第六十二話 雲外鏡
そして時刻は深夜11時半。チーム・ムツキ+藤沢カオリは、懐中電灯を片手に旧校舎二階にいた。
「きゃーこわいー」藤沢カオリがバレバレの演技をしつつ僕の腕を引っ張る。
「べ、別に私は怖くなんかないんだからね!」僕のもう片方の腕を引っ張りながら、小早川ムツキが強がりを言う。
木村カエデは赤面しながら、天川ヤヨイは笑いながら、その様子を見守っている。
なるほど、ムツキは「お化け」や「妖怪」がダメなタイプなのか……だからあんなに反対したのか。オカルト部に入っていて悪魔学にも通じているのにお化けがダメとは思わなかった。ムツキは一体どんな精神構造をしているのだろうか。
「ムツキ、遠隔透視で」「嫌」
偵察行為は却下されてしまった。廊下のつきあたり。自分達で歩いて行ってみるしかなさそうだ。
コツコツコツ。懐中電灯で照らし出された暗がりの中に、靴音だけが響く。
いや。
誰か前方から接近してくる者がいた。
「やあ、来訪者諸君」
それはどう見ても「僕」だった。僕たちは言葉を失う。
「そうだよ。君達の想像通り、僕は彼のドッペルゲンガーだ。ということはつまり……彼の死期は近いってことだね!ヒャハハハハハハ!!」
「おい」僕はそいつに声を掛ける。
「まさかとは思うが……全部コピーしやがったのか?」
「ああその通りさ!黒木シュンという名前も!ザ・トリガーという通り名も!能力サイコキネシスも!全部コピーし」
「この馬鹿がッ!!」
僕は全員に伏せるように命じる。直後、旧校舎内を衝撃が走った。一部のガラスが割れて落ちる。
「……な、何だ? 何が起きた? 地震か?」妖怪が呟く。
「あのなあ馬鹿妖怪。二度と言わんからよく聴けよ。ザ・トリガーが『二人も』居て!『何も起きない』わけがないだろうがッ!!」
ザ・トリガーの本来の能力は、サイコキネシスなどという生易しいものではない。引き金引き。トラブルメーカー。その時々に起こり得るありとあらゆる災厄が、一斉に襲いかかってくるのである。
「あ――」ようやく合点がいったらしい黒木シュン二号は、いまさらのように周囲を警戒する。
「我らが名は、グーシオン、ブエル、ボティス。大悪魔アガリアレプト様の配下である……」
地の底からの声が響く。
「こいつです。コイツが黒木シュンです」僕はドッペルゲンガーを指さす。
「ああっ! ずるいぞ! 違います悪魔様! あっちが本物です! 私は偽物! イミテーション!そのくらい分かりますよね? ね?」
黒い影が形を成し、紫のローブを着た人面の猿、周りに獣の手脚を生やしたヒトデ、剣を持った角の生えた人間、などの異様な姿が顕わになる。
「本物がどっちでもかまわん!! 大悪魔アガリアレプト様を、そして魔王アスタロト様を侮った罪は重い!! ザ・トリガーよ!! 苦しみもがいて死ね!!」
「そう簡単に死ぬつもりはないな」
僕は猿めがけて二発の銃弾を撃ち込む。だが、効かない。
「悪魔に銃弾など効かぬ!!」得意がる悪魔連中。
「おかしいなー。あんたらの大将アガリアレプトには効いたんだけどなー。もしかしてあんたらアガリアレプトより強いのかな? この件で悪魔の序列が逆転しちゃうかもなー?」
僕の台詞に、悪魔たちが一斉に反論する。
「ア、アガリアレプト様といえど、あのような不平等な場所で戦えば傷つくこともある!」「そ、そうだ。幽閉結界の中で戦うこと自体がインチキだ!」「我等はあくまでアガリアレプト様の配下! 序列を逆転させるつもりなど無い!」
「なら現在、魔王アスタロトの庇護下にある僕を襲うとはどういうつもりだ? そんなに序列が大切なら、こんなところで奇襲などせず、必要な手続きを踏んで上司に異議申立てをしろよオイ」
「そ、それは……」魔王の名を出されて、悪魔たちの威勢が衰えていく。
そこに、弾倉を入れ替えたムツキの銃撃がダメ押しのように続く。悪魔たちのボディにはいくつもの穴が開き、ありえぬはずの出血が始まる。
「実体化した悪魔には銀の弾丸が効くわ!」ムツキはヴァンパイアやお化けは怖くても、悪魔相手なら何も怖くないらしい。よくわからないが、用心深く銀の弾丸を準備しておいてくれて助かった。
「おいドッペルゲンガー。いや『雲外鏡』。お前も手伝えよ」
「お前、俺の正体をどうやって……」
「姿かたちが『左右逆』なんだよ。流れ弾でお前の本体である『鏡』を壊されたくなかったら、さっさと僕と一緒にサイコキネシスを使え」
「「さあ、逆襲の時間だ」」
銀の弾丸で傷ついた悪魔、グーシオン、ブエル、ボティスの三体は、僕とドッペルゲンガーの無差別サイコキネシスの重ね掛けをくらって、あっけなく千切れ飛んだ。
戦闘が終わると同時に、ドッペルゲンガーが消える。
案の定、廊下のつきあたりには、大きな鏡があった。妖怪、雲外鏡の本体である。そして鏡から現れたのは、ムツキの姿をした、しおらしいドッペルゲンガーであった。ムツキの顔が若干引きつっているが、それはまあどうでもいい。
「さて、と。10年前の真相、たっぷり聞かせてもらおうじゃないか」