第三十七話 薙刀商店街
ゴールデンウィーク初日。僕は藤沢カオリと一緒に、ショッピングセンターで買い物を楽しんでいた。藤沢カオリの買い物に付き合っているだけで、時間は飛ぶように速く過ぎる。
薙高周辺には、駅ビル付きの大きな薙刀駅と、それに隣接する屋根付きのショッピングセンター、通称、薙刀商店街がある。今日は駅の中は帰省客で、薙刀商店街は休みの人々で、それぞれ賑わっていた。
薙刀商店街は細長い。薙刀商店街の始まりから終わりまで歩けばけっこうな距離になるが、すぐ隣にある専用道路を無料の送迎バスが往復しているので、距離はあまり気にならない。疲れたらバスに乗って駅に帰ればいいのだ。
僕は本を――暇つぶしに読む短編集が好きなのだ――買いたかったが、書店ではカオリを退屈させてしまうだろう。だからそれはまた別の日にしておくことにして、僕はカオリの行く先々についていった。洋服店、小物やアクセサリーの店、パワーストーンの店。
僕はパワーストーンなんてものを信じていなかったが、せっかくなので、記念に丸く加工されたカーネリアンを買った。カーネリアンは赤い石で、カオリが言うには七月の誕生石なのだそうだ。カーネリアンはまた、活力をもたらす石とのことで、かのナポレオンもこの石で印章を作らせたのだという。
その他にも僕らは、色々な店を巡った。
そこでいつも、脇に控えているのが、星野ハルカだ。
彼女は僕たちの迷惑にならないように物陰に立ち、終始周囲を警戒していた。
食事時になり、食事に誘ったとき、彼女はこう言った。
「食事は不要です。既にレーションを用意してあります」
彼女は自分から喋りかけるということをしなかった。喋りかけられても、任務ですから、と斬り捨てた。気安く心を許さない、孤高さが感じられた。実際、彼女はイレイサーとペアを組んで活動してきたのだろう。僕らの護衛なんていうのは、本当にごく簡単な任務なのかもしれなかった。しかし基本的に、任務は任務であり、妥協する余地は無い、というのが彼女の主張だった。
「ムツキさんたちがいないと、静かになりますね」
生まれて初めてのハンバーガーと、つけあわせのサラダを食べながら、藤沢カオリがぽつりと呟いた。
「そうだね。でも、こうして二人きりになれるのは嬉しいよ」
リップサービスも多少含んだ言葉を、僕は返す。最初会った時こそ、痛い女だと思っていたが、僕は次第にカオリに好意を抱き始めていた。
パン。発砲音。立て続けに、数発の発砲音がする。僕は椅子を蹴って立ち上がり、M9を構える。すると、そこに星野ハルカが現れた。
「チーム『クラシック』の所属者が襲撃してきたようですが、問題ありません。三人仕留めました」
あの一瞬で三人も。僕は眩暈がした。
「おそらく私のチーム『ポリリズム』がザ・トリガーの護衛に回ったのが気に入らなかったのでしょう。ご迷惑をおかけしたことをお詫び致します」
「迷惑だなんてそんな……」僕は驚く。
「そうですよ! 星野さんは身をていして私たちを護ってくださっているのに……そうだ!」
藤沢カオリは何か思いついたようだった。
「これから映画を見に行きましょう! これなら護衛の星野さんも楽しめますし!」
映画か。悪くない。僕は同意する。無料送迎バスに乗り、映画館を目指す。
ショッピングモールの端に、映画館があるのだ。
上映されていたのは、「スネイプ先生の銀河帝国興亡史」「ウインターウォーズ」「ドラえもん のび太のナメック星探索記」だった。カオリはウインターウォーズが観たかったようで、僕もまだ見ていないんだと答える。
「それじゃ、チケットを買ってきますね」
藤沢カオリと星野ハルカは、チケットを買いに行く。僕は、その間にお菓子とジュースを買っておくのが役割だ。護衛の観点から言えば、戦力を分断されるのは良くないことだが、僕は自分で自分の身を護れる自信があったし、星野ハルカにならば、安心して藤沢カオリを任せられる。
「お菓子とジュース、買ってきたよ」
僕はロビーに居るであろう藤沢カオリと星野ハルカを探す。居ない。僕は焦る。まさか敵のP2持ちに襲撃されたとか? 銃でも未来予知でも成すすべがないような相手に? ケータイを取り出して連絡を試みるも、圏外のため通話はできないと表示される。
僕は愛用の銃、M9を引き抜き、慎重に辺りを見回す。見知った人は誰も居なかった。
いや、居た。凍結者だ。