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第二十九話 兵藤カツヒコ

 兵藤カツヒコは電子タバコを吸う。そして、吐く。

 

「気に入らねえな」兵藤カツヒコは吐き捨てる。

「そうでしょうか? 合理的な作戦に思えますが」秘書のような声が彼のイヤホンから聴こえる。

 

 図書館をタダで利用させてやる代わりに、土曜日に徹底的に叩く。

 薙高OB、記憶抹消者イレイサーからの指示だ。

 

 シークレットのチームリーダーの中で、イレイサーの二つ名を聞いたことが無い奴はモグリである。

 記憶抹消者イレイサー。ターゲットの記憶を消去してしまうその能力は、あまりにも応用力が広すぎた。単純戦闘では、非接触リモートでの短期記憶の抹消は攻防において致命的であるし、諜報戦でも、触れられただけで長期記憶を完全抹消されるのはやはり致命的である。

 何より、その能力は底が知れない。

 噂では――あくまで噂ではあるが――記憶抹消後の疑似記憶の植え付けや、記憶の抽出、これまでの敵を今日からの味方として取り込むことまで可能だという。

 

 現在の薙高四天王は、異論はあるものの、平安部のよこしま、情報部の藤王ふじおう、軍事部の水城みずき、新聞部の最上もがみである。

 だが、彼らが束になっても、イレイサーに勝てるかどうかは怪しいところだ。

 

 なにしろ当時の薙高は、イレイサー一強だったのである。

 あまりに強すぎて、イレイサーという名を呼ぶことが禁忌になり、「あの御方」という奥ゆかしい表現が徹底されたほどだ。

 

 それが、そんな存在が、チーム「クローゼット」に命じてきたのだ。

 薙刀大学付属病院の前で、ピクチャレスを撃破せよ、と。

 なりふり構わず現存戦力を投入して、ただ一人の非P2(いっぱんじん)を打ち倒せと。

 

「気に入らねえな」兵藤カツヒコは繰り返す。

「気に入る気に入らないの問題ではありません」秘書のような声が、カツヒコを嗜める。

「今回のメールのデジタル署名――本人にしか出し方が分からない秘密の暗号――は、間違いなくイレイサーのものです。これはボスも公認しています。幹部昇進も賭かった大勝負なんですよ」

 

 兵藤カツヒコは渡り廊下の窓越しに、遠くの山々を見ながら呟いた。

 

「なら手前てめえで出てくりゃ済む話だ。なぜ俺ら三下風情まで動員して、非P2(いっぱんじん)を狩ろうとする? 俺には何か裏があるように思えてならねえ」

「それは……」

「考えろ、秘書。病院には『何か』がある。俺達みてえなクズチームをぶつけてでも、絶対に守らねばならない『何か』があるんだ。そうとでも考えなきゃ辻褄が合わねえ」

 

 それに、とカツヒコは言った。

 

「OBからの薙高への干渉は、いくらイレイサーといえども御法度だ」

 

 それは、薙高創設時から、連綿と続くルール。

 薙刀高校を卒業し、薙刀大学に上がるにせよ、市井しせいに下るにせよ、薙高OBは決して現在の薙高に干渉してはならない。

 

「気に入らねえ。ホントにそれはイレイサーからのメールなのか? どっかからパスワードが漏れて、俺たちは誰かさんに踊らされてるだけじゃねえのか?」兵藤カツヒコは問い続ける。

 

 

 薙刀大学付属病院前。バス停にはそう書かれている。

 藤沢カオリ、小早川ムツキ、木村カエデ、天川てんかわヤヨイの四人が、バス停の傍で手を振っている。

 僕とピクチャレス、黒猫のモーツァルトは、少し遅れて、薙刀大学付属病院に到着した。

 

 これから、どんな戦争が起こるのか。僕たちは、まだ知らない。

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