~非日常~
日も沈みかけた夕暮れ時、草薙世奈は交通量の少ない静かな道を歩いていた。
背中には静かに寝息を立てる幼馴染の木師楓がいる。
彼女はやわらかな表情を浮かべながら寝言を呟いている。
(うぅ、どうしよう)
草薙世奈はそんな幼馴染を背負いながらあることで悩んでいた。幼馴染のよだれが服にかかるからではない。今の彼にとっての問題は他にある。他の問題とは単純明快。
(む、胸が)
純情なのだろうか、彼は顔を耳まで真っ赤に染めて、この状況から脱する術を探していた。
しかし幾度考えても良いアイデアは見つからず、仕方なく彼女を背負い家まで送りとどけるため道を急ぐ。
そんな彼らの後を二人の人間がつけていた。
一人は髪の毛が少し長めの男で白を基調とした制服に身を包んでいる。
もう一人は髪の毛が長く、一歩間違えれば幼児体型と間違えられそうな女で、こちらも白を基調とした制服に身を包んでいる。
そう、彼らは木師楓が誇る取り巻きたち、ゆかいな仲間α(♂)とゆかいな仲間β(♀)である。
「そういえばさ、前々から思ってたんだけどウチの制服って――――」
「しっ! 移動するみたいよ!」
ゆかいな仲間βは草薙世奈が木師楓を背負い直したのを見て、話しかけてきたゆかいな仲間αの口を塞ぐ。
彼らは草薙世奈が木師楓に手を出さないように見張る、という名目で――実際には理由はそれだけではないのだが――二人をストーキングしていた。
草薙世奈が路地に入る。
ゆかいな仲間αとゆかいな仲間βは小走りで草薙世奈が入っていった路地に近づく。
「なあなあ、ゆかいな仲間βさんや、俺そろそろ帰らないと」
「学校の外でその呼び方はやめてくれる? はぁ、二人だけのときくらい名前で呼んでよ」
「うん? 何か言った?」
小声で言ったつもりのゆかいな仲間βの言葉をゆかいな仲間αの耳が拾う。
「な、何も言ってない!」
全力で否定していたゆかいな仲間βの視界から、突如草薙世奈の姿が消えた。
「あっ!」
ゆかいな仲間βはゆかいな仲間αの手をつかみ路地を出る。
しかし路地の先に彼らの姿はなかった。
「ふう、やっと着いた」
草薙世奈は友人が自分を付けていることなど知らないままに木師楓の家に到着した。
道中彼の頭の中で繰り広げられた試行錯誤も、目標を達成してみれば若干あっけなく、馬鹿らしく感じるもので、彼も例外ではなく、学校から彼女の家まで出考えていたことを馬鹿らしく感じていた。彼はそのまましばらく自暴自棄に陥らんとしていたが、背中に感じる感触から現実に戻される。そして木師楓を背中に負ぶったままだったということを思い出し、ゆっくりと、丁寧に彼女を降ろす。
「おい、着いたぞ。起きろ」
草薙世奈に肩をゆすられた木師楓はまだ寝むり足りなさそうに大きい欠伸をした後、ふらふらと立ちあがって家に向かおうとする。その様子があまりにも危なっかしく、見かねた草薙世奈は彼女に向かって声をかけた。
「そんなふらふらで大丈夫か?」
その一言で木師楓は勢いよく振り向き目を見開く。
そして勢いを殺さずに後ずさる。
「ななな、な、何でここにいるの!?」
「いや、俺が楓を家まで送ったんだ」
草薙世奈のその言葉を聞き、木師楓は何かに気づき、慌てて自分の体全体を隈なく触る。そして両手で自分を抱き、草薙世奈に向き直る。
「変態!」
「いや、何もしてないからね?」
そのまま二人は草薙世奈が木師楓を触ったか否か、変態か否か、果てには現代社会はあーだこーだと言い争いを始めるが、割愛。
結局、二人の討論は十分ほど続いた。お互いの意見がうまくまとまらなかったのか、木師楓は頬を膨らませ、ドアに向かっていく。しかし何か思い出したようにドアの前で立ち止まると、草薙世奈の方へ向き直る。そのまましばらく何か言いたそうにしていたが、諦めたように溜息を吐くと、踵を返し「またね」と一言だけ言い放ち、家の中に入っていった。
簗祇と鉈峰に頼まれた仕事も終わったし、と彼は、家に帰るためバス停を探す。
「確かこの近くにバス停が……」
パン屋――最近のおすすめ! エスカルゴパン――を通り過ぎ、交番――指名手配の紙がびっしりと張ってある――を通り過ぎ、空き地を通りすぎる。
そこで彼は何かを感じた。
草薙世奈は立ち止まり、何かに引き寄せられるように空き地へ向かう。
自分の意識とは関係なく足が動いていく。
彼自身、何をしているのかは分からない。
こんな何もないただ広いだけの空き地に何故向かうのか。
自分は一体何をしているのか。
分からないまま草薙世奈は空き地の中心に立つ。
そのまま立ち続けると思われた。
しかし彼は我に返り、バス停探しに戻ろうとする。
その時、足下を光が走った。
「!」
彼は自分の足下を走ったものを眼で探す。
光は地面に図形を描いていく。
円を描き、他角形を描き、文字らしきものを描き。
光は輝きを増す。
神秘的であり恐怖さえ抱かせるその光はしだいに草薙世奈を覆い始める。
覆われるにつれ草薙世奈の意識はこの世界から消えていく。
消えゆく意識の中で彼の耳に声が響く。
幼さの残った声が響く。
「お迎えにあがりました。草薙世奈さん」
遅れましたごめんなさい。
やっとプロローグが終わりました。
次から本編(?)です。
よろしくお願いします!