第二十八話 図書館
――少し調べ物を手伝って欲しい。図書館にて待つ。
翌日。僕は昼休みに、本田マユミ宛にメールを送った。
(入学時に配布されるメールアドレスは、初期設定から変更していなければ誰にでも公開されている)
それは、シークレットに対して、チーム「クローゼット」に対して、僕を襲撃するチャンスを与えることに等しい行為だった。
彼女は、ザ・トリガー用迎撃部隊を引き連れてくるだろうか。
それとも、ただ単に僕の調べ物を手伝ってくれるのだろうか。
そのどちらに転ぶのかは、神のみぞ知るといったところだ。
ただ、本と一体化する能力を持った彼女は、強いて言えば、図書館そのものだ。もしこの比喩が正しければ、彼女は利用者に対する守秘義務を守るだろうという、確信めいたものがあった。
放課後、僕はピクチャレスと合流して、図書館に向かった。
少し後ろを、スーツ姿の男、駒鳥ススムがついてくる。薙高に公然と存在しているコミュニティ、世界監視機構。魔王こと、藤王アキラが組織する、チーム「エトピリカ」の構成員である彼もまた、ある意味ではシークレットのようなものだ。
この学園は、とにかくチーム単位で組織されている。
チーム「ピクチャレス」は、軍事部の新入生が立ち上げた組織だ。
その目的は、基本的には軍事部でのサバイバルゲーム向けの鍛錬である。が、今回のような場合には、任務はピクチャレス(と僕)の護衛になる。実際、彼らは先行して、図書館までの道を確保している。
もし進路に異常があれば、ピクチャレスのケータイが鳴るという取り決めだ。こういうところでは、ピクチャレスは本当に頭が切れる。もしも僕だけだったら、簡単に襲撃されていただろうし、前回のこともあるから、チーム「ムツキ」からの許可も下りなかっただろう。
そして、僕たちは何事も無く図書館に入った。
本、本、本。その眺めは、いつ見ても壮観である。
「べ、別にあんたのために待っていたわけじゃないんだからね! 今日は図書部の担当日だったから……」
眼鏡三つ編みの本田マユミが、恥じらいながら図書カウンターから出てくる。
こんなキャラだったか? 前回の戦闘の後片付けを一緒にしたからか?
疑問は尽きないが、僕たちには目的があった。
「知っていると思うが、俺は黒木の友達の音無ヨウイチ。通称ピクチャレスだ」
ピクチャレス様! 本田マユミが短く叫んで固まる。どうやらピクチャレス・ファンクラブに加入しているうちの一人らしい。根暗な子だと思っていたが、意外と面食いなのかもしれない。
「ピ、ピクチャレス様のためなら喜んで!」
「過去の新聞を検索したい。キーワードは、『時永ケイコ』または『ボーダーレス』」
「分かりました。私の情報端末なら、図書部権限で全ての新聞を全文検索できますので、少々お待ち下さい」
ヒット1件
薙刀中学一年生 時永ケイコ 詩の部門「扉の向こう」で金賞。
「実在してたみたいだね」僕は呟く。
「ああ。この時点では普通の学生で……薙高に入学する予定だったわけだ」
「行方不明なんですか?」本田マユミが訊いてくる。
「ああ。別の高校に行ったか――」ピクチャレスが言い淀む。
「重病か、死んでいるか」僕が言の葉を繋ぐ。
重苦しい雰囲気がたれ込める。
「あら?」
「どうした?」ピクチャレスが問うと。
「図書館利用者の中に、時永ケイコの名前があるわよ。最終貸し出し日は……今年の二月二十日」
「時永ケイコは、生きているんだ」僕は呟く。
「生きていて、本を借りて行っている。本が読める程度の状態にあるということか。なら――俺と同じく、記憶を消されている可能性が高いな」
しかし、ピクチャレスは眉を寄せた。
住所こそ分からないが、こうも簡単に調べがつくとは……引き離し方が、あまりにあっさりしすぎている。薙高の記憶消去のP2持ちがどの程度の実力と自信を持っているのかは知らないが、わざと再会させたがっているようにしか思えない。
そんなことを、ピクチャレスは語った。
「明日土曜日に、薙刀大学付属病院に行って、入院か通院していないか調べてみよう。親戚だということにすれば、たぶん居るか居ないかくらいは教えてもらえるよ」僕はプランを示した。
だがピクチャレスは、「こんなに簡単なはずが無い」と呟き、怪訝な顔をするばかりだった。