表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/69

第二十五話 化け猫のモーツァルト

 黒木シュンがモノボード狩りに勤しんでいた日、よこしまによる邪気封じの儀式が終わった、放課後。


「猫払いをしたでおじゃる」と、邪は言った。

「要するに、薙高に結界を作って普通の猫が入れないようにしたでおじゃる」

 

 邪は簡単そうに言うが、それは高難易度の呪術であった。

 

 ピクチャレスこと音無おとなしヨウイチは、平安部の昇進試験を受けていた。平安部実働部隊、みやびに所属することを条件に、自分の過去の情報を調査してもらうという取引である。

 

「お主には、この猫の護衛を頼みたいでおじゃる」

 

 檻の中には、すらりとした一匹の黒猫が居た。

 猫の護衛。簡単な任務だ。ピクチャレスはそう思った。

 

「もしこの猫、モーツァルトに危害を加えた者がおれば、捕まえるでおじゃるよ。では、麿はこれにて失礼するでおじゃる」

 

 ピクチャレスは一人、猫と取り残される。

 

「鍵、外すわね」猫が呟く。

 

 呟く……猫が? ピクチャレスが違和感を持った時にはもう遅かった。

 カチャン。鍵は開いた。猫は外に歩き出した。

 

「さよなら、ピクチャレス」猫はそう言うと、たたたたと走り去る。


 まずい。逃げられてしまう。邪は『普通の猫が入れないようにした』と言っていた。

 予想してしかるべきだった。モーツァルトは人語を話す化け猫なのだ。ピクチャレスは猫の後を全力で追う。

 細い路地に入りこまれる。ピクチャレスは大きく迂回することを迫られる。得意の運動神経をフルに使って、先回りをする。だが。

 

「路地に入ったのはフェイントだったか……くそっ、逃げられたぞ……どうする?」

 

 こんな状況で学園内の猫を探せる男がいるだろうか?

 いた。

 

「そうだ。魔王なら……藤王アキラなら……あるいは見つけ出せるかもしれない」

「よう。俺がどうしたって?」

 

 そこには藤王アキラ本人がいた。

 丸、三角、四角の三体を引き連れている。

 

よこしまに呼ばれたんだが、居ないのか?」

 

 ピクチャレスは平安部の試験のことをかいつまんで藤王に伝える。

 猫払いをしたこと。

 人語を話す化け猫の護衛を頼まれたこと。攻撃してくる者がいれば捕まえること。

 あっけなく鍵を外され、逃げられてしまったこと。

 

「あー、邪のやつ、猫殺しのエイラを狩ろうってのか」

 

 エイラ? ピクチャレスには初耳である。

 タイムリピーターだよ、と藤王は補足する。

 

「要するにその猫を見つけりゃいいんだろ? 時給五十万でいいぜ」

 

 ピクチャレスはその条件で承諾する。

 法外な値段だが、藤王なら猫を分単位で見つけ出せるに違いない。

 

「見つけました」三角が答える。秒単位だった。

 

「猫は屋内プールの屋根の上を疾走中。ここから二十秒です」

 

 こいつらの背中に乗れよ。藤王は言った。

 せっかくだから移動も手伝ってやる、と。

 

 ザ・トリガー「化け猫のモーツァルト」

 

 金髪、長髪のエイラは焦っていた。タイムリピートに必要な猫がいないのである。

 一匹くらいはすぐ見つかるだろうと思っていたのが間違いだった。

 猫が、居ない。

 どれほど探しても、猫が居ない。

 こんなことはタイムリピーターとして初めてのことであった。

 

 いつも猫を銃で撃つことでタイムリピートしてきた。理論も何も無い。ただ、その方法が使えるから、使っているだけ。もう、猫が可哀想とも思わない。

 

 電線には鴉がたくさんとまっている。鴉殺しのティガならばいつでもタイムリピートできたのだろう。だが、自分はティガではない。猫殺しのエイラなのである。

 猫が居なければ始まらない。

 

 この時点で、エイラはまさかこれが自分を捕えるための罠であるとは思っていない。

 ただ、猫を見つける。そして銃でその動きを止める。餌を与えて延命する。そして、必要になったら殺す。タイムリピートする。

 いつもいつも、ただそれだけのことだったはずだ。しかし何かがおかしい。

 猫が、居ない。

 相棒のティガに連絡を取るべきか。異常事態の発生を告げるべきか。

 

 そんな思案をしていたところに飛び込んできたのが、化け猫のモーツァルトだった。

 

「見つけた……」エイラは呟く。

 

 エイラの背後に、透明な人型の幻影が浮かび上がる。西部劇のガンマンのようなそれは、二挺の拳銃を――米軍旧制式拳銃改良型、M1911A1(コルト・ガバメント)を――エイラの腰から引き抜き、手に持っている。

 P2「スピリット・オブ・ガンマン」。狙撃モード。

 

 銃声が、響いた。

 

 藤王とピクチャレスが現場に着いた時には、もう既にモーツァルトは地面に横たわっていた。

 昇進試験はダメになったな。

 ピクチャレスはそう冷静に分析しつつも、エイラを敵と認め、M9の銃撃で反撃する。

 

「はっ! 銃で私に勝とうなんて、百年早いんだよ!」

 

 襲い来るピクチャレスの弾丸を全てコルト・ガバメントの弾丸で撃ち落とし、エイラは吠える。

 

「この猫は私のものだ。子供はさっさとおうちに帰りな!」

 

 この猫さえいれば。この猫さえ殺せば。タイムリピートできる。

 この猫さえ……!?

 猫が居ない。確かに銃弾は命中したはずなのに。

 

「~ッ! 痛いじゃないの。クソアマ!」モーツァルトは藤王アキラの足元で鳴く。

 

 化け猫は魂をたくさん持っている。そんな伝説がピクチャレスの脳裏をよぎる。

 

「悪いが、『詰み』だ」藤王が言う。


 三方向からの丸、三角、四角の十字砲火が、猫殺しのエイラの脚を吹き飛ばした。

 こうして、タイムリピーター・エイラは行動不能になり、捕獲されたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ