第二十七話 射撃練習場
放課後、僕はピクチャレスと、地下の射撃練習場に出向く。
イヤープロテクターを付け、ピクチャレスと定位置に向かう。
僕は軍事部から支給された自動拳銃ベレッタM92をそのまま使っているが、ピクチャレスは最近、自分の手に合うグロック19に乗り換えたらしい。グロックシリーズは有名な銃なので、軍事部で安く貸し出してくれる。
特に、グロック19は、プラスチック素材を多用した自動拳銃グロック17の小型版で、日本人の手によく合う。ベレッタM92と同じく9mmパラベラム弾を使用する銃だ。
グロック17は、登場したての頃はプラスチック製の玩具のような銃だと思われていたが、次第にその信頼性が実証されてくると、アメリカを含む西側諸国の警察機構により制式採用が進められた。今では、ベレッタM92やマカロフPM(9mmマカロフ弾を使用)と並ぶ大ヒット自動拳銃の一つである。
尤も、薙高では安い暴徒鎮圧用ゴム弾が主流なので、殺傷能力という点では他の自動拳銃と大差は無い。最終的には、銃の選択は自分との相性で決まる。
約一時間の射撃練習が終わり、休憩室に戻ってイヤープロテクターを外す。
今日は、ピクチャレスが僕を呼びだしたのだ。何か相談事があるに違いない。
「君のボディーガードの駒鳥ススムが立ち聞きしてるけど、ここでいいのかい?」
「大丈夫だ。彼は任務に関係ないことは喋らない」ピクチャレスが請け合う。
「黒木君。時永ケイコという女性、ボーダーレスという名に心当たりは?」
「無い」僕は即答する。
「やはりそうか。学園SNSで検索しても出てこなかった。どうもこの学校の生徒ではないらしい」
「その女性を探しているの? 過去の記憶絡みで?」僕は訊く。
「ああ。昨日、邪のアドバイスで記録メディアを発見してね。状況がだいぶ分かってきたんだ」
ピクチャレスは、平安部の邪と取引したらしい。僕が知らないうちに、彼は彼なりに薙高の暗部に深入りしてきているのだろう。P2持ちではないにせよ、瞬間記憶能力者がある意味で「特殊」であることには変わりは無い――ことによると、いずれP2を発現させるかもしれない。
「時永ケイコは、彼女は――俺と同い年で、P2持ちだ。かなり昔から今年の一月まで、一緒に組んで危ない仕事を請け負っていた。それと、どうやら俺はけっこうな金持ちらしい」
「へえ」
僕は興味の無さそうな返事をして、時間を稼ぐ。僕の頭の中では、次の対応を考えて思考が進んでいる。薙高生でないとしたら、全く別の学校に進学したか、それとも。重い病気で入院しているか、既に死んでいるか。そんなところだろう。
いずれにせよ、記録に全く残っていないということは有り得ない。
「日刊薙高新聞のほうは探したのかい?」
「ざっと検索した。彼女の名前でも、彼女の二つ名でも、一件もヒットしなかった。だが言われてみれば、検索漏れがあるかもしれない。電子データ化されているのは数年分だけだから」
「じゃあ、一度、図書館に出向いてみるべきだな」僕は提案した。
「図書館?」
「ああ、知り合いが一人いる。眼鏡を掛けた、三つ編みの、本田マユミという子だ」
「友人か」
問われて、僕は一瞬固まる。彼女は友人ではない。僕は慎重に言葉を選ぶ。
「いや……彼女は地下組織構成員で、敵だ。確か、クローゼットという組織に所属している」
ピクチャレスは眉を寄せる。シークレットの悪い噂を聞いたことがあるのだろう。
「だがまあ、僕らは本を一緒に片付けた仲だ。お願いすれば一つくらい聞いてくれるかもしれない。あるいは、聞いてくれないかもしれないが。情報部と図書部は、伝統的に仲が悪いからね」
それじゃあ、武装して行くことになりそうだな、とピクチャレスは自分の銃、グロック19を取り出して言った。
まあ、準備はしておくには越したことは無いだろうね、と僕は答える。今回の図書館への来訪が、ただの調べ物で終わるとは、僕には思えなかった。
なにしろ、この僕は、ザ・トリガーなのだから。