第六十五話 ピクチャレスの覚醒 後
「チーム・ムツキと戦闘訓練をしたい」
放課後、ピクチャレスから僕に掛かってきた電話は、端的に言えばそんな内容だった。
僕は少し怪訝に思ったが、他でもない友達のピクチャレスの頼みである。対多人数、対P2戦闘という意味では、ピクチャレスは確かに訓練不足なのかもしれない。僕はその頼みを承諾した。
前述したように、チーム・ムツキは完璧超人ばかりではない。ピクチャレスの射撃の腕前が良ければ、四対一でも負けてしまう可能性はありえた。とはいえあくまで「訓練」である。負けても特に困るということはない。
僕らは広大なグラウンドの一角でピクチャレスを待つ。遮蔽物は無い。まさか遠くから狙撃してくるのじゃないかとびくびくしていたが、そんな僕の考えとは裏腹に、ピクチャレスと猫又のモーツァルトは現れた。
「制限時間なしの一本勝負。顔は狙わない。身体の傷は戦闘終了後に私が治す。この条件でいいわね?」
黒くつややかな毛をしたモーツァルトが、人間たちの勝負を仕切る。モーツァルトは馬鹿ではないので、高いところに昇りたがったりはしないのが良いところだ。
僕たちは――チーム・ムツキは――銃を引き抜く。四対一。数の上では圧倒的にこちらが有利だ。四つの銃口がピクチャレスを捉える。
「じゃあ、早速試させてもらう」
ピクチャレスがそう言った瞬間――僕らの銃は一斉に自分のほうを向いていた。親指がトリガーに掛かっている。いつもの調子で引き金を引いていたら危うく自滅するところだった。僕はもう一度銃を持ち直し――それがまた自分のほうを向いているのを確認する。
僕はぞっとした。
間違いない。これはP2だ。ピクチャレスが何らかのP2を使っている。平安部の雅が伝授したものか、それとも新たな能力に覚醒したのかは分からないが――これでは銃は使い物にならない。
「うおおおおおおー」天川ヤヨイが銃を捨て、ピクチャレスに殴りかかる。だが。
「ははは。それじゃ当たらないよ」天川ヤヨイは見当違いな方に拳のラッシュを繰り出し、その能力は発動されない。
超スピードでもサイコキネシスでもない。攻撃の方向が変わってしまっている。それがヒントだ。
僕はサイコキネシスで地面を抉り、その抉った土くれをピクチャレスに向けて飛ばす。それを、ピクチャレスは身体を動かして避けた。だが一部は足にかかる。ピクチャレスの能力は無敵ではない。
「さすが、ザ・トリガーといったところか。もうこちらのP2の本質に気づいたようだな」
方向を変える能力。よくわからないがそれだけは確実のようだ。僕はサイコキネシスでピクチャレスを狙おうとして……盛大にずっこけた。踏み出した足の方向が変わってしまっている。立ち上がろうともがくが、その試みの全てが失敗に終わる。僕は立ち上がれない。いや、僕だけではない。チーム・ムツキの全員が転び、倒れてしまっている。
「相撲ならここで勝負ありだが――ザ・トリガー。お前の能力、無差別サイコキネシスならここからの逆転も可能だろう。だからまず最初に、お前を倒しておくことにする」
ピクチャレスの冷静な銃口が僕を狙う。
だが、僕は無差別サイコキネシスを使う代わりに、ピクチャレスの眼前でごく軽い旋風を巻き起こした。ピクチャレスが、思わず目を瞑る。その瞬間、僕は立ち上がって、ピクチャレスの身体にしがみついた。
「くっ! 離れろ! くそっ!」
「嫌だね!!」
そのまま僕はピクチャレスと一緒に転がり、土まみれになる。
その間に、ゆるやかで巨大なサイコキネシス――旋風が、僕を中心として巻き起こる。砂が宙を舞い、身体にぱしぱしと当たる音がする。無論、こんなものはダメージにはならない。だがピクチャレスは、勢いを増す砂嵐のせいで目を開けることができない。それは僕も同じである。目を閉じたまま、僕は言う。
「そのP2――『方向転換』とでも言うべきか――『目で見てないと』使えないんだろう? 方向転換させるには、対称を特定しなきゃいけないし、どっちを向ければいいのかも、目で見てなきゃわからない。超スピードで動いているわけでも、時を止めているわけでもない。目で見えない速度で飛んできている弾を、方向転換できる保証も無い。だからまず銃を使えなくした……そうだろ?」
「もう見抜かれたのか――」僕のマウントポジション。ピクチャレスは抵抗をやめ、力を抜く。
「そこまで! 勝負あり!」モーツァルトの高い声が響く。
僕がサイコキネシスを止めて目を開くと、チーム・ムツキは既に立ち上がり、銃を構え直していた。
「実は……記憶が戻ったんだ。それでP2も元に戻った」ピクチャレスは地に倒れたまま、弱弱しく言った。
僕は驚いた。ピクチャレスの過去に何があったのだろうと思いを馳せる。
「以前……俺はこの能力と銃で、何人もの人を殺してきた……それでも、まだ友達でいてくれるか?」
「もちろんだ」問われるまでもなく、僕の答えはもう決まっていた。
ピクチャレスは、僕の差し出した手を握り返して、おもむろに立ち上がった。ピクチャレスの名誉のために付け加えれば、その目に浮かんでいた涙は、きっと目にゴミが入ったせいに違いなかった。