったらどうぞ?」


 首を傾げる子供に、私がそう言葉を向ける。すると、子供は驚いた表情を浮かべて、私を再び見上げた。


「君、ピアス付けてるみたいですし。良かったら貰って下さい」

「…呪いか何か」

「や、かかってないから」


 突然失礼極まりない事を発言する子供。かくゆう私も、かなり唐突な行動をしたが。でも、ピアスは私が持っていても意味をなさないものだ。今後、ピアスの穴をあける予定もないし。


「君の瞳とこの石の色、そっくりでしょう?だから良く似合うと思いますよ」


 そう言って、私はずいっと手をさらに子供へ近づける。まぁ、受け取らなければ、それはそれで良いかなとも思っている。私にとっては、ピアスはおまけだから、持っている事にも手放す事にも頓着しない。

 子供はしばらく思案した後、私の手からピアスを受け取った。そして、私から受け取ったピアスをじっと見つめている。その視線は真剣で、まだ呪いか何かあるのではないのかと疑っているように見えた。いや、疑っているなら受け取らないか。


「誰かに、贈る物だったのでは…?」

「え?いや、特には」


 子供の疑問に、私がそう返す。すると、子供はまた真剣な表情を浮かべてピアスを見つめる。そんな子供に、私は声をかけようと口を開くも、その口からは何の音も出てこない。


(あれ?声が出ない…それに、何か、眠たい…)


 声は出ず、意識が段々と微睡んでいく。ふわふわとした感覚が私を包むと同時に、そよそよとなびく風もまた私を包み込んだ。その風に、やや俯き加減の子供の髪がきらきらと揺れる。私はふと、その髪に触れたいという気持ちが沸き上がり、手を伸ばす。ぽんと私の手が子供の頭に触れると、私の意識は完全に落ちた。

 そしてぱちっと、私の目が開く。私の部屋の天井が、視界いっぱいに広がっている。


「夢…?」


 いやにはっきりとした夢だった。

 木々に囲まれた野原。その野原の中にたたずむ5歳くらいの子供。その子供にピアスをあげた私。今思うと、何でピアスをあげようと思ったのか分からない。夢の不思議現象である。


「…ってあれ?ピアスがない」


 寝る直前に握っていたはずのピアスが、今は私の手にない。寝ている時に手放し、どこかに転がってしまったのかと辺りを探す。しかし、ピアスはどこにも見当たらない。


「まさか、本当に夢の子供に…」


 そこまで呟いて、私はないないと首を振る。そう、あるわけがない。不思議な夢を見たのは良い。その夢に、今日購入したピアスが出てくるのも良い。しかし、そのピアスを本当に子供に渡したなんてことは絶対にない。だって非科学的すぎる。


「なくしちゃった、かなぁ」


 私が身に着ける予定は全くなかったが、せっかく購入した物をなくしてしまうとは。私はがっかりと肩を落とし、起こしていた身を再びベッドに横たえさせる。横になった時、再びぼふんとベッドが音を立てた。


「まだ眠いや…もう一眠り…」


 次はベッドの上ではなく、ベッドの中に入り込んでお布団に包まる。柔らかなお布団に包まれ、気持ちの良い睡魔が私を襲う。その睡魔に私は簡単に白旗を上げ、微睡に身を任せた。

 今度は、何の夢も見なかった。



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