第三十九話 MIB
モノボードに関する定期報告書。
今回の第二次モノボード事件では、相貌失認症の少女、山岸ミノリらによるモノボード狩りの成果により、急激な増殖は起こらなかった。
しかし、思春期の青少年たちに接触感染するという危険性は未だ健在。ゴールデンウィーク中にさらに一定量増加すると思われる。
モノボード関連の噂は、発信源である岡崎キョウコの入院により、収束中。
ゴールデンウィーク明けに第二次モノボード狩りが行われれば、モノボードの増殖と羽化は観測されなくなるかもしれない。
「送信完了っと」
スウマキツミは、報告を終える。
「さあて、ザ・トリガー。お手並み拝見と行きますか」
ザ・トリガー「MIB」
「ッ! 銃撃が来る!」
星野ハルカが叫んだのは、ゴールデンウィーク二日目に、僕とカオリが宝石店でペアリングを買おうとしていた時だった。
そのとき、僕はまさかこんなガラスだらけの店の中で銃撃戦をやらかすバカはいないだろうと予想していた。だが、そんな根拠のない推測はあっけなく破られた。
ショーウィンドウは割れて吹き飛び、僕はカオリの頭を掴んで床に伏せさせた。降り注ぐガラスのシャワーを僕はサイコキネシスで受け流すので精いっぱいだった。
しばらくすると銃撃は止んだ。僕は反撃の機会を伺う。
「ハロー。ハロー。日本の皆さんコンニチハー。俺たちはアメリカからやってきた怖ーいおじさんたちデース。主に宇宙人の捕獲を任務としてマース」
そのおどけた台詞と反対に、すさまじい殺気が見え隠れする。
「まあそういうことだから、日本人。大人しくサンプルを渡せ」
サンプルというのは星野ハルカのことだろう。奴らの要求はこうだ。星野ハルカを引き渡せ。さもないとぶっ殺すぞ。シンプルで分かりやすい。だから僕の決断も早かった。
「やなこった!」
僕はサイコキネシスでガラス片を人型に形作り、それを盾にして迎撃を行う。
「すまない。私のせいで」
「何言っているんだ? 星野ハルカ。これは戦争なんだ。チームに、薙高に喧嘩を売った奴とは、徹底的に殺りあうまで終わらないんだよ」
「何を言って……」
やはり、星野ハルカはまだ薙高イズムを分かっていない。それは、外敵に対する完全に一体となった反撃精神。誰かに征服されることを望まない、学園の自治を求める独立精神。それが、今の僕には痛いほど感じられた。
薙高は敗北を認めない。たとえそれが、偽名を使う宇宙人のためであったとしても。
「じゃあ、俺たちの敵になったついでに教えてやろう。俺たちの名は特にない。例の映画になぞらえて、MIBと呼ぶ奴はいるがね。さて、俺たちに刃向おうって奴はどこのどいつだ?」
「ザ・トリガー。チーム『ムツキ』の攻撃担当だ」
僕はM9を構え、宝石店の玄関に立つ人影に向かって三発を撃ち込んだ。その全てが誘導弾。目標に命中したことを確認し、僕は再び地面に伏せる。
「痛えな……だが残念、訓練弾で落ちるほど俺たちは貧弱じゃねえんだ。俺たちはおつむ以外はサイボーグなんでな」
銃撃の効果が無い。となると、答えは一つだ。こちらの負け。以上。終わり。
「あんたらに、おつむがあったとは驚きだ。もしほんの少しでもおつむがあったら、薙高とやり合うのは絶対禁忌だと理解しているはずだからな」
僕は台の影に隠れながら、連中を挑発する。
「ははは! くだらんジョークだ。ただのいち学園が、俺たちをどうするっていうんだ? 俺たちゃ、バックに合衆国がついて……」
ガガガガガ。訓練弾では無い、本物の銃撃の音が立て続けに聴こえ、そこで会話が途切れる。誰が発砲したのだろうか? 全て急所に命中したのだろうか?
「チーム『エトピリカ』の駒鳥ススムだ。ザ・トリガーの『護衛任務』はまだ続いている。9mmパラベラム弾の味はどうだ? メン・イン・ブラックさんたちよ」
「オー。ベリーベリーバッドデース。日本人あきらめの悪いの良くないデース」
「頭に実弾撃ち込みやがって……生身なら死んでるじゃねえかよ……。もういい。ぶっ殺す! てめえら全員あの世行きだ!」
相手が逆上したのを見てとり、僕は再びガラス片の人型を盾に、台から転がり出る。数歩走ると、目の前に、男が二人居た。
「急に三下じみた台詞言うんじゃねえよ。あんたら……死亡フラグが立ってるぜ!」
ガラス製の拳のパンチが、メン・イン・ブラックの頭部にめり込んだ。一撃、一撃に重いサイコキネシスの力が込められる。拳のラッシュだ。二人のうち背の高い、白人の男のほうを殴り続けながら、僕は叫んだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
それを見て、背の低い、中国人風の男がとっさに銃を構える。だが。僕に向かって発砲するその前に。弾倉を交換し、距離を詰めた駒鳥ススムが、ダメ押しの弾丸を、残りの一人の頭部にぶちかました。
そして。
「フリーズ!」
その時ほど、凍結者が頼もしく見えたことはなかった。メン・イン・ブラックは沈黙した。
薙高の「チーム」たちは、かくして宇宙人をつけ狙う組織を撃退したのだった。