第五十五話 生徒総会
僕の名前は黒木シュン。通称、ザ・トリガー。薙刀高校に通う、少し非凡な超能力少年だ。
厄介なことに、そして残念なことに、僕の能力と存在はあらゆるトラブルの種となる類のものであり、僕は強制的に波乱万丈の人生を歩んでしまうことになっている。らしい。
そんな僕は、タイムリピーター遮断のトキコによって、アンチ・モノボードとして認定され、様々なイベントの発生に翻弄される生活を送っていた。
悪魔アガリアレプトとの交戦。スウマキツミとの接触。屋上爆破事件。第一次モノボード狩り。図書館爆破事件。
また、モノボードを見分ける特殊能力を持つ、相貌失認症の山岸ミノリ病欠の間に、野良猫のクロを巡るタイムリピーターとの戦争が勃発し、僕とピクチャレスは藤王アキラと邪ツカサの助力を得てタイムリピーターをなんとか撃退することに成功した。
そして時は五月後半、山岸ミノリの復帰と共に、今度こそモノボード対策が進むかに思われた。だが。
「ごめんなさい。今回は見分けがつかないです……」山岸ミノリの発言に、チーム・ムツキのメンバーはため息を漏らす。
案の定、今回のモノボードは、薄く広く汚染をばらまいていた。新聞部員の数名に怪しい兆候があった程度で、他の生徒にどの程度汚染が広がっているのかは、分からないという。あるいはこうしている間にも、薙高新聞を経由して、全生徒に汚染を広げているのかもしれない。
「最終的にモノボード化できれば、その課程は問わない、といったところかしら」小早川ムツキが考察する。
「おそらくそうだろう」僕が発言する。
「誰でもいいから不特定多数をモノボード化してしまえば、あとはどうとでもなる。そういう方法に切り替えたんだろうな」
協力を仰ごうにも、新聞部の部長、最上ヒデアキと僕は事実上敵対している。また、報道の自由という権利もある。新聞経由のモノボード汚染の事実を知ってもなお、新聞部はその報道をやめることはないだろう。
「そういえばお姉さま、今日は生徒総会の日ですよ」木村カエデが目を輝かせる。
「生徒会の方々が、今年の抱負なんかを発表したり、投票を行ったりする、記念すべき日です!」ハイテンションのカエデ。
「だるーい」一方、天川ヤヨイのテンションはダダ下がりである。
とりあえず僕らは巨大な体育館に向かった。全クラスの生徒が一堂に会するのは、入学式以来ではなかろうか。この薙刀高校は、文句なしのマンモス校だ。僕はあらためてその規模に圧倒される。
壇上に掲げられた国旗と校旗。お馴染みの日の丸と並ぶ、クロスする薙刀をシンボルとする校旗は、威風堂々としている。
「我々が求めるのは自由! 生徒の! 生徒による! 生徒のための政治である!」
生徒会は、主に二三年生によって占められている。だからここで行われるのは、一年生に対する訓示であろう。この学園がどんなポリシーで運営されているのか。ある程度説明してくれると色々助かる。
「自由とは! ただ豚の餌のように与えられるものではない! 戦い! 勝ち取り! 行使してゆくものでなくてはならない! 私、黒鉄マモルはここに宣言する! 薙刀高校は自由な学園集団であると!」
演説が最初からヒートアップしている。大丈夫か生徒会。
「この学園に入学してきた者は、多かれ少なかれ能力を持っている! その行使は自由! まったくの自由である! ……とはいえ、十年前の悲劇を繰り返してはならない! 悪の芽は早めに摘んでおかねばならない!」
なにやらきな臭い話になってきた。
「黒木シュン君! 通称ザ・トリガー! 彼の能力は危険すぎる! 学園にあらゆる災厄をもたらし、それでいて事態を終息させることもままならない! そこで! この生徒総会での投票によって黒木シュン君の処遇を決めたいと思う!」
僕か。この僕のためにこの生徒総会があるのか。僕は乾いた笑いをこらえきれなくなってきた。なんという茶番。なんという政治的判断。勝手にアンチ・モノボードにしておいて、奇妙なイベントの中に放り込んでおいて、結局僕が悪だというのか。
「異議あり!」小早川ムツキをはじめとする、チーム・ムツキが挙手する。
「彼を中心に事象が起こっているからと言って、彼が悪と考えるのは早計と思われます」
「同じく異議あり、だ」チーム・クローゼットの、そしていまやシークレットのボスでもある兵藤カツヒコが挙手をする。
「ザ・トリガー自身は悪くねーよ。事件はそれぞれ背景を持ち、起こるべくして起こっている。その傍にいつもそいつがいる。それだけだ」小物臭が漂う男だったが、なかなかどうして、男前な発言をする。
「異議あり、に投票しておきましょう」藤王の代理ロボット、丸が人を割って現れる。
「軍事部としても、その判断に異議を申し立てざるを得ません」挙手のたびに、生徒たちに動揺が起こる。
「平安部としても、まだこの駒には利用価値があると考えているでおじゃる」邪が挙手すると、最大派閥を形成する平安部の部員たちも、ちらほらと挙手を始める。
こうして、あっというまに、形勢は逆転した。
「くっ! 今回は運が味方したようだな! だが覚えておくがいいザ・トリガー! お前の体質は知らず知らずのうちに災厄を引き寄せる! いつかそれが取り返しのつかない事実となってお前を襲うだろう!」
「薙高の自由は、闘争の上に成り立つものだ! 私、黒鉄マモルは、命に代えてもこの学園を守ってみせるぞ!」
僕はこの茶番につきあうつもりはなかった。
「命に代えても、と言ったな……」
僕はベレッタM92を抜き放つと、やおら黒鉄マモルに向けて引き金を引いた。パン、パンパン。
銃弾のほとんどは謎の斥力によって逸らされたが、一発だけ黒鉄マモルに命中したように見えた。しかし、黒鉄マモルは倒れない。
「高速霧化、か」
「私に9mmパラベラム弾は効かんぞ! ザ・トリガー!」
「ああ、ヴァンパイアが相手じゃ、少々分が悪いな。あいにく銀の弾丸は切らしてる」
「ヴァンパイアが……ヴァンパイアが生徒会長で何が悪い!!」
「別に……何も悪くないさ。僕もお前も生まれつきの異常能力者。同病相憐れむってやつだよ」
事情を知らない一年生は、ぽかんとした顔をしている。
「ザ・トリガー! お前は今、生徒会のメンバー全員を敵に回したんだぞ! わかっているのか!」
「薙高の自由は、闘争の上に成り立つ、だったか。あんたの受け売りだよ」僕はくるりと踵を返し、体育館を後にする。
人の海がモーセの奇跡のように、左右に裂けた。