第四十七話 タイムリピーターとザ・トリガー
僕が気付いたときは、ベッドの上だった。鳴り響く目覚まし時計を止めて、夢を振り返る。やけにはっきりした夢だった。僕が無差別にサイコキネシスを使った直後、大男がそれを剣のようなもの――スピリット・オブ・ソードマン――で薙ぎ払い、打ち消した。金髪の女は、再び二階のベランダに戻ってきた黒猫を撃った。おそらく即死だった。そして――起床。夢にしては、あまりにリアルすぎる。
これはただの夢ではない。そんな予感がしていた。僕はケータイを掴むと、ピクチャレスに連絡を取った。
「こんな時間にどうした? 何かあったのか?」
それで一つ判明した。ピクチャレスに、「今日の」記憶は無い。タイムリピートしたのは自分だけだ。僕は朝食をついばみながら、かいつまんで状況を説明する。今日、邪の猫払いの結界が切れること。黒猫が薙高に現れること。僕たちが確保する前に殺されてしまうこと。そしておそらくは、タイムリピートが既に起きてしまったこと。
そうして、僕は朝食もそこそこに、寮を後にした。
「……駄目だ。邪には連絡が取れない。圏外だ」通学中に、ピクチャレスから電話がかかってくる。
「じゃあ藤王アキラしかいないね。僕が今すぐ連絡する。藤王アキラだって、『リアルタイム』のタイムリピートには興味があるはずだ」
「……どうしても、その猫を救わないといけない理由があるのか?」ピクチャレスが問う。
僕は絶句する。確かに、ピクチャレスの指摘はもっともだった。たかが猫一匹。そう言ってしまえばそれまでだ。
「そうだな……じゃあこういう理由はどうだろう。僕はさっき、猫が死んだのを見た。それで僕は今、寝覚めが悪くてとても怒っているんだ。運命だか何だか知らないが、誰かの描いたストーリー通りには、事を進めたくない」
一呼吸入れて、僕は宣言する。
「僕は猫を守る。タイムリピートは阻止する。以上だ」
「……把握した。たとえどんな理由でも、戦う理由があるならそれでいい」ピクチャレスは僕の行動を承認する。
僕は薙高行きのバスに乗り、TPOを無視して藤王アキラに連絡を入れる。「現在、電話に出ることができません。ピーという発信音の後に……」留守電になっている。僕は怒鳴った。
「今日、タイムリピーターが黒猫を殺してタイムリピートする。その運命を阻止したい。絶対に、僕は猫を殺させやしない!」
「そうか」電話口から、予想外の声が漏れ聞こえた。
「ザ・トリガーよ。今日が『その日』か。意外と早かったな」
それは藤王アキラの声だった。留守電はフェイクだったのだ。僕は少しおかしくなって笑うと、真面目な顔をして告げた。
「藤王アキラ。貴方はこのことを予想していたんですね?」
「ああ、たぶん狙われるのは、俺が知っている黒猫のクロだろうと思っていた」
「知り合いなんですか?」
「ああ、知り合いだ。だから幸いなことに、俺がその黒猫を助けるのに手を貸す理由は、十分にあるってことだな」
僕はそれから、計画について詳しく話し合った。昼休みに起こるピクチャレスと黒猫の遭遇のこと。チーム「ピクチャレス」の動員のこと。現れる二人のタイムリピーターのこと。そして――おそらく相手は僕同様にタイムリピートしていて、今のこの打ち合わせのことも、襲い来る藤王アキラの妨害すらも、全て予見しているであろうこと。
剣と、銃。スピリット・オブ・ソードマンと、スピリット・オブ・ガンマン。二人の強力なタイムリピーターを敵に回した戦争は、そうして静かに幕を開けたのだった。