第四十一話 過去
「マーカーを付けられている可能性が高いな」ティガは言った。
「どういうこと?」金髪を束ねながら、エイラは訊ねた。
「藤王アキラは独自の監視衛星システムを持っている。俺がこのホテルに来たことは既にバレているだろう」
「どこかで『まく』必要があるってわけね」
ティガは一枚のカードを取り出す。それはSuicaだった。
「上空から見えない場所――地下鉄の非常階段を使う。いかな魔王、藤王アキラと言えど、全ての出入り口を把握しているとは限らんからな」
ティガは、その風貌に似合わぬミニカーに――レンタルしたものだ――身体を押し込める。エイラは助手席に座り、シートベルトをする。発車。
「言いたくないことだが、お前の記憶は一部消されている」
「なんですって!」エイラがくってかかる。
「気付かれないよう、『記憶を消された』という記憶ごと消されているんだ。イレイサーは既にお前の記憶を読んだ。シナリオは今、魔王の掌の上にある」
エイラは自分の記憶を思い出す。確かに、「今回だけ」捕まったというのは解せない話だ。ティガが言うように、何度も何度も捕まっていると考えるほうが合理的なように思えた。しかし、だとすれば――
「じゃあ、あなたはいつも私を助けに来てくれてたわけ?」
その質問に、ティガは答えなかった。ラジオからは、最新のJ-POPsが流れ続けていた。
「クソッ。クレイジーな薙高生徒どもめ!」
薙高商店街の片隅で、イレイサーに記憶を消されたMIBの二人組は、首筋にある切れ目に、メモリ・カードを差し込んでいた。それによって、消去された過去の記憶をぼんやりと取り戻す。インプラント・メモリ。合衆国が裏で開発した、サイボーグ用の極秘技術である。
「メモリがあって助かりマシータ。野良サイボーグになるのは、嫌デース」片言の白人のほうが、安堵の息を漏らす。
「だが、おかげで奴が何をどうやって記憶を消しているのかは分かったぞ。当該領域にプロテクトをかけろ。二度と同じ手は食わん」中国人風の男は、そう言い切った。
「二人じゃとても敵いマセーン。合衆国に武力支援を求めるべきデース」
「それをやったら全面戦争になるだろうが。薙高OB全員を敵に回して、何かメリットがあると思うか?」
沈黙が落ちる。打開策は――あった。
「No.4。星野ハルカ本人、および、ザ・トリガーから、藤沢カオリに標的を変更する。藤沢カオリとの交換条件なら、星野ハルカを提供してくるだろう」
「そうウマークいきマスカー? No.3」
「俺たちの記憶を消して、安全になったと思い込んでいる今がチャンスだ。確か藤沢カオリは――薙高会長の孫だったな」
「前回のように、ザ・トリガーと一緒に行動しているのではアーリマせんか?」
「雨の日を狙うさ。雨の日なら、外出はしないだろう。邸宅に乗り込んで強引に拉致すればいい」
「監視の目がキツーイのでは?」No.4と呼ばれた白人が呟く。
「光学迷彩を使うさ。あれならビデオにも証拠は残らん」No.3と呼ばれた男は、自信満々に答える。
「ナルホード」
かくして、標的は藤沢カオリへと変更された。
地下鉄の非常階段を登りながら、エイラはティガのことを考える。ティガと知り合ったのは、いつだったか。確か、薙高の構内をぶらついていたときに、声を掛けられた覚えがある。
「……猫殺しのエイラだな」
その瞬間、スピリット・オブ・ガンマンが二挺のコルト・ガバメントを引きぬき、即座に引き金を引く。撃ち出された二発の弾丸は、確実にその男を撃ち抜くと思われた。
だが、そうはならなかった。ティガの超高速の斬撃――スピリット・オブ・ソードマン――が、二発の弾丸を一刀両断したからだ。
「争う必要はない。ただ、話がある」
そして、エイラはティガが知る限りの未来の知識、予定表と、タイムリピーターとしての生き方を学んだのだ。それからは、好き放題やった。宝くじを当てて豪遊したり、薙高の生徒に紛れ込んだり。だが、邪の猫払い――普通の猫が完全に居なくなる事態は想定外だった。
いや、それすらもティガにとっては、予定調和なのかもしれない。
不意に、ティガに質問してみたくなった。
「ティガ。これまでに何回タイムリピートした?」
「さあな……だがこれだけは言える。スウマキツミやイズマエルに比べれば、俺たちはまだまだひよっこだということだ」
自分は何回タイムリピートしただろう。エイラはその数を数えはじめ……キリが無いのでやめた。