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第六十話 五徳猫

 日本の古い妖怪図鑑、鳥山石燕とりやませきえん百器徒然袋ひゃっきつれづれぶくろ」によれば、猫又が火を起こすことがあるという。その猫又は、頭に王冠のように「五徳ごとく」を被り、火吹き竹で囲炉裏の火を起こす図で知られている。

 人間は火を扱う。動物はそれができない。長い間、それは神秘的な差異だったし、これからもそうであり続けるだろう。

 唯一、今を生きる猫又であり、陰陽五行を操れるモーツァルトという黒猫の存在を除いては。

 

 人語を喋る猫又のモーツァルトは、最近ピクチャレスの家に居候していた。表向きの理由は、邪の使う式神がうるさくて夜寝れないから、というものだったが、無論、そこには裏の理由があった。

 音無ヨウイチ、通称ピクチャレスは平安部の実働部隊「みやび」に所属している。そしてピクチャレスが知るところによれば、雅では、P2を持たない人間が自然界から独立したP2――式神――を操るという方法で、なかば無理やりに超能力者モドキを量産している。

 本音を言えば、モーツァルトは、そのやりくちが気に入らないのである。人間には、分相応の能力と役割というものがある。式神を操ることはそのことわりに背く行為だと、そう信じているのである。

 能力は、人間や自然そのものに宿るものであって、好き勝手に第三者が弄んでいいものではない。それがモーツァルトの信念だった。


「あなたの瞬間記憶能力ピクチャレスは、本来はP2だったはずなの」

 モーツァルトは、言い切った。

 そして邪はそれを放置した。邪の性格からして、黙認したと受け取ってよいだろう。

 

 蛍光灯に照らされたピクチャレスの部屋の中、モーツァルトは手慣れた動作で、PCのスイッチを入れる。OSシルバースネイルがすぐに起動し、ブラウザは学園SNSにピクチャレスのアカウントでログインする。

 そこには、人工知能搭載の検索エンジンが待っていた。その名をスクナヒコという。スクナヒコは――藤王アキラが作ったという以外に――その存在をあまり公にしたことはない。しかし。

 

 「薙高の生徒たちにとって、スクナヒコのことは公然の秘密になっているの。アクセスするにはただ、『こんにちはスクナヒコ』と入力すればいい」

 

 ピクチャレスが言われるがままにそう入力すると、瞬時に画面が切り替わる。

 

「こんにちは、モーツァルト&ピクチャレス。こちらスクナヒコ。ただいま絶賛アイドリング中。ああ退屈で死にそうだ。そちらのインターネットの回線状態は良好ですか? 必要なら音声回線を開けますが?」

「音声でお願い」そうモーツァルトが呟くと、唐突にPCのスピーカーから声が垂れ流される。

「初めましてピクチャレス。いや音無ヨウイチ君。前回はあまり手助けできなくて済まなかったね。いちおう横島ツカサ君が事態を収めたようだけれど」

 

時間遡行タイムリピート戦争のことか……」遡る事一週間、ピクチャレスはザ・トリガーと共に、二人のタイムリピーターを相手に戦闘を繰り広げたばかりだった。

 

「そうだよ。スクナヒコは何でもお見通しさ。もっとも、メールの送信みたいな能動的介入は、最小限しかできないけれどね。あのときはザ・トリガーが早朝に学園SNSでニュースを見てくれたおかげで、かろうじて介入に成功したんだ。いやあ焦ったよ。同じ日が二回も来ることなんてめったにないからね。システムのバグを疑って、何度も自分自身をスキャンしたり……おっと、話が逸れてしまったね。で、今回スクナヒコに検索してほしいのは一体何かな?」


「検索してほしいのは、ピクチャレスの過去のことよ。『バジリスク』という組織があったはずなの。おそらくその組織はイレイサーに壊滅させられているけど、何か情報は残っていないかしら」モーツァルトが質問する。

「なんだそのことか! もちろんスクナヒコは知っているよ。スクナヒコは藤王アキラの命令で、バジリスクのサーバが物理的に破壊されるその瞬間まで、通信内容を傍受していたんだからね」

「な……」ピクチャレスは言葉を失う。


それを聞いて、スクナヒコの声色が少し変わる。

「ピクチャレス。君には辛い事実かもしれないが、過去の君は冷酷非情なテロリストだった。米帝の支援を受けて、薙刀学園を粉砕するという悪事に加担する組織の、その一兵卒にすぎなかったんだ。それでも知りたいかい? 君の過去を。イレイサーによって消され、隠されてしまった君の真の能力を」


「そんなことをペラペラ喋っていいのか? 俺がまたテロリストに戻る可能性だって……」

「藤王アキラには『黙っていろ』とは言われなかった。だから少なくともこの検索結果についてはスクナヒコは中立だよ。スクナヒコは誰の味方でも敵でもないんだ。信じるも信じないも君の自由さ」

 

 しばらく間を置いて。

 

「ところでモーツァルト。まるで君は五徳猫だね」とスクナヒコが呟いた。

 

 モーツァルトは、自分を古臭い妖怪呼ばわりする台詞に眉をしかめる。

 

「いまこそ囲炉裏に火を付け、失われた二徳を取り戻すんだ。『平家物語』の作者とされる信濃前司行長しなののぜんじゆきなが。七徳の賢者よ、再びこの世によみがえれ!ってね。あー、ここ、笑うところだよ? スクナヒコ流のジョークはちょっと分かりにくかったかな?」

 

 その台詞に悪意は欠片もなく。それゆえにスクナヒコのジョークは、むなしく空振りに終わった。

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