第四十三話 号外
岡崎キョウコは、モノボードは、5月のゴールデンウィーク明けの学校に来ていた。とは言っても、時刻は、深夜0時である。固く閉ざされた校門を跳躍して飛び越え、つかつかとグラウンドの中心に向かう。
「さあ! 集え、モノボードたちよ!」岡崎キョウコは叫んだ。
しかし、何も起きなかった。再度台詞を繰り返すも、応える者は無い。
それで、岡崎キョウコは、自分が何か重大な見落としをしていることに気が付いた。自分が病院で回復を図っているうちに、何かが起きたのだ。モノボードに関する何かが。
岡崎キョウコは図書館へと足を運んだ。閉ざされた玄関。岡崎キョウコは自身の位相をずらし、窓ガラスをすり抜けて、中へと侵入する。漆黒の闇の中、岡崎キョウコは日刊薙高新聞に目を通した。モノボードは、光源が無くとも、字が読める。
モノボード狩り。相貌失認証の山岸ミノリを主体とする、対モノボードチームの結成と活躍。邪による邪気封じの儀式。それだけ知れば十分だった。
分かってしまえばなんのことはない。モノボードは「増殖できなかった」のだ。何とも単純。なんとも原始的。はは。笑い声が漏れた。はははは。岡崎キョウコは笑う。はははははは。
「何か、可笑しいことでもあったのかい?」
岡崎キョウコの顔面が、凍りついた。遮断のトキコの声。そのとき図書館という空間は、能力「マイ・スウィート・ルーム」によって、既に遮断、隔離されている。
そこはまさに、暗黒の、戦場。
「アンチ・モノボード。ザ・トリガー。それが今の薙高に存在することは分かっていたはずだ。それともまさか、人間如きには、何も介入できないとでも思っていたのかい?」
岡崎キョウコは顔を歪める。自分は確かに侮っていた。人間などには不可能なことと、割り切っていた。その結果がこれだ。
「モノボードは増える。モノボードは増えて溢れるんだ。どんな妨害があろうと、どんな工作があろうと、水は高きより低きに流れ、モノボードは増える」岡崎キョウコは強がる。
「だが、増えなかったね」遮断のトキコは言い切る。
そうしている間にも、岡崎キョウコの周辺には特殊なアミラド繊維が張り巡らされ、遮断された空間は次々と範囲を狭めて行く。遮断のトキコ。その名は、決して伊達ではない。
「そして、お前はここで遮断される。あの屋上のように、お前に逃げ場は無い」
岡崎キョウコは目を閉じた。遮断のトキコの真骨頂は、遮断された空間内での爆薬使用によるものだ。逃げ場の無い空間での爆風は、威力を失わないまま延々と荒れ狂い、隔離空間内の構造物を完全に破壊、粉砕する。岡崎キョウコは目を開いた。
「そうだな……今日のところは負けを認めよう。それでも、モノボードは増える。増えて溢れる。私は『最後の』モノボードなのではない。私は『最初の』モノボードなのだ。あとのことは『次の』モノボードに任せるとしよう」
「……ならばそれも遮断するまでだ」
一瞬、閃光が図書館を照らし出した。雷管の起爆剤が爆薬へと十分な衝撃を伝える。そして直後の爆風が恐ろしい音を立てて、隔離されていた図書館の一角を、まるごと完全に吹き飛ばした。
その日の朝、ゴールデンウィーク明けの薙刀高校では、奇妙な――まるでそこだけ綺麗に遮断されていたような――図書館爆破事件が号外を飾ることになる。
かくして、『最初の』モノボードは沈黙した。