本編その1
暗い、暗い部屋に二人のローブ姿の人間がいた。
部屋の隅にある入口と思われる穴から幽かに光が差し込んでいる。その光から二人の羽織っているローブが藍色のローブと黒色のローブであることが分かる。
二人の傍には台のようなものがあり、その上には紐で束ねた紙や、何らかの羽根で作られたペンが横たわっている。部屋は大きめの円形となっていて、壁には数メートルおきに突起物があり、そこには橙色の火が灯っている。
「えっと、成功したの? フラテルちゃん」
藍色のローブが恐る恐るといった風に黒色のローブに尋ねる。
「知りませんよ。私に聞かないでください」
藍色のローブの問いに対し、吐き捨てるように言う。
二人が見つめる先には直径が成人男性くらいの大きさの円がある。円には様々な形の文字が記されており、所々には生物の絵が記されていた。そして二人が眺めているのはその中に立ち込める煙である。
二人が見つめる中煙は二人の方へ流れていく。
「うっ!」
「く、臭いわ!!」
その煙から吐き気を与える、強烈な臭いが漂ってきた。
鼻の奥に響くその臭いは二人を壁へ追いやる。
「臭い、臭いわフラテルちゃん」
「いえ、それはさっき聞きましたが……。とりあえず、煙を払ってみましょうか」
フラテルと呼ばれた黒色のローブが近くの羊皮紙を手に取り、口元をローブの袖で押さえながら、部屋に溜まる煙を扇ぐ。もはや一種の攻撃じゃないかなどと心中では思いながら、しかしこの結果となることは予想の範疇であっったのも事実だった。
しかし、臭いものは臭い。
結果が予想できても、程度が予想できていなかった。
「まさか、こんなに臭いとはねぇ」
「いや、しんみりしていないで扇ぐの手伝ってくださいよ!」
「え? 『扇ぐ』って、何を?」
「…………」
「……?」
「……ふ」
「ふ?」
「ふっざけんなぁ!!」
「ひいっ!?」
フラテルの手の中で羊皮紙が音を立てて握り潰された。
「フラテルちゃん、それって今回の陣のレポートなんだけど……」
「知るかぁ!」
フラテルは有無を言わさず、声を張り上げる。
瞬間、紅の光がフラテルの手から放たれる。放たれた光は尾を残しながら腕を伝う。
「――――!!」
フラテルの叫びに呼応するかのように、紅い光はひときわ明るく輝き、彼女の手から羊皮紙へと移った。フラテルは光を纏っている羊皮紙の束を、頭の後ろまで持ち上げ、勢いをつけて、ほぼ力任せに藍色のローブの頭の部分に向けて投擲した。羊皮紙は空気を裂き、光の尾を引きながら今にも標的を討ち取らんと藍色コートに迫る。
音を立てて迫りくる羊皮紙を前に、藍色のローブが妖しく笑った。
「!!」
次の瞬間、金属を擦り合わせたような、甲高い音を響かせながら羊皮紙が弾き飛ばされ、宙を舞った。空中で回転する羊皮紙は、綺麗に藍色のローブの手の中に収まった。
藍色のローブは口元に笑みを浮かべながら自らの手元にある、飛ばされた時の摩擦で若干焦げている羊皮紙を振りながら余裕を持って言う。
「だめじゃない、フラテルちゃん。人に向けてそんな魔法を使ったら」
「くうっ」
「まあでもその程度の魔法ならこのローブだけでも十分に防げるのよ?」
藍色のローブはローブの裾を持ちひらひらと振る。ローブがひらめく度に見える脚の線が妙に艶めかしく、男ならその脚に見惚れて会話どころではなくなりそうだが、女性同士だからそんなことは起きない、わけでもなく、フラテルの頬はほんのりと林檎色に染まっている。それでも藍色のローブをきつく睨もうとしているフラテルを満足げに眺めながら、藍色のローブは一言、唱える。
「――――」
その一言と共に火が灯り、羊皮紙を燃やしていく。
「それでもフラテルちゃんがこんな危ないことに使ってしまうようなものは処分しておかないとね」
そのまま羊皮紙の半分ほどが燃えたところで、フラテルが思い出したように声をかける。
「そういえばその羊皮紙って、今回のレポートなのでは?」
「あぁ!!」
藍色のローブは慌てて火を消そうと床に羊皮紙を叩き付けるが、大半が燃え、事細かに研究を記していたレポートが再起不能になったことが分かると、いっそ全部燃えてしまえともう一度羊皮紙に火をつけるが、その火がローブに燃え移り、今度はローブが燃え始める。藍色のローブはローブの火を足で踏んで消そうとするが、一向に消火できず、むしろさらに燃え広がっていく火に耐えられなくなり、ローブを脱ぎ捨て、その場にへたり込んだ。