第六十四話 ピクチャレスの覚醒 前
「どっかに盗聴器でも仕掛けられてるのかねえ……」
「ザ・トリガー、薙高七不思議の一つ、『雲外鏡』を撃破!!」
「『雲外鏡』が明らかにしたモノボード事件の真相とは!?」
僕はケータイで学園SNSの日刊薙高新聞を見やりながら、呟く。薙高に関する情報の伝達速度はすさまじく、昨日の件がまるで見ていたかのようにニュースに反映されている。
僕たちの中に密告者がいるんじゃないかと疑ってみたが、別に居たとしてもそんなにデメリットがあるわけでもない。むしろ新聞部が第一次モノボード事件の悲惨な実情を知ることは、モノボード対策にとってはプラスになるともいえる。
それにしても、問題なのは記憶抹消者たちの行動だ。ムツキに聞いた限りでは、イレイサーは魔王・藤王アキラや陰陽師・邪ツカサらと一緒になって、何らかのアクションを起こそうとしているらしい。
モノボード絡みともなれば、僕も結局、いやおうなしに巻き込まれるだろう。それまでに、なんとかこちらの戦力も揃えておきたい。
とはいっても、チーム・ムツキはぜんぜんモノボード対策向きではない。
情報収集だけ取ってみれば、まあ小早川ムツキの遠隔透視は完璧に近い能力だと言える。
だが、木村カエデの音声消去は暗殺向きの能力であり、対モノボード戦ではいまいち使いどころが分からない能力だ。また、アタッカーの天川ヤヨイの能力カップラーメンも、至近距離での戦闘に秀でるというだけで、銃撃戦の前には無力に近いものがある。
となると、残るはアタッカー二番手の僕だが、僕には銃弾をサイコキネシスで必中させる程度の能力しかない。これはこれですごい能力だとは思うが、いかな魔弾の射手といえど、銃弾が効かない敵の前では意味が無い。
弾丸を撃ち落とすタイムリピーター、弾丸を逸らし霧と化すヴァンパイア、銀の弾丸しか効かない悪魔、そしておそらくは――モノボードにも銃弾は効かないだろう。
いまだ輪郭さえ掴めない敵に立ち向かうには、僕らはあまりに戦力不足だと言えた。
かといって、チーム「ピクチャレス」は役に立たない。P2持ちではない、ただの軍事部一年生の寄せ集めである。数の暴力というものはあるのかもしれないが、ことモノボード対策という意味では、数で圧倒するという作戦も効きそうにない。
なにしろあのタイムリピーター、遮断のトキコでさえ、屋上ごと、あるいは図書館の一角ごと爆破しなければ倒せなかったのである。それに加えて、相手は神になろうという存在なのだ。単独で現出しようとする以上、自己修復能力くらいは備えているだろう。
某アニメみたいにN2地雷でも使うか――いやそれでも時間稼ぎくらいにしかならないか――思考が危険な方向に傾いていく。
見えやすい場所に弱点でもあればいいのだが、残念ながら、現実はそう簡単ではない。
そんなことを考えながら、僕は生徒会から渡された「目の無い、笑う黒猫のキーホルダー」を弄っている。第一次モノボード事件との数少ない共通点。岡崎キョウコの所有物。
「岡崎キョウコ。依然、意識不明……か」僕は見舞いに行こうかどうか逡巡する。
一方、ピクチャレスは学校を休んでいた。山岸ミノリに引き続き、風邪でも引いたのだろうか。僕は心配になって、ムツキに、遠隔透視を依頼した。
ムツキは「他人のプライバシーは尊重するように」とかなんとかいいながら、その能力を起動する。
結論。ピクチャレスはベッドに寝てはいない。猫又のモーツァルトと一緒に、PCの画面に釘付けになっている。
ピクチャレスは平日の真っ昼間から、モーツァルトと一緒に何をしているんだろう。
その時、僕はなぜか、何があろうとピクチャレスの記憶が戻ることなどありえないと、そんな楽観的な見通しを信じ込んでいたのだった。