第三十話 薙刀大学付属病院前戦争
「あなたたち、囲まれてるわよ」黒猫のモーツァルトは警告する。
発砲音。「ぐっ」ピクチャレスの腹部に弾が命中する。
「ピクチャレス!」僕は崩れ落ちるピクチャレスを支える。
「敵襲! 警戒態勢!」ムツキが叫ぶ。「そんな! 数が多すぎる!」
僕は呻くピクチャレスを寝かせ、M9を取りだし、周囲を警戒する。医者は? と僕は問う。
「何? あんたら、傷の回復すらできないわけ?」黒猫のモーツァルトは軽蔑したような声で鳴いた。
そのくらいの傷、あたしが舐めればすぐ治るわよ。貸しなさい。
ムツキ、カエデ、ヤヨイもそれぞれ銃を抜き構える。藤沢カオリも、慣れた手つきでM9を取り出し、それを握る。足手まといにならないために、彼女も必死で練習したのだ。
周囲は、遮蔽物や茂みだらけである。待ち伏せ。こんな単純な手に引っ掛かってしまうとは。
立て続けに発砲音がして、バス停の時刻表に着弾する。バス停が歪む。
「お前たちは包囲されている。大人しく投降しろ」スピーカーからの声が響く。
やなこった。僕は弾が飛んできた方を見定め、誘導射撃で時間を稼ぐ。それは、一定の戦果を上げた。だが、弾数には限りがあり、チーム「ムツキ」は銃撃戦用には造られていない。こちらの戦力で、包囲網を突破できるかは怪しい。
「ハロー。俺達ゃ援軍だ」
突如、僕のすぐ横に、数人の人が立っていることに気付く。光学迷彩!? 僕は銃を向けようとして、軽く手で制される。
「繰り返す。俺達ゃ援軍だ。昨日までは敵だったが……ちょいと気が変わったもんでな」
「おい秘書。俺は自分が気に入るようにやるぞ。口出しは無用だ」兵藤カツヒコが宣言する。
「分かっております」秘書のような声が答える。
また、銃撃。しかし、弾丸は届かない。空中で謎の防壁に弾かれる。
兵藤カツヒコは息を思い切り吸い込むと、周囲に向けて叫んだ。
「悪いな、チーム、ブレーメン、クラシック、ポリリズム、マーリン、それとその他の泡沫チームども! 俺たち『クローゼット』は、現在からピクチャレスの側につく。刃向う奴は容赦しねえから覚悟しろ!」
ざわ……ざわ……。敵に動揺が広がる。
「フラクタル・シールド!」
空中に無造作に設置された印は、銃撃を受けて雪の結晶のようなシールドを展開し、能力者を守る。何発もの銃弾が、防壁に遮られて地に落ちる。
「ああそうだよ防御一辺倒の能力だよチームのリーダーが無能で悪いかこのボンクラ部下どもが!」
「いいえリーダー!」「火力のほうは任せてくださいよ」
部下たちは苦笑する。
兵藤カツヒコらチーム「クローゼット」とチーム「ムツキ」は、防壁の内側から射撃を続ける。この盾は一方通行なのだ。盾と矛。シールドと拳銃。兵藤カツヒコ自身は無能と開き直っているが、それはなかなかどうして、強力な能力であった。
「燃えろ!」遠方から声が聞こえる。だが。焦点が合う前に、発砲音。
「ソーラレイか。ま、悪くない能力だが……次からは防御も考えることだな」
藤王配下の丸、三角、四角に瞬間発火能力者は撃たれ、倒れる。人型ロボットたち特有の赤外線視覚は、人間の体温を瞬時に察知し、無双の索敵能力を誇る。それにコンピュータ制御の精密射撃が加われば、敵う者は多くない。
「さあ、日頃の訓練の成果を見せなさい!」自らも銃を握る水城が、軍事部に指示を出す。
「イエスサー! 歓喜の極みであります! サー!」一同は斉唱する。
チーム「ブリッツ」は戦争に飢えていた。いかな薙高でも、実弾を使用しての大規模戦闘は、滅多にあることではない。彼らは戦争を貪欲に喰らう構えだ。
特に、小隊に二丁配備された、軽機関銃FNミニミの制圧力は圧倒的である。茂みや、木陰、病院の外壁ごと、敵を殲滅してゆく。
「麿は戦闘要員ではないでおじゃるゆえ」邪が扇子を開いて前置きする。
「麿の手駒、雅の連中が相手をするでおじゃるよ」
能面を被った白装束。異様な連中が立ち上がる。
式神、白虎、飯綱数匹、そして無数の管狐が、圧倒的な勢いで面を制圧してゆく。いずれも目視不能の生物たちである。それらが自律的に、敵を噛み砕き、あるいは転ばせ、駆逐してゆくのだ。それは現代戦の――銃で対処できる戦闘の――範囲を明らかに超えていた。
「新聞部に内緒で戦争おっぱじめようなんて――十年早いんだよ」
バカほど上に登りたがるものである。病院屋上に陣取った新聞部の最上は、主力部隊「ジャーナリズム」遊撃部隊「オピニオン」のそれぞれをケータイで指揮し、ガンカメラで戦場の様子を撮影しつつ、攻撃の手を強めてゆく。
「我らは剣道部、チーム『禅』! 能力名『十牛図』いざ参る!」
銃弾をも斬り捨てる日本刀使いが走り寄る。近接戦闘ではフラクタル・シールドは効かず、銃では不利だ。僕の誘導射撃をも躱し、その刀は僕らを両断するかに見えた。
だが、飛び掛かってきたチーム禅の動きは突然止まり、そのまま空中に磔にされる。
「凍結者!?」
「ザ・トリガー……ここは俺に任せて先に行け!」
黒猫に傷を舐められていたピクチャレスが起きあがる。傷が回復したらしい。もう大丈夫、とモーツァルトが保証する。
周囲に弾をばら撒きながら、兵藤カツヒコが叫ぶ。
「ピクチャレス! 三〇二号室だ! そこに時永ケイコは居る!」
そこで、僕はまた、サイコキネシスの新しい使い方を思いつく。
ピクチャレスを抱きかかえたまま、僕は僕の骨格自体を、サイコキネシスで動かす。うん、たぶんイケる。僕はサイコキネシスを応用し、ピクチャレスごと浮遊する。
「目標、浮上!?」
「馬鹿な!」
「と、飛んだだとぅ!?」
「撃て! 撃てー!」
僕とピクチャレスは眼下の声を無視して飛翔し、三階の窓ガラスを突き破って、病室の中へと転がり込んだ。
そこには、一人の少女がいた。