第三十三話 罠
学校の屋上。見晴らしのいい、立ち入り禁止区域。
晴天の青空の下に、イレイサーと、人型ロボット丸が居た。
イレイサーの脳髄覗きの結果。
シルバースネイル開発者という御大層な肩書きにも関わらず、イズマエルと直に出遭ったものは誰もいないことが判明した。
結論:イズマエルは存在しない。
それは藤王アキラの衛星監視網の観測結果とも一致していた。
この学園に、イズマエルの行動した痕跡は存在していない。にも関わらず、メールは学内で偽装され、発信されていた。
「いまどき幽霊でも住み着いてんのかねぇ。この学校には」
イレイサーは呟く。人型ロボット丸は、藤王の意見を代弁するためにここに居る。
藤王が直接出向かないのは、記憶を消されるリスクを考えてのことだった。この学校に、イレイサーと直に向きあう覚悟のある奴など――そのリスクを考慮できないバカを除いて――いるわけがない。
「しかしその推理は、あながち間違っていないのかもしれませんよ」
「というと?」
「こうは考えられませんか? イズマエル自体が、P2、超常現象だと」
「はっ! P2がOSをプログラミングし、偽メールを出すってか」
イレイサーは笑い飛ばす。
「でも、人型のP2が居ないわけじゃあありません。どちらも可能性としてはあり得ることです。とりわけ――自身が開発したOS、シルバースネイル自体に順応したP2ならば」
丸は自説を開陳する。
「じゃあ、何か? シルバースネイル・ネットワークが、敵ってことか」
イレイサーは心底めんどうくさそうな表情をする。
「人間のP2持ちが相手じゃねえのかよ。俺の能力、イレイサーが泣くぞ」
事実、そうなのだった。人類相手には無双を誇るイレイサーも、ハードウェアやソフトウェアにはてんで弱いのであった。
「イレイサー。兵藤カツヒコには会いましたか?」丸が尋ねる。
「あ? 誰だそれ?」
「二年生です。シークレットのチーム『クローゼット』のリーダー。薙刀大学付属病院前戦争の後始末で、パブリックとシークレットのチームを取り仕切り、まとめ上げた人物ですよ。今では、彼がシークレットのポスト『ボス』と呼ばれています。まあ成り上がりの小物ですが、面白い情報を提供してきました」
へえ、とイレイサーは呟く。
「銀髪で目元が非対称な少年が、『ボス』の使いを名乗って、兵藤カツヒコに接触。スウマキツミ――タイムリピーターですが――への攻撃を依頼してきたそうです」
ほう、とイレイサーは呟く。
「しかし、『ボス』はこの事実を否定。この少年だけが浮いているわけです。そして衛星監視網には、この少年が存在していたと確認できるだけの証拠が無い」
「存在したいときだけ現出できる存在。そんな人型のP2が居るとすると、ひょっとして――」
「そう。彼がイズマエルではないでしょうか? この学園で、タイムリピーター、スウマキツミの存在を知る者は限られています。彼が、同じくタイムリピーターのイズマエルならば、全ての辻褄が合います」
イレイサーは言った。
「じゃあ後はイズマエルの現出を待つだけか?」
「実は、もう罠を張ってあります。OS、シルバースネイルの修正パッチをイズマエル宛にメールしました。これを処理する間、イズマエルはどこかの情報端末の前に現出し、ログインせざるを得ません」
「各学年の個人アカウントにはステルス・ボットネットを敷いてあります。イズマエル名義か、本校に不在の生徒の名義でログインした瞬間、位置が特定できます」
途端に、アラームが鳴り響く。
「『当たり』です。位置は三階。特別情報室。この屋上から落下し、壁を蹴って跳躍し、窓を割って侵入すれば、ここから12秒。同行してくれますね? イレイサー」
「ジェットコースターは苦手なんだがなぁ」
「安心してください。乗り心地は保証しかねますが、もっと早く終わります」
丸は、イレイサーを抱きかかえると、屋上から飛び降りた。