第四十四話 アンケート
「モノボード、岡崎キョウコは私の権限で遮断した」
登校中の出来事である。雑踏が、周囲に居た生徒たちが消えた。残されたのは僕一人――いや、もう一人の少女。ありがたいことに、唐突に発生した隔離空間「マイ・スウィート・ルーム」に、ザ・トリガーこと僕 黒木シュンは、もはや慣れさえ覚え初めていた。
薙高の制服を着た遮断のトキコは――今度はシルエットではない――予想していた通りの美人だった。美人と表現したのは、美少女というには、あまりに鋭利な瞳をしていたからだ。彼女は、僕を見下しているように見えた。
「じゃあ僕はお役御免ってわけですかね」僕は皮肉たっぷりに応える。
「必ずしもそうではない」遮断のトキコは言葉を切った。
「今日、山岸ミノリは学校を休んでいる。理由は『風邪』だそうだ。ということはつまり――」
「現在、モノボードを識別できる者は居ない、と」僕は言葉を繋ぐ。
山岸ミノリの不在が、どれほどの障害になるのか、僕は頭を巡らせた。まず、第二次モノボード狩りはできない。現在どれほど汚染が広がっているのかも確認できない。爆発的増殖。そんなシナリオが有り得るのか?
「岡崎キョウコは行動を起こさなかったんですか?」
「起こした。だからこそ私が遮断できたのだ。だが、彼女は負け惜しみのような事を言っていた。その根拠となる現象が起こり得るのかもしれない」
何が起こるかは分からないのに、こいつは僕に忠告を与えようとしている。僕はこれでアンチ・モノボードの共犯者というわけだ。やれやれだ。こんな面倒な役割、他の誰かが肩代わりしてくれればいいのに。
「そういや、あんたはタイムリピーターなんだってな? これから起こることを予言したりはできないのか?」
「モノボードはそう簡単に手の内を明かさない。あのスウマキツミでさえ完全には理解できていない現象なのだ」
「それでも、少しくらいは助言できるでしょう?」
「……モノボードへの感染は、直接接触でなくても起こり得る。図書館の隔離は現在、新聞部が行っているが……そこには近づかないことだ。汚染は間違いなく広がるだろう」
不意に視界が暗転し、僕は再び雑踏の中に放り出された。肩がぶつかる。謝ろうと顔を上げると、そこにはピクチャレスの姿があった。
「気配も無しに……どこから現れた?」呆然とするピクチャレス。
「ちょっと異空間から、ね」僕は言い訳をする。
僕はピクチャレスと歩きながらケータイを取り出し、学園SNSを呼びだすと、一通のメールを送った。宛先、新聞部。タイトル、モノボードの汚染について。本文、図書館における取材によるモノボードの汚染拡大についての懸念事項。詳細は直接会って伝える。送信。
とりあえず今の僕にできるのはここまでだった。ホームルームが始まる前に、僕はチームムツキ、すなわち小早川ムツキ、木村カエデ、天川ヤヨイと合流し、状況を手短に話した。
「山岸ミノリさんが休み……汚染状況が確認できないのは問題ね」
「新聞部……忠告して聞いてくれる人達じゃないですからねぇ。既に汚染されちゃっているかも?」
「直接なぐりこむかー?」
話していると、イレイサー先生が登壇する。
「やあやあ諸君。宿題はちゃんとやってきたか? 第1学期中間試験の勉強はしてきたか? とりあえず今日は抜き打ちテストというか、まあ、ちょっとしたアンケートを行う」
配られた用紙を見て、ムツキが顔をしかめる。
「ポリティカルコンパス!? 薙高では学生の政治的思想まで収集するわけ!?」
「おー、よく知ってるなぁ、小早川ムツキ。まあ俺が『洗わなくても』いいか、ちょっと検査するだけだ」
「『洗う』?」僕は思わず聞き返す。
「必要に応じて、俺は生徒を『洗脳』する権限を与えられている。まあ、なんだ。ケージの中の小動物になったつもりで正直に答えるんだな」
イレイサー先生が手をひらひらさせながら去ると、教室がたちまちざわつき始める。まったく、イレイサーの暴君ぶりは、とどまるところを知らなかった。