第五十四話 完成
手を伸ばしても届かない全てのもの――モノボード。
それは何であり何で無いのか? 一体どこにモノボードがあり、一体どこにこの世界はあるのか? モノボードは増える。増えて弾ける。それは一体何故なのか? 彼らは何を求めているのか? 地に生えたタンポポがやがて綿毛を飛ばすようにモノボードもまた必然でしかないのだろうか? ザ・トリガーはモノボードを遮断する天敵になりうるのか? その全ては――まだ調査中である。
スウマキツミ・レポート「モノボードとは No.XXXXX」
真夜中の満月。屋上に積み上げられたドラム缶の上に、そいつは立っていた。コンクリートにガムテープやらなにやらで固定された数基の懐中電灯はそいつの姿を照らし出す。嗚呼、舞台の仕上げは上々なり。今、我ら点呼も高らかに、進めや進めモノボード。
眼前に立つのはチーム・ムツキ。攻撃担当のザ・トリガー。その目は、モノボードを見上げながらも、完全に見下している。高いところに昇りたがる馬鹿を見る、軽蔑の瞳。モノボードの遮断者、ザ・トリガー。
やあザ・トリガー。哀れなタイムリピーターの操り人形よ。さあモノボードを祝福せよ。完成の時は来た。史上最大最強無敵のゴギン。ゴギン? なんだそれは聞いていないぞ首の骨を折るなんて鬼畜外道め。ヒーローは前口上の間は攻撃しないと昔から決まってバキボキ。待てよまだ演説は終わってないんだ殺すのは後でもできるだろうガギゴギ。やめて死んじゃうマジ死んじゃうモノボードだって生きてるんだよ友達なんだよなあそうだろう人類皆フレンド? アーユーハッピー? やめてやめて攻撃なんてしないでせっかく完成したのに死滅しちゃうよ。え? 完成したのはお前が初めてじゃない? そりゃごもっとも。でもしょうがないだろう最初からそう命じられているんだから。モノボード感染者は永遠に元に戻らない。殺すしかない処分するしかない悲しいよなあ苦しいよなあだって人殺しだもんなあ。つまるところお前らは永遠にモノボードに勝てないんだよ。なぜならモノボードに勝敗なんてものは無いから。ただ増殖して増殖して増殖して増殖して完成するだけの簡単なお仕事だもんなあ。おい聞いているのかザ・トリガー。これから俺の。俺の。俺の。俺の。俺の。俺の。俺の。
ぐらり。大地が揺れる。ドラム缶からモノボードが転がり落ちる。その姿は滑稽で、別の誰かの笑い声が聞こえる。
え? 何? まさかこれ夢なの? 予知夢なの? え? あれ? 完成は? モノボードは? あれ? え? どういうこと? 俺はどうなるの? それってあり? 反則じゃないの? え? あ?
モノボードはありえたかもしれない世界と共に硬直する。星野ハルカの「未来予知」は、エミュレートされた世界の再生を次々と停止させてゆく。静止するモノボード。そう呼ばれていた何か。かつて薙高の学生だったもの。完成したと自称するそれ。
「結局こうなるんです」
星野ハルカはイレイサーに報告する。モノボードの爆発的増殖。それは始まることはあっても終わることはない。薄く、明らかに薄く広がり、増殖に増殖を続け、ついにアスファルトを砕いてモノボードの芽が出る時、そこに居るのは決まってザ・トリガーだった。
「学生同士が殺し合うってのは、あんまりいいことじゃねーよなぁ? 藤王よ」イレイサーが問う。
「そうですねイレイサー。あなたが学生たちの記憶を消しまくったことの次くらいに残酷なことじゃないですかね?」藤王の人型ロボット、丸が皮肉で答える。
イレイサーは面倒臭そうに立ち上がる。彼にもまあ、なんというか、教師としての立場がある。学園内での「殺し」は、特に表立ってのそれは、色々と面倒なのである。
別に裏で「殺し合う事」自体はいい。それは薙高の日常でしかないのだから。だが、さすがにモノボードが次々と自然発生し「連続で殺し合う」のは、後始末が要る。そしてそれは大抵、イレイサーに一任されることになるのだ。
イレイサーにとっては、ただ、面倒なのである。ひたすらに面倒なのである。だからイレイサーは、「生徒たちのモノボード化」を避けることに決めた。
「モノボードを遮断すること」藤王は代理ロボット、丸の口を借りて話す。
「それがザ・トリガーの使命であるなら、どこかに遮断する方法があるはずだ。タイムリピーターでさえまだ見つけていない手段が、どこかしらにあるはずだ。モノボードを一か所にまとめて処分する手段が。害虫を駆除するようにして完全に消滅させる手段が」
「じゃあ星野ハルカの未来予知を参考にしつつ、洗ってみるか?」洗う。つまり生徒を洗脳し、記憶を洗浄することをイレイサーは提案する。
「ただ洗うだけでモノボード化を防げるとは思えないね」藤王が否定する。そして別の提案をする。
「こうもご立派に完成するのが目的なら、さっさと完成させてやればいいんじゃないか。その上で、完全に叩き潰すってのはどうかな? 生徒全員の深層心理に焼き付く程度に、ありったけの失敗を経験させてやるというのはどうだろう?」藤王の提案は、イレイサーの真逆だった。
モノボードに無意味さや不毛さを学習させる。薄く広く広がったウイルスに対する予防接種。それは確かに有効な作戦かも知れなかった。未来における無駄で無益な殺し合いを止めるために、時にはド外道にならねばならない。今がまさにその時であるとばかりに、藤王は史上最悪の作戦をイレイサーに伝える。
「時々お前の頭を真っ先に洗うべきだと思うよ」イレイサーがため息を吐く。
「世の中には洗っても落ちない汚れもあるんですよ」人型ロボット、丸の人工知能が混ぜ返す。
時は真っ昼間。場所は屋上。太陽が燦々と降り注ぐ中、ドラム缶も懐中電灯も無く。イレイサーと星野ハルカと丸の三人が去った後、そこには誰も残らない。だが。
「話は聴いていたんだろう? 邪」藤王アキラが自宅で呟くと。
「はて? 麿はモノボード召喚計画の仔細など、何も聴いていないでおじゃるが?」風に乗って、横島ツカサの声が聞こえたような気がした。