第四十九話 下準備の続き
僕が思うに、引き金を引いたら事件が解決するかというと、決してそんなことはなくて。なんというか、むしろ引き金というのは事件を一方的に引き起こす側の能力なのではないだろうか。そして引き起こされた事件は止まらない出血のように、収束することなく広がっていき、世界に影響を与え続けるのだろう。
ザ・トリガー。その能力と対になるべき、事態収束者。悲しいことに、僕はその能力者に、まだ出会えていない。
チーム「ムツキ」の反応は予想通りだった。事前に薙高新聞で事情を知っていたムツキは、むしろシナリオがどうなっているのかを知りたがった。昼休みに現れる二人の能力者について、僕は知っていることを全て話した。金髪の女と筋肉質の大男。名前はエイラとティガ。P2、スピリット・オブ・ガンマンとスピリット・オブ・ソードマン。
「で、勝ち目はあるの?」ムツキは問う。
「黒猫を守り切って、タイムリピーターを捕獲、いや撃退できればこちらの勝ち。そうでなければ負け、だね」僕は応える。
「黒猫は本当にこの教室に逃げ込んでくるのね? 私たちはそれを保護すればいい、と」
「たぶんね」
ムツキたちは何か考えているようだった。たぶん黒猫を守る手段を検討しているのだろう。
「残念だけど、チーム『ムツキ』には、黒猫を狙う弾丸を確実に弾く能力は無いわ。ヤヨイのP2『カップラーメン』は近距離戦闘に強いけれど、確実とはいえない。チーム『クローゼット』にも協力を要請したほうがいいと思うわ」
「兵藤カツヒコの『フラクタル・シールド』か」
「そういうこと。借りを作るのは癪だけど、あの能力は『使える』もの」
チーム「クローゼット」のリーダー、兵藤カツヒコ。彼は、小物臭漂う男ではあるが、『護る』という行為に特化したP2を持っている。周囲に一方通行の壁を創り出す能力「フラクタル・シールド」は、銃弾や剣戟を弾く簡易防壁になる。それが味方の火力と組み合わされば、無敵の塹壕が完成する。
「たぶん藤王アキラは、猫が教室に飛び込んだタイミングで攻撃を仕掛ける寸法だ。平安部は……一体何を企んでいるのやら……」
「あそこは独立して介入してくるでしょうね。こっちの計画なんか関係なしに」
ムツキは呆れ顔で言い放つ。カエデとヤヨイも、うんうんと頷いた。
「一応、ピクチャレスには事情を知らせたが、これ以降は連絡を取らないでおこうと思う。バタフライ・エフェクトが怖い」
「それがいいわね」
そして、僕たちはチーム「クローゼット」とのメールをやりとりし、短いミーティングを終えた。午前の授業が始まる。こうしている間にも、黒猫のクロは学校を目指して自由奔放に歩いてきているに違いなかった。己の死の運命などおかまいなしに。
クロは、同じ黒猫のモーツァルトに言われたことを考えていた。いや、同じというわけではない。モーツァルトは化け猫で、クロはただの猫だ。モーツァルトは一発の弾丸で死んだりはしないが、クロは死ぬ。簡単に即死する。そこが違いだった。
「もし教室の中に入ったら、決して外に戻ってきてはいけないの」と、モーツァルトは言った。
教室の中は安全なのだ。クロはそこで死ぬ運命を持っていない。クロは「飛び出したから死んだ」のだ。と、モーツァルトは言った。
「藤王アキラの計画は失敗するわ。相手は既に対処法を考えているから。だけど、もう一枚の切り札があるの。相手はそれを知らない」
モーツァルトは、確信を持って呟いた。邪の行動は、時空を超えているのよ、と。