本編その3
“彼”はエーファが運んでいった。きっと服でも着替えさるのだろうと考え、フラテルは頼まれた予備の服を持って客間に運んでいた。彼女は一目見た時に“彼”が嫌いになった。嫌いになったという言い方は誇大表現かもしれないが、少なくともとも好意的にはなれていなかった。なんにせよ、彼女は“彼”が嫌だった。
魔法が発動して、煙がはれた先に“彼”とその白い服を見た時、理由は分からないが、“彼”はこの世界にいてはいけないと感じた。その気持ちがあったからこそ、フラテルは塩の代わりとして灰をまいたのだった。
「だけど」
フラテルは廊下を曲がりながら考える。
だけど本当によかったと、フラテルの頬が緩む。“彼”という一抹の不安は残るけれども、実験が成功したのだ。
「これで……」
喜ぶべきことだ、と考えフラテルは再び廊下を曲がる。
次にこの逆が成り立つことを証明できれば報われる、救われる。
フラテルは物心ついたころからエーファのもとで魔法の教育を受け、それに平行して彼女の研究の手伝いをしていた。魔法の教育は彼女と同じ年頃の子が受けられる教育から、優秀な魔術師のところでしか学べないものまで、ありとあらゆる教育を受けた。今ではそこらの魔獣くらいなら一人でも相手ができると彼女は自負している。
ある程度まで成長すると、エーファのしている研究が他の魔術師と比べても群を抜いた研究だということも理解していった。そのせいか、彼女はエーファ以上にその研究に対して誇りを持ち、熱心にエーファの補助を務めていた。しかし、そのことをたまに買い出しに行った先で会う同い年の子供らに話しても理解されず、それだけではなく、多少は知識があるはずのその村の魔術師まで「冗談だろう」と鼻で笑われてきた。
一言でいえば子どもの意地なのだが、彼女にとっては大変なことであり、それからは研究を、エーファを笑った人たちを見返してやるということを考えてきたのだ。
しかし、それ以上に彼女個人の事情もあった。エーファには既にその事情を話し、その上で研究を手伝わせてもらっている。
ここまで考え、彼女の頭の中にひとつ、疑問符が浮かんだ。
「なんでこんな研究を?」
今までは当たり前のように手伝ってきて毎日の習慣のようになってきていたが、習慣ゆえに彼女は実験の内容は重要視していなかった。実験の内容を深く考えたのはそれこそ彼女個人の事情を話すときぐらいだったと思い出す。
フラテルは自分がどこかでエーファからそのことを聞かされていないかと記憶をあさるが、そのような記憶はなく、自分から聞いたことさえなかったと知った。
知ったのはいいが、どうしようかな。
「聞けばいっか」
フラテルの足が止まる。
客間についていた。
久しぶりにキーボードうって疲れました