第四話 シークレット
シークレットとは何か?
それを紐解くには、まず学園SNSに存在する機能、コミュニティについて説明せねばなるまい。まず目立つのが、各部活動の公式コミュニティである。そこでは、部活動のお知らせと予定表や、雑談、議論などが行われている。
その周囲に存在するのが、公式同好会コミュニティ。あえて部費をもらわずに成立しているそれらの数は、まさに無数。多くの「○○が好きな人集まれ」の掛け声の下に集結した彼らは、時に公式部活動を凌ぐ規模にまで膨れ上がる。
そして、表舞台から完全に隠蔽された、非公開コミュニティ。
薙刀高校のありとあらゆる暗部が集結しているそこは、全てのやりとりが完全に暗号化され、いかなるハッカーにも盗聴不能!
学園SNSのアンダーグラウンドとして発展した組織、シークレットは、その規模すら窺い知れないまま、薙高に巨大な影響力を行使している。
ザ・トリガー「シークレット」
薙刀高校会長の娘、藤沢カオリを誘拐しようとしたグループは、用意周到に準備を進めていた。公文書を偽造し、入学式の時刻表を偽り、藤沢カオリだけが始発バスに乗り込むよう仕向けた。計画は順調に進み、あとは藤沢カオリを誘拐するだけになったところに、そいつは現れた。
ザ・トリガー。ありとあらゆるトラブルに首を突っ込まざるを得ない特異体質。そいつの登場で、三人が太股の骨を骨折、再起不能にさせられた。
「気に入らねえな」
渡り廊下で、兵藤カツヒコは呟いた。
校則で禁止されていない電子タバコを吸っている。
「能力がありながらそれを行使しようとしない。トラブルメイカーのくせにそれを利用しようとさえしない。人生をただ漫然と普通に生きられればいいと思っている。なんつーか、俺の一番嫌いなタイプだ」
「いかがするおつもりですか」秘書のような声が、彼のイヤホンから聴こえる。
「殺せ。手段は問わん」カツヒコは命じた。
「では、そのように」秘書のような声が、了解した。
シークレットは、ある種のマフィアに近い。平安部がそうであるように、実働部隊を持ち、それが目的を遂行する。チーム「クローゼット」は、カツヒコが立ちあげたチームである。
シークレットのうち、どのくらいの位置に自分たちがいるのかは分からないし、別に知りたくも無い。
だがとりあえず、シークレットの顔に泥を塗った人物を始末すれば、その分だけ、クローゼットの名声が上がる。名声を聞きつけて入部希望者が増えれば、それだけ権力も増すことになる。
カツヒコはクローゼットを自分の道具として立ち上げた。しかし、今はどうだろう。自分がシークレットに、クローゼットに振り回される側に回ってしまってはいないか。そんなくだらない思考を停止して、彼は別の思考を開始する。
もしザ・トリガーが既に部活動の庇護下にあるとすれば。学園のトップ連中とつるんでいるとしたら。
「……さしずめ、戦争開始ってところか?」カツヒコは頬を歪めて笑う。
少し離れたところから、一人の足音がする。カツヒコは真顔に戻る。銃のグリップを握り、いつでも引きぬけるようにして、振り向く。
「やあ、Mr.クローゼット。少し頼みごとがある」
なぜこいつは俺のチーム名を知っている? 一体誰だ? 天才ハッカー、藤王アキラではない。別の人物。思い当たる奴がいない。
銀髪の、目元が左右非対称の、少年。
「僕は、ボスの使いの者だ。今、シークレットはタイムリピーターと呼ばれる存在を狩り立てている。できれば共闘してほしい。強制じゃあない。できれば、でいい」
タイムリピーター? 聞いたことがない。
「そのタイムトラベラーの親戚か何かを狩り立てて、俺に何の得がある?」
「それを君が知る必要はない。ただ、評価が上がるというだけだ。首尾良く成功すれば、シークレットの幹部にもなれるだろう」
少年はとんでもないことをさらりと言い放つ。
シークレットという存在は、それほど知られているわけではない。知名度が低いアンダーグラウンドの領域だ。その幹部? 幹部だと? こいつはボスのお気に入りだとでもいうのか?
「誤解しないで欲しいが、僕はただのメッセンジャーだ」
心を読まれたような気がして、カツヒコは電子タバコを噛む。
「なら、ザ・トリガーの件はどうする?」
「並行して進めてくれてかまわないよ」
少年はそちらの情報も持っているらしい。
「とりあえず今現在、僕から提供できる情報は、スウマキツミという偽名を使う男が、薙高生に接触してきているという事実だけだ。本名も不明。目的も不明。タイムトラベルの原理も不明。しかし、ボスはそいつがタイムリピーターではないかと疑っている。なぜならそいつは『宝くじの一等を連続して当てている』」
「なるほどね。よほどの強運の持ち主か、タイムトラベラーか、どっちかだと言いたいわけだ」
「そういうことになるね」
「それで、なぜタイム『リピーター』と呼ぶ?」
「彼らは旅行しているわけでは、ないからね」
幹部になれるかもしれない。それはおいしい話に思えた。カツヒコは承諾した。それがどれほど危険な賭けになるかも知らずに。